[411]トランプ、『市民ケーン』、「薔薇の蕾」…


アメリカの大統領選挙で共和党候補に指名されたトランプ氏をめぐって「ワシントン・ポスト」紙などに今月、「トランプ氏に最も似た映画のキャラクターは?」というタイトルの記事が掲載された(1)。同紙の調査チームは今月”Trump Revealed: An American Journey of Ambition, Ego, Money, and Power.” (「トランプを暴露する:野望とエゴ、金と権力をめぐる合衆国の旅」 )なるタイトルの書籍を上梓する予定だが、この記事はそれに関連して掲載された模様だ。
 この書籍の取材を担当した記者、マーク・フィッシャーとマイケル・クラニッシュの両氏は、トランプ氏のキャラクターはいくつかの古典映画の登場人物と比較できると語り、『群衆の中のひとつの顔(A Face in the Crowd)』(エリア・カザン 1957年)のロンサム・ローズ、『ネットワーク』(シドニー・ルメット監督 1976年)のハワード・ビールなどとともに、オーソン・ウェルズ監督『市民ケーン』に言及する。1941年に公開された『市民ケーン』はもともとは裕福でない環境で育った少年が新聞社を牛耳る「メディア王」にまでのし上がるも、最後には孤独のうちに破滅する過程を、その生涯を調査する記者の視点で描いたウェルズ25歳の時の大作だが、これには確かに・・・と思わせられなくもない。トランプ氏のこれまでの軌跡についてはここでは省くが、ここ半年間メディアの中を闊歩してきたトランプ氏の「イメージ」は、ケーンがそのキャリアの絶頂にあって新聞社員らを前に息巻く姿と重なる。この記事では、ほかにもフィッツジェラルドの『グレート・ギャッツビー』のジェイ・ギャッツビー氏も挙げられているが、ギャッツビーが持つフラジャイルさはトランプには(一見)なさそうである。

 一方、イギリス『ガーディアン』紙にも「ドナルド・トランプの出現を予告した4つの映画」というタイトルで、似た内容の記事が掲載された。(2)ここでは、ワシントン・ポストと同様に『市民ケーン』と『ネットワーク』のタイトルのほか、『ギャング・オブ・ニューヨーク』(マーティン・スコセッシ 2002年)と『デッド・ゾーン』(デヴィッド・クローネンバーグ 1983年)に登場する新進政治家グレッグ・スティルソンがトランプに例えられる。加えて、『バックトゥザフューチャー』のシリーズで各時代に登場する悪役のビフ・テネン、特に2で巨大なタワーを建設しているビフのモデルがトランプ氏であることが指摘されてもいる。この記事の筆者、ジョン・ブリースデール氏はこう述べる。

 

「トランプは“ユビキタス”(偏在的)だ。もしも11月の本選挙で勝利すれば、彼は“インターネット・ミーム(インターネットを通じて広がっていくイメージ)”が大統領となる初めての例となる。トランプは自身が登場していない映画の中にさえ、登場している」

 

 ところで、同記事でも紹介されているが、トランプ氏はかつて自身のもっとも愛好する映画作品として『市民ケーン』を挙げたことがある。実際にそれについて語っている動画も存在する(3)。トランプ氏は動画の冒頭で「“薔薇の蕾”はこの作品の中で最も重要な言葉だ」と話しはじめる。「薔薇の蕾」(Rosebud)は、ケーンが臨終の際に残した子供自体の記憶と結びついた言葉だ。

 

「『市民ケーン』は蓄積についての映画だ。そして蓄積の果てに、何が起こるか。それは必ずしもポジティブなものではない。人は“ケーン”を見て、裕福さがすべてではないことを悟るのだ」

 

 そして、最後はケーンに対して「別の女を探せ!」とアドバイスする。なんとも奇怪な動画だが、これは2008年にドキュメンタリー監督として著名なエロール・モリスが撮影したインタビュー動画だということである。ボストン・グローブ紙はこの動画についての記事を先月掲載しているが、トランプ氏とケーンの類似性(ともに成功とともに倒産を経験していること、トランプ氏のスパニッシュへの差別的な態度と作品の中で米西戦争を導いたケーン氏の編集方針が類似していることなど)を挙げた上で、こう書いている。

「『市民ケーン』は世界級のナルシスト、トランプ氏がやすらぎを覚え、立ち止まり、教訓とする鏡としての作品だったのだ。それはつまり、“薔薇の蕾”を仮にトランプも持っていたとするならば、彼はずっと前にそれを自分の手で燃やしたということだ」

 

「市民」であるケーンは、「もし自分が金持ちでなければ、これほど良い男にはなれなかっただろう」と映画の中で漏らしたが、トランプ氏はその言葉にある種の共感を覚えていたのだろうか?

 ともあれ、アメリカが映画と文学における想像力によって、そしてそれらにメディアを介することによって生み出してきた「キャラクター」群のイメージの豊富さにはーー功罪は措くとしてーー改めて驚かされる。

 余談だが、「ボストン・グローブ」はこの記事の中で、歴代のアメリカ大統領の最も愛好する映画について書いている。それによると、リチャード・ニクソンはジュール・ヴェルヌ原作の『80日間世界一周』(マイケル・アンダーソン、1956)を、オバマは『ゴッド・ファーザー』の1と2を、レーガンは『真昼の決闘』(フレッド・ジンネマン、1952)、ビル・クリントンは『カサブランカ』(マイケル・カーティス、1942)を挙げているという。
また、ヒラリー・クリントンは『愛と哀しみの果て』(シドニー・ポラック 1985)を好きな映画だとしている。

1) https://www.washingtonpost.com/…/57ad2312cd249a2fe363ba1a/
2)https://www.theguardian.com/…/films-donald-trump…
3)https://www.youtube.com/watch?v=upC8pX3RY0A
4)https://www.bostonglobe.com/…/bdK7LCU2omms0Z…/story.html

 

井上二郎 「映画批評MIRAGE」という雑誌をやっていました(休止中)。文化と政治の関わりについて(おもに自宅で)考察しています。趣味は焚き火。


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