今年のアカデミー賞の選考で起きた人種問題を覚えているだろうか? 本年度のアカデミー賞では、ノミネートされた監督や主演俳優が白人ばかりであることに非難が殺到し、Twitter上では#OscarsSoWhiteというハッシュタグが作られるほど問題化した。一方、同時期には黒人監督・俳優による『国民の創生』がサンダンス映画祭で話題となるなど今年は黒人映画が注目を集めている。上半期ではこうした話題がニュースになったが、下半期にはどのような動向がうかがえるのか。黒人映画にとって重大な作品が数多くリリースされるのでそれらの話題について紹介していきたい。

 先日、リリースされるやいなや日本でも大きく取り上げられたビヨンセのニュー・アルバム『Lemonade』。黒人女性の身体性・セクシュアリティが前面に押し出され、著名なフェミニスト評論家ベル・フックスも批評するなどセンセーションを巻き起こした。黒人女性の歴史的な苦境と怒りを表現したこの作品のミュージックビデオは、長らく忘却されてきた黒人女性監督による作品『Daughters of the Dust』(1991年)から直接的な影響を受けている。

 『Daughters of the Dust』は、ジョージア州の小島からアメリカ本土に移り住んだ黒人一家の物語。彼女たちガラ人は奴隷となる以前のアフリカ文化の影響を色濃く残すクレオールであり、現在でもその文化の保全に尽くしている。そんなガラの祖先からニューヨークに移り住む末裔に至る物語を「まだ生まれていない子供」の視点から語る本作は、黒人女性監督が初めて全米で公開した映画でもある。さらに、『Daughters of the Dust』はそうした歴史的価値があるばかりでなく、詩的な映像やガラに受け継がれたアフリカの響きを残す歌も美的な価値があると当時批評家から絶賛された。公開から25年を迎え、修復された本作は今秋アメリカで再度リリースされる予定だ。

daughters 「アフリカ映画の父」センベーヌ・ウスマン監督の『Black Girl』(1966年)は、セネガルからフランスに乳母としてやってきた女性の物語。彼女は植民地主義の犠牲者として描かれるなど、この映画はあらゆる場面が植民地主義の象徴で彩られている。ウスマンはこの作品で世界的な名声を得ており、今年、4Kでの修復を経て劇場公開およびDVDの販売となった。残念ながらDVDは英国での販売であったが、アメリカでの劇場公開の際は大きなヒットを飛ばしている。

 これら2作が修復されたのと並行して、今年のカンヌ国際映画祭クラシックスでは、黒人パイロットと戦争孤児の交流を描いたスロベニアの作品『Valley of Peace』も修復上映され、こちらも公開が待ち望まれている。その他にも新作では、人種の垣根を越えた恋愛を描くジェフ・ニコルズの『Loving』やデンゼル・ワシントンの『Fences』といった作品が公開を控えている。

 今年はこのように黒人映画が数多く発掘され、また公開される年でもある。映画史の教科書を見返せば、ほとんどの映画は白人によって作られたものばかり。そんな中で過去に黒人によって作られたマスターピースは、彼らの歴史やアイデンティティを語る上で欠かせないものだと言えるだろう。しかし、こうして発掘される作品の少なさを考えれば、彼らのアイデンティティや歴史を表現してきたものがいかに現代に伝わっていないかということに気づかざるを得ない。そうした意味で、これらの作品の修復が転換点となり、より多くの黒人の文化・歴史・アイデンティティを語る作品が発掘/制作されることが待ち望まれていると言えるだろう。

参照:
1)Why 2016 Is a Great Moment For Black Film History

2)‘Daughters of the Dust’: Long-Forgotten Film That Influenced Beyoncé’s ‘Lemonade’ to Be Re-Released in Theaters

3)Who Directed ‘Lemonade’? The 7 Filmmakers Behind Beyoncé’s Visual Album

4)Moving Beyond Pain

5)New 4k Restoration (From Original Negatives) of Ousmane Sembene’s ‘Black Girl’ Hits USA Theaters

坂雄史
World News部門担当。慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程。学部時代はロバート・ロッセン監督の作品を研究。留学経験はないけれど、ネイティブレベルを目指して日々英語と格闘中。カラオケの十八番はCHAGE and ASKA。


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