[388]VF:フランスの吹替え事情


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 先日、8月公開予定のディズニー最新作『ジャングル・ブック』の日本語吹替キャストに宮沢りえさん、伊勢谷友介さん、松本幸四郎さんの出演が決まった。残るメインキャスト、特にスカーレット・ヨハンソン演じるニシキヘビ・カー役が誰になるのか気になるところだ。また、今月アレクサンダー・スカルスガルドが来日したことで話題になった7月公開『ターザン:REBORN』。アレクサンダー扮する新生ターザンを声優初挑戦の桐谷健太さんが担当することが発表された。

 このように何かと毎度話題になる吹替え事情。日本だけでなく、海外も同じだという。今回は世界でも屈指の“吹替大国”と言われるフランスに焦点を絞って、近年の吹替え事情を紹介しよう。

 

世間の吹替えに対する本音

 今年2月に行われたセザール賞受賞式。オープニングのパロディ映像の中で、アメリカ映画『ブラック・スワン』の劇中に入り込んだ司会のフロランス・フォレスティが、英語を流暢に話すヴァンサン・カッセルにフランス語で話すよう頼むと、次のセリフからヴァンサン・カッセル自身による吹替版へと切り替わった。しかしそれを聞いたフロランスは、ヴァンサン自身による吹替えにも関わらず、「ああやっぱりダメ。 (口が)合わなすぎるんだよね~」と突っ込む、という一幕があった。観客の笑いを誘ったものの、それは国民が普段から吹替えを嘲笑っているということが表面化した瞬間でもあり、業界人は決して笑ってはいられない面持ちだっただろう。英語圏の、とくにアメリカのプロダクションが映画業界を牛耳る今日、“吹替えはもう古い”、でも“字幕を読むのは面倒くさい”というジレンマに陥っているようだ。

 フランスでは吹替えが主流、と言われるようになった背景には、フランス人の英語力の欠如が関係していると言われている。実際EF EPI (英語能力指数)による調査で、“欧州27国中24番目”という決して誇れたものではない研究結果も出ており、本人たちもそれを自覚しているようだ。そして、驚くべき歴史も『Le Doublage et ses métiers(吹替とその職業)』の著者ティエリー・ルヌーベル氏により語られた。「勢力を増したアメリカ・ハリウッド映画が進出してきた1949年、フランスは“外国映画はすべて吹替なければならない”という法律を作ってしまった。こういった閉鎖的な歴史があったことも事実だ」。その結果、VO(Version Original)、いわゆる字幕版は“フランス文化ではない”とされ、約10年間世間の目に触れることはなかった。

 

Netflixの台頭と波紋

 このような背景から、徐々に吹替え産業の需要が高まり、世間に浸透し、従事する人の数も増えていった。しかし2014年、アメリカ産物であるネットフリックスの参入により、事態が一変することとなる。ATAA (Association des traducteurs/adaptateurs de l’audiovisuel:音声製作者翻訳者協会)の代表ジュリエット・ドラ・クルス氏はこう語る。「いいものをじっくりと作る、ということが出来ない時代になってきました。はたまたオリジナル作品が完成していないうちに、フランス語版を同時に作るよう強いられる。画も見ずに、スクリプトから完成版を想像して作業に取りかかるなんてこともざらにある。こんなこと20年前はありえなかった。」

 映画だけではなくシリーズ作品となると、さらに過酷なタイトスケジュールが要求される。このような状況下だと、ローコストで手間も少ない字幕版の方が当然効率がいい。通常吹替え版は、完成までにシリーズ1話あたり最低2~3週間を要するが、字幕だと一週間で済む。このようなことから、フランスではあまり見られなかった字幕版が徐々に浸透してきているという。手間と時間のかかる吹替え制作は、スピードを求める時代に合わなくなってきたのかもしれない。

 このような環境で片隅に追いやられる吹替え業界に、さらなる追い打ちをかける事件が起きた。今年1月、ネットフリックス上で公開されていた『Dumbbells(原題)』というアメリカのコメディ作品のフランス語吹替え版が、“歴史に残る醜い出来”と酷評され話題になった。結果的にネットフリックス側の判断により、サイトから削除されるという始末だ。ネットでは「あれはわざとなのか?笑いをとろうとしてるのか?」「素人が作ったのか」「ロボットが機械的に話してるみたい」「かつてない傑作が生まれた!」等の声が上がっていた。結果として、これはわざとではなかった。確かにひどい出来だったかもしれない。だが、思い返してみると、ビデオ・オン・デマンドが急激に進化している今、安かろう悪かろうを要求してきているメディア業界全体に責任があるのではないか。継承すべき伝統文化としてプライドを持ち、一定の品質で提供したい制作サイドと、時代を変えて進化し続ける大手企業の間には、確実にズレが生じてきている。

 

VOとVF、そしてVM

 VO(字幕版)とVF(Version Francaise:吹替版)。両者の関係性は、屈折した社会の偏見や差別を表す側面を持っている。ジュリエット・ドラ・クルス氏は次のように語る。「フランスでは、VOは都会人のために、対するVFは田舎者のためにある、と断言してもいいだろう。パリの映画館では積極的にVOを上映する傾向にあり、実はそれはある一部の人々、字幕になじみのない郊外の者を避けているのではないか、とまで言われています」。

 VOでシリーズのイッキミをしたい現代っ子の息子と、映像と字幕が同時に見れず4秒ごとに停止する時代遅れの母親。この家族の溝を埋めるべく、最近ではVOとVFを切り替えられるVM(Version Multilingue)の運用が増加傾向にある。フランスのテレビ局ARTEでもVMを多用しており、よりラジカルな未来を期待している。

 

優秀吹替/字幕賞の授与

 メド・オンド。モーガン・フリーマンやエディ・マーフィの声を担当する1936年生まれのフランスの声優だ。監督業や顔出しの俳優業もこなす恵まれた才能の持ち主にも関わらず、彼の名前は全く知られていない。そんな声優たちやフランス語版制作者たちのフラストレーションをなくすため、ATAAは2012年より、優秀吹替/字幕賞の選出と表彰を行っているのだ。

 声優、翻訳、編集、調整、演出という一定の知識を有する職種、これまで光の当たることのなかったいわゆる“裏方”である彼らを表彰し、称える。これまでの彼らの功績がなかったら、今日のような外国映画へのアクセスは実現できていないだろう。海外文化への理解を深めるのに必要不可欠な要素であるにも関わらず、なぜスポットライトを当てられてこなかったのか。それは、これらの仕事はオリジナルがあってこそ成立するものであり、そのもの単体が評価されることはあり得なかったからだ。最近では、その特性を逆手に取り、オリジナルを裏切らないものこそが価値あるもの、と評価されるようになってきた。また、彼らが生み出す製品は教育的価値を持ち、国民の知的レベルそのものに多大な影響を及ぼすとされている。母国語としての正しい言葉と豊かな語彙、正しい読解力と優れた文章でなくてはならず、最高レベルの品質を保っていかなくてはならない。その品質継承のためにも、また制作側のモチベーション向上のためにも、この賞の存在は今後のフランスの映画産業において非常に価値のある、有意義な賞であるといえる。

Affiche-2016

参考URL:

http://www.slate.fr/story/116049/doublage-films-vf

http://www.prix-ataa.fr/

http://www.ef.fr/epi/regions/europe/france/

http://www.lesinrocks.com/inrocks.tv/dumbbells-le-film-le-plus-mal-doubl%C3%A9-de-lhistoire-et-de-loin/

 

田中めぐみ

World News担当。在学中は演劇に没頭、その後フランスへ。TOHOシネマズで働くも、客室乗務員に転身。雲の上でも接客中も、頭の中は映画のこと。現在は字幕翻訳家を目指し勉強中。永遠のミューズはイザベル・アジャー二。


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