[355] イーサン・ホークによる『ボーン・トゥー・ビー・ブルー』


先週から今週にかけて、複数のミュージシャンの伝記映画がアメリカで公開されています。ハンク・ウィリアムズの半生を描く『I Saw the Light』、ドン・チードルが監督を務め、マイルス・デイヴィスを演じる『Miles Ahead』、そして50年代にマイルスと並びジャズ界の寵児と言われたチェット・ベイカーが主人公の『ボーン・トゥー・ビー・ブルー』。今日はこの中から、昨年の東京国際映画祭でも上映されたロバート・バドロー監督『ボーン・トゥー・ビー・ブルー』[*1]について、主演のイーサン・ホークのインタヴュー記事を踏まえながらご紹介します。
ジャズ・トランペッター&ヴォーカリストのチェット・ベイカー(1929~1988)はその類まれなる実力と整った顔立ちによって、若くして成功を収めました。しかし60年代にはヘロイン中毒になり、また70年には喧嘩で前歯を失い、演奏活動の休止を余儀なくされます。『ボーン・トゥー・ビー・ブルー』はその時期に焦点を当て、ヘロインに溺れ、そして前歯を失った後にトランペット演奏を学び直すチェット・ベイカーの姿を描いています。またベイカーの恋人として登場するジェーンという女性(カルメン・イジョゴ)も実在する人物ではなく、フィクションの要素も多分に盛り込まれているとのこと。LAタイムズのレビュー[*2]はこの点について、「『ボーン・トゥー・ビー・ブルー』は本格的な伝記映画を志向してはいない。しかし、ベイカーがいかに革新的な方法で自身の演奏と歌唱のスタイルを確立したか、余分なものを削ぎ落としていったのかを描くことで、彼の何が特別だったかを説明している。さらに重要なのは、彼がいかに毎日厳しい選択――スポットライトの外で安らかに生きるか、あるいは極度の緊張を強いられる状況に身を置くか――に迫られていたかを見せていることだ」と評しています。

本作でそうしたベイカーの姿を見事に表現したのがイーサン・ホークです。ホークは撮影前にチェット・ベイカーのパフォーマンスやインタヴューをインターネットで夢中になって見たそうです。「様々な時期の彼の声や演奏を見て、それがどのように変化していったのかを知ることができた。そうすることで、その真似をすることに興味を失っていったんだ」[*3] 実は彼がチェット・ベイカー役の話をもらったのは今回が初めてではなかったといいます。
「今から14~15年前になるかな、あるチェット・ベイカーの作品が企画されていて、どうやらブラッド・ピットがその企画を降りちゃったということだったらしい。そのプロデューサーが俺に “チェット・ベイカーの伝記映画に出ないか?”って電話してきたんだ。それで俺はリチャード・リンクレイターに電話をかけた。リック(リンクレイター)のチェットについての考えはかなり興味深いものだった。彼はチェットが即座に大きな成功を収め、孤立したことに興味を抱いていて、こんなふうに言っていた。“よし、孤立についての映画をつくろう。クールについての映画だ。『Pull My Daisy』(ロバート・フランクが監督したビート・ジェネレーションの作品)みたいな、50年代を舞台にした映画だ”ってね。俺たちはそのアイデアに興奮して、ふたりで台本に取り組んだ。それはチェット・ベイカーのある1日、彼がヘロインを試す前日の話だった。そして資金を集めようとしたんだけど、その企画はゆっくりと破綻していき実現しなかった。俺はそれにかなり打ち込んでいたから奇妙な失望感を味わったよ」[*4]

ヘロイン中毒になる前の50年代のチェット・ベイカーの企画が頓挫したその15年後に、60年代末のチェット・ベイカーを演じる仕事が舞い込んできたとは、何とも因縁深い話です。さらに、イーサン・ホークが『ボーン・トゥー・ビー・ブルー』の台本を受け取ったのは、役者仲間のフィリップ・シーモア・ホフマンが薬物の過剰摂取がもとで亡くなった直後のことだったそうです。
「この映画を作りながらフィルについてたくさんのことを考えた。俺がこの台本に惹きつけられたのは、薬物中毒について偏った見方をしていなかったからだ。だからここで描かれていることとフィルのことを結び付けて考えることができた。(中略)俺はこの映画をリヴァー(フェニックス、ホークのデビュー作『エクスプロラーズ』で共演)とフィルに捧げたんだ。このふたりの俳優は俺の内面に深い影響を与えてくれた。彼らは役者であり、アーティストだった。そして俺はその両方を同じドラッグによって失ったんだ。多くの人が20代で人生に迷い、いかに真の自分を探すかという問題に直面する。それがリヴァーの身に起こったことだ。そして中年に差し掛かったときに別のハードルが現れるんだ、“(自分の人生は)これだけのことなのか?”ってね。フィルはそのハードルにつまずいたんだ。少し前にシドニー・ルメットの回顧上映で『その土曜日、7時58分』(ホフマンとホークが主人公の兄弟を演じたルメットの遺作)を見た。俺にとってあの映画を見直すことはかなりきついことだった。でも見直してわかったんだ、あの映画はフィルにとってものすごく私的なパフォーマンスだったんだってね。公開当時は誰も気づかなかったけど、彼は中毒(依存)との闘いに敗れる人物を演じていた。彼自身を演じていたんだよ。フィルは芸術に対しておそろしく正直な人だった。彼はこう言っていた。人は真実を操ることができる。友達を演じることも家族を演じることもできる。でも芸術を演じることはできないってね」[*5]

『ボーン・トゥー・ビー・ブルー』の撮影で一番怖かったことを訊かれたイーサン・ホークは歌うことだと答えています。本作ではトランペットの音は吹き替えが使われていますが、ベイカーの歌はホーク自身が歌っています。
「たとえば『6才のボクが、大人になるまで。』でも歌ったけど、あれは音楽好きの父親という役柄で偉大なミュージシャンということではなかったわけだから事情が違うよ。そして、偉大なシンガーであるかどうかに関係なく、チェットの歌には魔法がある。以前あるジャズ批評で、彼の歌は誰かの歌の記憶のようだって書いてあった。俺もそんなふうに演じられればと思ったよ。それは実現できなかったことのひとつだな。チェットが生で歌っているのを見ても、まるで彼が歌っているわけではないように思えてしまう、彼はそんなパフォーマンスをやってのけたんだ」[*3]

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*1
http://www.imdb.com/title/tt2133196/
*2
http://www.latimes.com/entertainment/movies/la-et-mn-born-to-be-blue-review-20160325-story.html
*3
http://variety.com/2016/film/news/ethan-hawke-chet-baker-born-to-be-blue-1201739513/
*4
http://blogs.indiewire.com/theplaylist/ethan-hawke-reveals-he-once-tried-to-make-a-chet-baker-biopic-with-richard-linklater-20160329
*5
http://www.latimes.com/entertainment/movies/moviesnow/la-et-mn-ethan-hawke-interview-chet-baker-hoffman-phoenix-20160328-story.html

黒岩幹子
「boidマガジン」(http://boid-mag.publishers.fm/)や「東京中日スポーツ」モータースポーツ面の編集に携わりつつ、雑誌「nobody」「映画芸術」などに寄稿させてもらってます。


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