先日、ある衝撃的な写真が公開された。彫刻のように美しい顔に虚ろ気な表情で、独特のミステリアスで退廃的な色気を放つルイ・ガレル。いつもの彼とは似ても似つかないその姿に、世界中の映画ファンが度肝を抜かれたことだろう。頭皮が見えるほどの禿げた頭、大きめの鼻にかかった色付き眼鏡の下には、何かに集中して神経を研ぎ澄ました表情、体にフィットしたタイトなスーツ姿…。その見た目は紛れもなく、映画監督ジャン=リュック・ゴダールだ。

Louis-Garrel-dans-Le-Redoutable

 今回、撮影の様子が初めて伝えられたミシェル・アザナヴィシウス監督最新作『Le Redoutable(原題)』。今年5月に行われたカンヌ映画祭のプレセールにて、主役にルイ・ガレルを迎え、ジャン=リュック・ゴダールとその元妻でミューズの一人であるアンヌ・ヴィアゼムスキーの恋愛模様を描いた伝記映画になることが発表され、その動向が注目されていた。

 画像が公開されるやいなや、ツイッターでは“あのフィリップ・ガレルの息子が、ゴダールに…”と驚きと期待の声があがった。同じく偉大な映画監督である父フィリップ・ガレルとゴダールは、1968年というフランス映画史における重要な時代に少なからず交流があった。そのずっと後に生まれたルイだが、激動の時代を生きたゴダールら映画作家らのスピリットを継承し表現できるのは、今日現在、ルイ・ガレルだけなのかもしれない。彼の過去出演作、革命に翻弄される若者を演じた父フィリップ監督作『恋人たちの失われた革命』(05)や、ベルトリッチの『ドリーマーズ』を思い返してみても妙に納得がいく。今やフランス映画を牽引する存在となった彼は、次回作にナタリー・ポートマンとリリー=ローズ・デップと共演のレベッカ・ズロトヴスキ監督作『Planetarium(原題)』や、マリオン・コティヤールと共演のニコール・ガルシア監督作『MAL DE PIERRES(原題)』の公開を控えている。

 まるでゴダールが乗り移ったかのような完璧な役作りを見せるルイ・ガレルと共演するのは、『ニンフォマニアック』(13)で衝撃的な映画デビューを果たし、ムンバイでの同時多発テロに巻き込まれる少女を演じた『パレス・ダウン』(15)が記憶に新しいステイシー・マーティン。アンナ・カリーナと破局し傷心のゴダールが次の恋人に選び、熱烈に愛した16歳年下のアンヌ・ヴィアゼムスキーを演じる。その他キャストに、ミシェル作品の常連の妻ベレニス・ベジョの出演が発表されている。監督は、アカデミー最優秀作品賞に選ばれ世界的成功を収めた『アーティスト』(11)、チェチェン紛争の悲劇をストレートに描いた秀作『あの日の声を探して』(14)ですでに2度カンヌ映画祭に出品しているミシェル・アザナヴィシウス。幅広いジャンルで人気・実力共に評価されてきた彼は、自身のFacebookで撮影時のいくつかの画像を掲載すると共に、以下のようにコメントしている。“2年前、68年のゴダールとの恋愛を綴ったアンヌ・ヴィアゼムスキーの『一年後』を読んだ。ゴダールの生み出す作品やその時代に憧れ、強く惹きつけられていたから、何としてでもこの本を映画化したいと思ったんだ。”

Stacy-Martin 

 本作は、2015年の出版されたアンヌ・ヴィアゼムスキーの自伝的小説『一年後』(原題:Un an après)を原作としている。筆者である彼女は、16歳の時にロベール・ブレッソン監督の『バルタザールどこへゆく』(64)で女優としてデビューし、その後ピエル・パオロ・パゾリーニの『テオレマ』(68)、『豚小屋』(69)、フィリップ・ガレルの『秘密の子供』(82)等に出演後、近年では小説家としての活躍が著しいドイツ生まれの女優兼作家であり、言わずと知れたジャン=リュック・ゴダールの元妻だ。

 二人の出会いから結婚までの記録は、前作『彼女のひたむきな12カ月』の中で綴られている。1966年夏、ノーベル文学賞作家のフランソワ・モーリアックを祖父に持ち、何の不自由もなく育ってきたブルジョワ娘だった16歳のアンヌは、『男性・女性』(66)を見て感動し、既に有名映画作家であったゴダールに直筆の手紙を送るというなんとも思い切った行動に出た。アンナ・カリーナと別れた直後で独り身だったゴダールは、その手紙の送り主の少女の元へと向かった。そして二人は出会い、瞬く間に恋に落ちた。当時アンヌは19歳で、ゴダールは35歳。ゴダールの猛烈なアプローチの甲斐あってか、出会いから一年後には婚姻届けを提出することになる。

 ゴダールとの結婚後、一気に社交界に上り詰めたアンヌは多くの映画人、知識人、言論人たちとの交流を深めていくと同時に、『中国女』(67)で毛沢東主義に傾倒する女子大生ヴェロニク役に起用されたことをきっかけに、ショッキングな社会風刺作『ウイークエンド』(67)、ゴダールがジガ・ヴェルトフ集団として発表した実験的作品『たのしい知識』(69)、『東風』(70)、『ウラジミールとローザ』(70)等に立て続けに出演した。

 映画の原作となる『一年後』が描く1968年には、20歳にしてゴダールの妻でありミューズであったアンヌ・ヴィアゼムスキー。映画人として精力的に活動していた夫婦の背景には、五月革命の勃発を機にパリで起きていた社会の混乱を語らずにはいられない。『中国女』を地で行くようなヒートアップした政治活動への関心と参加、そして一回り以上年の離れた妻を愛するが故のゴダールの激しい嫉妬。その葛藤と衝突が徐々に二人の関係を壊していく。混沌とする激動の時代に生きた二人の、知られざる愛と破局に向かう姿を記録した内容となっている。あくまで語り手は当事者・アンヌだ。今回の映画化において、ミシェル・アザナヴィシウスの手が加わることにより、ルイ・ガレル扮する“元夫ジャン=リュック・ゴダール”がどのような描かれ方をするのかが最大の焦点になりそうだ。

 まだ多くの情報は明かされておらず、公開日も未定だが、2017年のカンヌ映画祭での上映を目指している模様。2017年は、1967年に『中国女』が製作されてからちょうど50年目の節目の年となる。あの時代のフランス映画だけでなく、ジャン=リュック・ゴダールという“映画に革命を起こした男”への最高のオマージュになることは間違いない。

French director Jean Luc Godard with Anne Wiazemsky after lunch, Lido, Venice, 1967. (Photo by Archivio Cameraphoto Epoche/Getty Images)

参考URL:

http://www.parismatch.com/Culture/Cinema/Louis-Garrel-meconnaissable-en-Jean-Luc-Godard-dans-Le-Redoutable-1039468

http://www.lesinrocks.com/2016/08/03/cinema/premieres-images-de-louis-garrel-jean-luc-godard-11857053/

http://www.screendaily.com/news/cannes-wild-bunch-to-launch-new-hazanavicius-desplechin-loznitsa/5103240.article

http://www.lefigaro.fr/cinema/2016/08/04/03002-20160804ARTFIG00191-les-images-saisissantes-de-louis-garrel-en-jean-luc-godard.php

http://www.cinechronicle.com/2016/08/premieres-photos-de-louis-garrel-en-jean-luc-godard-106602/

http://www.leblogducinema.com/top-retrospectives-programmations/jean-luc-godard-100271/

http://www.elle.fr/Loisirs/Livres/News/Godard-et-Anne-Wiazemsky-une-histoire-revolutionnaire-3137185

 

田中めぐみ

World News担当。在学中は演劇に没頭、その後フランスへ。TOHOシネマズで働くも、客室乗務員に転身。雲の上でも接客中も、頭の中は映画のこと。現在は字幕翻訳家を目指し勉強中。永遠のミューズはイザベル・アジャー二。


コメントを残す