[372]ポール・ヴァーホーヴェンの最新作『Elle』


今日はカンヌ国際映画祭で初上映されたポール・ヴァーホーヴェン監督の最新作『Elle』についてご紹介します。
同作はコンペティション部門のトリを飾る作品として21日に上映され大喝采を浴びたといいます。受賞は逃しましたが、上映直後に各映画サイトに掲載されたレビューでは“controversy”(論争)という単語が多様されながらも概ね高い評価を集めているようで、例えばThe Gurdianのレビューを担当したザン・ブルックス氏は「この作品で暗示されている問題を処理するにはもっと時間が必要であるという理由で、同作を今年のカンヌのコンペ部門で一番の作品だと吹聴するのをためらう人々もいるかもしれない。しかし、現時点においてこの映画が完全に人々を魅了し、その心をとめどなくかき乱していることは否定できない」として満点の5つ星を付けています。

『Elle』はヴァーホーヴェンにとって2012年の『トリック』以来、劇場長編映画としては2006年の『ブラックブック』以来となる監督作です。この作品は彼にとって初のフランス映画でもあるのですが、フランス語を使ってフランスで撮影した理由は、主演のイザベル・ユペールにあるようです。ヴァーホーヴェンが記者会見で語ったところによれば、元々彼とプロデューサーのサイード・ベン・サイードは本作をハリウッドの女優を起用してアメリカで作ろうと考えていたのですが、「こんな道徳を超越した映画に出演したがるアメリカの女優はいなかった」のだそうで、キャスィングは困難を極めていました。その時イザベル・ユペールが興味を持っていることを知った彼らは、彼女を起用してフランスで撮ることを決断したのです。「イザベルがこの映画をフランス映画にしたんだ。パリとフランスが私にイザベルを与えてくれた。彼女はフランスにこそ存在し得た」。

では多くの女優を尻込みさせてしまうような「超道徳的」な本作はどのような映画なのでしょうか。冒頭真っ暗な画面が映し出され、そこに耳障りな唸り声と性交時のものと思われる喘ぎ声が被せられます。それは一体何の音なのか、観客は外から帰って来た飼い猫を平板な眼差しで向かい入れるイザベル・ユペールの姿を見た直後に知ることになるでしょう。目出し帽を被った男が突然家に侵入し、彼女を無残なまでにレイプするのです。そう、この映画はある日突然強姦事件の被害者となった女性の物語なのです。
そのイザベル・ユペールが演じる女性ミシェルは強姦した男が逃げていったあと、乱闘のせいで粉々に割れた陶器を掃除して、風呂に入ります。そして警察に通報せずに、これまで通りの生活――CEOを務めるゲーム会社ではモンスターが裸同然の少女を触覚で突き刺すような性的な刺激を与えるゲームの制作の指揮をとり、愛人との再婚を考える母親を心配し、妊娠中の彼女を邪険に扱う息子に怒り、同僚の夫と不倫をする生活を続けます。かといって、自分が強姦されたことを隠すのでもなく、別れた元夫や友人との食事の席で突然「私、レイプされたと思うわ」と告白し、元夫の「警察には連絡したのか?」という問いかけを無視しようとします。しかし、その生活の中には常に事件が影を落とし(視覚的にも強姦の場面がフラッシュバックで度々登場し)、彼女は自分自身のやり方で犯人を探し出し、彼に再び向かい合おうとするのです。

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そんなミシェルという人物の「何を考えているのか、彼女が一体どんな人物なのか正確にはわからない」「彼女は自分に課された立場に苦しみ、自身で状況をコントロールしようとする」ところが好きだというイザベル・ユペールは、この物語を現実の話として捉えるべきではないと語っています。「この物語は女性がレイプされること、彼女がその強姦犯を受け入れることについて述べているのではないの。心の内にあるファンタジーのようなものとして捉えるべきだと思うわ。もちろんスクリーンの上では実際にその事件は起こっているわけだけれど、それは全ての女性に起こるという意味ではなく、それはあくまでミシェルという女性にのみ起こったこと。映画を観れば、この物語が強姦について一般的な言及をしていないことはわかると思うわ」。原作者のフィリップ・ディジャンも彼女の意見に同意してこう付け加えています。「この女性は決して強姦犯と恋に落ちているのではありません。彼女はただ社会的に認められている規範に従おうとしないだけです。彼女は自分の望むように行動し、社会的なコードに従わない自由な女性なんです」。

ポール・ヴァーホーヴェンは『Elle』における暴力とセックスの描写について以下のように語っています。
「私は拷問のシーンを見せることとレイプを描くことに大きな違いがあるとは思わない。たとえばメル・ギブソンのキリストの映画(『パッション』)が見せているのは拷問だけだ。最終的にあの映画はうまくいって興行的に大きな成功を収めたが、あの映画をエンタテインメントと呼べるかい? 『Elle』も同じレベルで見るべきだ。観客がここで見るのはエンタテインメントではない。レイプがそうじゃないんだからね。私はレイプのシーンを可能な限り衝撃的なものにしようと努力した。ものすごく厳密に演出したよ」
「もちろん一般的にセックスは最も重要な行為のひとつとされている。そうだろ? セックスは生産的なものとみなされ、暴力は破壊をもたらすものと思われている。でも暴力が必要とされる時もあれば、時にセックスが暴力に変化することもある。それがこの映画で起こっていることだよ」

強姦によるトラウマと自身の中に潜んでいた性的衝動との間で揺れ動くミシェルの姿を、ヴァーホーヴェンは常に2台のデジタルカメラを回すという方法で撮影したといいます。「2台のカメラはAカメラがあって、Bカメラがあるというものではなく、対等な関係だった。2台のカメラが視覚的に弁証法で語り合うようにね」。

ポール・ヴァーホーヴェンがジャン・ルノワールの『ゲームの規則』の「悲劇、コメディ、緊張という要素」を引き合いに出して、「これまでになかった新しい何かが見つかった小さな奇跡」と自負する『Elle』。今秋から世界各国で劇場公開される予定です。

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http://www.indiewire.com/article/cannes-elle-paul-verhoeven-isabelle-huppert-controversial-rape-thriller-press-conference-2016521

http://www.theguardian.com/film/2016/may/21/isabelle-huppert-elle-rape-cannes

http://www.theguardian.com/film/2016/may/21/elle-review-paul-verhoevens-brazen-revenge-comedy-is-a-dangerous-delight

http://variety.com/2016/film/reviews/elle-review-1201780097/

http://www.independent.co.uk/arts-entertainment/films/paul-verhoeven-interview-the-director-continues-to-stoke-up-controversy-as-his-latest-film-premieres-a7039621.html

http://deadline.com/2016/05/paul-verhoeven-elle-cannes-isabelle-huppert-1201760780/

黒岩幹子
「boidマガジン」(http://boid-mag.publishers.fm/)や「東京中日スポーツ」モータースポーツ面の編集に携わりつつ、雑誌「nobody」「映画芸術」などに寄稿させてもらってます。


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