[397]追悼アッバス・キアロスタミ


CmsAbrMXEAALstu イラン映画の巨匠、イラン・ニューウェーブのゴッドファーザー、最も充実したキャリアを誇る現役最高の映画作家…、数多くの賛辞に包まれたアッバス・キアロスタミが7月4日パリで亡くなった(#1)。76歳だった。数ヶ月前に彼が癌であるという報道が伝えられて以来、その体調を心配する声が世界中から寄せられていた。『友達のうちはどこ?』や『クローズ・アップ』『そして人生はつづく』『桜桃の味』『トスカーナの贋作』など数多くの傑作を発表し、その多くは日本でも公開された。遺作となった長編映画は、日本で撮影され、高梨臨、奥野匡、加瀬亮らが出演した『ライク・サムワン・イン・ラブ』である。キアロスタミの死後、テヘランの街角には彼を偲ぶグラフィティも出現した(写真)。

 「映画はD.W.グリフィスとともに始まり、アッバス・キアロスタミとともに終わる」(#2)。これは、ジャン=リュック・ゴダールの言葉である。世界的な巨匠の逝去に際し、映画界からその喪失を惜しむ声が多数寄せられている。
2015年10月リヨンで開催されたリュミエール映画祭でトリビュートを受けたマーティン・スコセッシ(#3)は、多くの映画人と共にその式典に出席したキアロスタミを偲んで「The Hollywood Reporter」誌に次のようなコメントを寄せた(#4)。

abbas-kiarostami-teaching-a-course-in-2007-with-students-of-the-villa-arson-school-in-nice-france__391658_ 「キアロスタミが亡くなったという知らせを受けて、私はとても驚きショックを受けた。彼は世界について特別な知識を持った数少ないアーティストの一人だった。偉大なジャン・ルノワールの言葉を借りるならば、「現実は常にマジックである」。私にとって、この言葉こそキアロスタミの並外れた仕事を要約するものだ。彼の映画をミニマルやミニマリストだと表現する人がいるが、実際はその逆だった。『桜桃の味』や『友達のうちはどこ?』といった作品からあふれ出す美や驚きは、粘り強く精巧に作り上げられたものだったのだ。

 アッバスとは10年から15年ほどの付き合いだが、彼は極めて特別な人間だった。物静かでエレガントで控えめで理路整然としており、そして優れた観察力を備えていた。彼が見逃すことなど何もなかったと思う。私たちが出会うことはさほど多くなかったが、それはいつでも素晴らしいものだった。彼は真のジェントルマンであり、そして真の意味で我らの時代の偉大なアーティストだった。」

 キアロスタミ脚本による『白い風船』で監督デビューしたジャファール・パナヒもまた、IndieWireのリクエストに応え、彼との最初の出会いを回想している(#5)。当時、映画学校を出たばかりだったパナヒは『オリーブの林をぬけて』製作準備中だったキアロスタミに電話をかけ、彼のアシスタントとして働きたいと伝えた。パナヒに会ったキアロスタミは、すぐさま彼の撮影クルーと共にルードバールの撮影地へとミニバスで赴くよう指示したという。

 「撮影地に着くと、キアロスタミ先生は撮影監督と私を連れ最初の場所へと向かいました。そこはテヘラン地震の被災地であり、撮影前に家の修理が必要でした。彼らは数日かけてその修理を行う予定でしたが、私ならそれを一日で出来ますとキアロスタミ先生に伝えました。私をここに一人で残して、4時になったら撮影に戻ってきて下さいとお願いしたのです。彼は少し悩んだ後に私の申し出を承諾しました。

 4時に戻ってきた撮影クルーは、その家が修理されていたことに驚きました。彼らはそこで一つのショットをその日撮影しましたが、おそらくこの一件で私はキアロスタミ先生の信頼を勝ち得たのだと思います。その日の午後遅く、彼は私をまた別の撮影地へと車で連れて行きました。その途中、彼は車を止め、私にハンカチを渡して目隠しするよう命じました。私はそれに従いました。再び車を走らせた後、彼は私の手を引いて車から降ろしました。しばらく歩いた後、キアロスタミ先生は目隠しを取るよう言いました。私が目を開くと、そこには驚くべき風景、『オリーブの林をぬけて』の最後のショットとなる風景が拡がっていました。私がその景色に驚嘆していると、キアロスタミ先生はこう言いました。「これが私のビジョンだ。こうやって私はこの場所を見ているんだ」と。

Abbas-Kiarostami この経験は私に貴重なレッスンを与えてくれました。ビジョンを持つこと、そしてフィルムメイカーひとりひとりが独自のビジョンを鍛え上げていくことの重要性に私は気付いたのです。私たちが立っていた場所はキアロスタミ先生のビジョンそのものでした。彼はそれが最高の眺望だとは言いませんでした。ただ、それが自分のものの見方であると伝えたのです。そして私もまた自分自身のビジョンを持たなければいけないと理解しました。同じ場所、あるいは同じ問題を見たとしても、それぞれの人で違ったものの見方がある筈なのです。

 悲しむべきことに、フィルムメイカーたちにビジョンを教えてくれた人はその瞳を閉じ、もう二度と見ることがありません。しかし、彼のビジョンが与えたインパクトは永遠に残ります。それは彼が遺した全ての作品の全てのショットに反映されているのです。私の師、キアロスタミ先生は、私たちそれぞれが異なった方法でものを見ることを教えてくれたのです。」

 一日4時間しか睡眠を取らず、毎年2,3冊の詩集を出版していたキアロスタミはまさに仕事の虫だった。彼の死後、完成されたもののまだ一般公開されていないプロジェクトが私たちのもとに遺されている。初期の短編と最近の作品で実験的な作風への接近を見せていたキアロスタミは、この数年、伝統的な長編映画の形式に収まらないアートプロジェクトに大きな関心を寄せていたようだ。「24 Frames」と呼ばれる作品は、そうしたものの一つである(#6)。これは3年間にわたって撮影された24時間半のショットを集めたものであり、その一部は先述したリュミエール映画祭におけるスコセッシへのトリビュートの中で上映された。しかし、その全体が上映される機会は現在までなかった。また、ここ数年数多くの写真を発表していたキアロスタミは、インスタレーションやパフォーマンスアートにも進出したいとの希望を漏らしていたとのことだ。

 未完に終わった長編映画のプロジェクトとしては、中国での撮影が予定されていた『Walking With the Wind』がある(#7)。これはキアロスタミが出版した詩集のタイトルと同じであり、イラン人女優と中国人俳優によって演じられる予定だった。『トスカーナの贋作』に出演したジュリエット・ビノシュ(この作品への出演予定はなかった)によると、何千もの部屋がある大きな建物を清掃する女性の話であったとのことだ。また、イタリアのプッリャ州で撮影が予定されていた『Horizontal Process』では、ジャン=クロード・カリエールと脚本を共作する予定だったとも伝えられている(#8)。

#1
http://www.bbc.com/news/world-middle-east-36709240
#2
https://www.theguardian.com/film/2005/apr/16/art
#3
Martin Scorsese Honored With Sprawling Lumiere Tribute
#4
http://www.hollywoodreporter.com/news/abbas-kiarostami-dead-award-winning-908307
#5

Jafar Panahi Remembers Abbas Kiarostami: ‘His Vision Will Live Forever’


#6

Abbas Kiarostami’s Next Career Move Would Have Taken the Director Away From Traditional Cinema


#7

Abbas Kiarostami Talks His Upcoming Feature Set In China, Short Film Project, And More At The Marrakech Film Festival


#8
Kiarostami working on ‘Horizontal Process’

大寺眞輔
映画批評家、早稲田大学講師、アンスティチュ・フランセ横浜シネクラブ講師、新文芸坐シネマテーク講師、IndieTokyo主催。主著は「現代映画講義」(青土社)「黒沢清の映画術」(新潮社)。

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