[352]セックスと映画:曖昧なレイティング基準


 昨年のカンヌ国際映画祭で上映され、世界中の注目を一気に集めたことで知られるギャスパー・ノエ監督作『Love』。大きな波紋を呼んだ本作だが、ついに日本でも18歳未満鑑賞不可として公開されることが決定した。映画倫理委員会(映倫)のホームページには、以下の詳細が明記されている。“マーフィーはアパートにいて、彼の生涯最大の愛を思い返す。エレクトラとの情熱の二年間を。ドラマ。大人向きの作品で、極めて刺激の強い性愛描写がみられ、標記区分に指定します。” 差し障りなく上品で、ネタバレのない的確なあらすじまで書かれているのがお見事。(ちなみに、私はこの映倫コメントを見るのが唯一の愉しみなのであります…)

  nympho

 フランスでは絶えず、レイティングについての議論が取り沙汰されている。映画に登場するセックスシーン、どこまで“アート”と見なされ、どの程度から“教育上問題”とされるのか。先日、2月に辞職した元文化・通信大臣フルール・ペルランの後釜オードレ・アズレ氏は、映画を18歳未満鑑賞禁止と判断することへの判断基準の見直し、要するに“緩和”への方針を公言した。それを受けたフランス文化省管轄の公共行政機関、国立映画・映像センター(CNC)映像作品分類委員会は今、“芸術”と“ポルノ”の境界線を明確に誰もが納得する形で呈示する必要性を迫られている。

 まず、映像作品分類委員会とは何か。1990年に発足され、フランスで映画を上映するために義務付けられた上映ビザの発行を審議する機関であり、映画製作者には避けては通れない関門だ。その委員会を構成するのは、各省庁の代表や専門家、18歳から24歳までの若者も含む。“児童・青少年保護、人間の尊厳の観点から判断”され、拒否及び条件付きになることもある。上映ビザが取得できなければ、ここで映画の命は絶たれる、ということだ。また、一般に公開するにあたって適切か不適切かだけではなく、それが“ポルノグラフィー、又は暴力教唆”として分類される場合、一般向け(全ての年齢層が鑑賞可能)、12歳未満の入場・鑑賞を禁止、16歳未満の入場・鑑賞を禁止、18歳未満の入場・鑑賞を禁止、上映の全面禁止というように段階分けをされる。いわゆるレイティングだ。この決定によって映画の商業性をも左右することになり、より多くの人が観ることができるよう年齢制限はないに越したことはない。

 この機関の決議に待ったをかけるのは、ユダヤ・キリスト教の価値観を社会生活のあらゆる面に推進する目的の団体Promouvoir。上映禁止や禁止対象年齢の引き上げを働きかけている。委員会の決議に異議を申し立てると、次の舞台は行政裁判所へ。最近では、『アデル、ブルーは熱い色』(12歳未満)や『アンチクライスト』(16歳未満に引き上げ)、また『ニンフォマニアック』(Vol.1 は16歳未満、Vol.2は18歳未満に引き上げ)がこの裁判にかけられた。

 ”児童・青少年の保護”という目的は同じなれど、映画を第七芸術とみなし、表現の自由を尊重する者と、様々な理由でそれに賛同できない者。両者の溝を埋めることはそう簡単ではなさそうだ。

 当委員会代表ジャン=フランソワ・マリー氏は、その本質を見ることなく、”過激な性描写や暴力シーンを含む作品”とみなし、規制する、という現状に異議を唱えている。一緒くたに“バイオレンス”と言っても、未成年の感受性を刺激し発達に悪影響を及ぼすものや、暴力行為を快楽的で日常的な行為と思わせる可能性のあるもの等、その本質は異なる。一方で、”本番セックス”という宣伝用看板文句は、単なるそのものへの興味を助長するだけであり、本番だろうが真似事だろうが”セックスシーン”に変わりはない。

 昨年のカンヌ映画祭を発端に物議を醸した『Love』も、上映ビザさえ下りたものの、やはり裁判に持ち込まれた。前大臣ペルラン氏らが鑑賞対象範囲の拡大を求めたのだ。その内容を示したリストには、フェラチオ、クンニリングス、ペニスやヴァギナへの愛撫、という過激な内容の数々。裁判官は、これらを”監督の意図的な演出によりもたらされたもの”と捉えながらも、”未成年に悪い影響を及ぼす内容”と判断し、本作は18歳未満鑑賞禁止の刻印を余儀なくされた。この結果について、法律家エマニュエル・ピエラ氏は「無意味な裁判だった。裁判官は”表現の自由”という概念を忘れているようだ。極めて保守的な結果」と述べている。それに対してPromovoirは、「未成年者を、法によってポルノや暴力に誘導しているとしか思えない」として、抗議の続行を表明している。

 若年層の保護と、表現・創造の自由。この問題は今に始まったものではない。委員会が1990年に発足されて以来、初のR-18の刻印を押された映画が『ベーゼ・モア』(Baise-moi,2000)だ。ヴィルジニー・デパントが自身の小説を映画化した本作は、鑑賞対象を16歳以上とし封切られた直後、そのセンセーショナルな内容から上映禁止処分になり、最終的には対象を18歳未満に引き上げられた。女性監督が描き出すあまりにショッキングなレイプシーンや暴力的なシーンの連続は、どこかギャスパー・ノエを思い起こさせる。実際、あるシーンの中で『カノン』(98)がテレビ画面上に映っているという。

 我々の心配をよそに、インターネットの普及により24時間どこでも誰でもポルノにアクセス出来る今日、なぜ映画だけが厳しく規制されなくてはならないのか。同じく昨年のカンヌ映画祭で上映された『Bang Gang』。ティーンエージャーの性の目覚めを赤裸々に、美しい映像とともに描いた本作も同じく、あのPromovoirにより、”無意味に”12歳未満禁止とされた。女性監督エヴァ・ハッソンは以下のように語っている。「今やポルノは誰でも見られる環境なのに、私たちは映画の最新技術や新しい世界を、16歳または18歳以下の観客に届けられない可能性があるんです。」

 映画におけるアートとポルノの境界線。十人十色の意見があるのは自然なことで、線引きするのが非常に難しいこの問題。少なくとも映画には、その卑猥な描写の裏に、必ず何らかのメッセージが込められているはずだ。どんなに変態と言われても、ギャスパー・ノエの創り出す独創的な世界は誰にも真似できない”芸術”だと、私は思う。4887033_6_697d_2016-03-21-7593dd0-13446-8lbqfv_a3702ef80b2d79918264dab0874fb8f1

 

参考・引用URL;

http://www.lemonde.fr/idees/article/2016/03/21/sexe-et-cinema-l-interdiction-aux-moins-de-18-ans-en-debat_4887035_3232.html

http://www.culturecommunication.gouv.fr/Presse/Discours/Remise-du-rapport-de-Jean-Francois-Mary

http://www.allocine.fr/article/fichearticle_gen_carticle=18650908.html

http://www.allocine.fr/article/fichearticle_gen_carticle=18644848.html

http://www.allocine.fr/film/fichefilm_gen_cfilm=25859.html

https://en.wikipedia.org/wiki/Baise-moi

映画倫理委員会(映倫):http://www.eirin.jp/

内閣府:http://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/hikou/h26/2_03.html

 

田中めぐみ

World News担当。在学中は演劇に没頭、その後フランスへ。TOHOシネマズで働くも、客室乗務員に転身。雲の上でも接客中も、頭の中は映画のこと。現在は字幕翻訳家を目指し勉強中。永遠のミューズはイザベル・アジャー二。


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