[351]『10 クローバーフィールド・レーン』におけるベアー・マクレアリー作曲の音楽について


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2008年公開の映画『クローバーフィールド/HAKAISHA』と同じ題名を冠する新作『10 クローバーフィールド・レーン』が全米で公開中であり、日本でも今年公開されることとなっている。プロデューサーのJ・J・エイブラムスのよれば、続編ではないとしながらも関連する作品であるとしている。

10CL02前作において音楽はマイケル・ジアッキーノであったが、今作ではベアー・マクレアリーが担当した。マクレアリーは、6歳の時に、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の音楽をテープレコーダーで聴いたことをきっかけとして、映画音楽に興味を持つようになった。そして、彼は映画音楽だけではなく、アメリカのTVドラマを中心として活躍を続けてきた作曲家でもある。その経歴の始まりは『GALACTICA/ギャラクティカ』であり、マーベル作品である『エージェント・オブ・シールド』、さらに『ウォーキング・デッド』等の音楽も手掛けている。

彼が『10 クローバーフィールド・レーン』に初めて出会ったのは2年程前のことであった。その脚本は、印刷が不可能なように赤いページで装丁されており、その脚本が入った封がされた封筒を直接手渡された。彼がこの映画に関わることになったのは、配役がなされる前という早い時期である。彼は与えられた1年以上の時間のうち、半分をアイデアの創出に費やした。この制作段階前には、ダン・トラクテンバーグ監督と音楽について長い時間をかけて話し合った。2人はお互いに、観客は音楽によって主要な登場人物であるミシェルのことを理解し、また音楽は物語のおける感情の核心を表現するのだと考えていた。さらに、音楽は映画の舞台となる地下倉庫の内と外から沸き起こる緊張を高める役割を持っており、スケールの大きさを感じさせるものでもあると考えた。

J・J・エイブラムスと最初に会った際には、彼はすでに音楽のスケッチを書き始めていた。エイブラムスは、具体的に映画音楽の作曲家の名前を挙げて音楽について意見を述べている。それは、ジェリー・ゴールドスミスのシンセサイザーの音楽、バーナード・ハーマンの異国情緒溢れるオーケストラの音楽であった。そして、エイブラムスは、オーケストラの方向で、マクレアリーに彼自身が書きたいスコアを書くことを認めたのである。

10CL371今作の音楽の制作にあたって、独特の打楽器が取り入れられている。彼は映画の舞台となっている地下倉庫という場所や空間を表現するために、独特の音を用いているのである。それは、プロダクションデザインにおける素材にヒントを得ている。サウンドデザインチームは、巨大な倉庫を借りて、手に入るものはすべて試した。通気孔、樽、棚、電気工具、散弾、バケツ、鋸、鐘、煉瓦、硝子、噴霧スプレー、ドスンと音を立てる機械である。綿密に、何千ものレコーディング音源を編集しながら、チームは、映画のために、独自の打楽器の製作工場を作り上げたのである。そこで突き刺すような音から優しく全体に膨れ上がるような音まで生み出し、独特の音がスコアを彩っている。映画全体に流れる少し歪み、共鳴する鈴の音は、巨大な倉庫でレコーディングされたボウルのサンプル音源である。

しかし、感情や旋律を表現する上では、打楽器だけでは不十分であった。そこで彼が用いたのは、ブラスター・ビームという楽器であった。ブラスター・ビームは、マクレアリーが最も好んでる作曲家の1人であるジェリー・ゴールドスミス作曲の『スタートレック』において使用されたことで有名である。この実験的な楽器は、クレイグ・ハクスリーによって古い型から改造されている。そして、『スタートレック』における演奏は彼自身が行っている。そして、彼は今回のプロジェクトにも参加をし、演奏をしているのである。マクレアリーは、この楽器について以下のように語る。

「すべての外的空間のショットでは、唸るように共鳴する深い音が流れます。それは、ブラスター・ビームなのです。アコースティックの楽器であり、電子楽器ではありません。私は人生でブラスター・ビームのために曲を書きたいと思い、クレイグ・ハクスリーを知りました。彼は時間と活動に寛大で、『10 クローバーフィールド・レーン』のスコアにおいて、ブラスター・ビームを演奏してくれました。本当に興奮しました。」

10CL42ブラスター・ビームは、グランドピアノの最低音である「ラ」の遥か下の音、コントラバスの低い音、コントラファゴットの深く轟く音を出すことができる。音調は、弓、マレット、金属の管を特大のギターの弦を滑走させるように当てることで生み出される。その弦は、エレクトリックギターに似た音を響かせるのである。マクレアリーは、その音に70、80年代のSF作品を見出した。ハクスリーは、映画音楽においてこれほど顕著にブラスター・ビームが使われることは数十年ぶりであるとマクレアリーに話している。ブラスター・ビームの音色は、『10 クローバーフィールド・レーン』の全編にわたって聴くことができる。

ブラスター・ビームは、地下倉庫を表現しているが、登場人物のための独自の音も必要であった。トラクテンバーグ監督は、一風変わっていて、さらに大胆なアイデアを求めた。そこで、マクレアリーは、ヤイリ・タンブールと呼ばれるトルコの民族弦楽器を用いることを決めたのである。その楽器の演奏を担当したのは、マクレアリーの友人であり、コラボレーションを続けているマラキ・バンディであった。バンディは、マクレアリーが音楽を作曲したTVドラマ作品の『ダ・ヴィンチと禁断の謎』で同楽器を演奏している。マクレアリーは、その楽器の実用的範囲の中で高い音を活用している。結果的に、薄い金属的な音は、低い音域のバリトンとはまったく異なるものとなった。このアプローチによって、長く、抒情的な旋律を生み出し、歌のような表現を実現した。一方で、邪悪さを感じさせる金属の鋭い音でもあった。
実は、マクレアリーがヤイリ・タンブールを使用するアイデアに関与した人物がいる。その人物とは、『荒野の7人』、『アラバマ物語』等の音楽を作曲した巨匠エルマー・バーンスタインであった。彼との出会いこそが、マクレアリーに映画音楽の世界でチャンスを掴むきっかけを与えたのである。マクレアリーは、バーンスタインの人生の最後の10年間、彼のもとで働いていた。マクレアリーにとって彼は初めての雇い主であっただけでなく、指導者であり、友人でもあった。例えば、バーンスタインが『十戒』においてショーファーという独特の楽器を使用したことが、今回のヤイリ・タンブールのアイデアに繋がっているだろう。バーンスタインは以下のように話している。

「映画でショーファーがスクリーン上に現れることを知った際に、ショーファーを演奏する人を探さなければならなかった。しかし、当てがなかった。ショーファーは、雄羊の角から作られている古代の楽器だからね。もちろん、演奏する人を見つけ出したよ。その楽器は、ユダヤ人の式典でまだ使われていたからね。演奏してもらったよ。たしか、20人か30人のラビたちが音楽の壇上にいたと思うよ。」

10CL28そのヤイリ・タンブールの音色は、『10 クローバーフィールド・レーン』において、最初と最後のシーンで流れる。そして、オープニングにその楽器を起用したことも、エルマー・バーンスタインの影響であった。バーンスタインは、常にスコアのオープニングの数秒は、最も大事であると話していた。それは、観客が視覚的な映像と物語に入り込む前であるがゆえに、音楽に細心の注意を払うからである。彼は、オープニングは映画を代表する単一の明瞭な楽器で始めることを推奨した。そして、実際に彼はその考えをいくつもの作品に用いている。『アラバマ物語』では単純で子供が演奏したようなピアノの音色で始まり、『荒野を歩け』では3人のそれぞれのソロ演奏で始まり、『ゴーストバスターズ』ではオンド・マルトノが使われている。マクレアリーは、この手法を意図的に『10 クローバーフィールド・レーン』でも取り入れた。それゆえに、この映画のスコアは、ヤイリ・タンブールの微妙な音調から始まるのである。そして、デモ音源の段階で、プロデューサーのエイブラムスにこのオープニングのロゴ音楽を聴かせたところ、彼も非常に気に入った。現在のマクレアリーの言葉には、エルマー・バーンスタインへの謝辞が溢れている。

「エルマーは、私に芸術、商業、仕事で成功できるということを示してくれました。家族を持つこと、幸せを掴むこと、自分のために時間をかけることが可能であるということでさえも教えてくれたのです。この10年以上の間で取り組んできたすべての仕事は素晴らしいものでした。しかし、私がエルマーと出会った時、私の人生には、正しい生き方が用意されたように思います。」

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このヤイリ・タンブールは、主要な登場人物の1人であるミシェルのテーマ曲を代表する。ミシェルのテーマ曲は、大胆なオープニング映像から想起して書かれている。ミシェルと彼女の背景の説明には、対話や音響が用いられていない。観客は音楽によって彼女について理解できるよう試みたのである。しかし、一方でマクレアリーは彼女の状況におけるミステリーの要素は保つようにしたとしている。彼はオープニングで機能している音楽とは、全体のスコアの働きの鍵となっていると考えている。このオープニングの音楽を重要視する姿勢は、まさにエルマー・バーンスタインの教えを受け継いでる証拠である。彼は物語を伝える映像によって、ミシェルのテーマ曲を即座に考え付いた。TVシリーズの音楽では、細かい修正が求められるが、この楽曲についてはほとんどその必要がなかった。トラクテンバーグ監督からエイブラムス、その他のプロデューサーに至るまで、オープニングのシークエンスのアプローチについては前向きな意見であった。また、最後のシーンの音楽はマクレアリーが最初に書いた本質としての下書きであった。彼によれば、このようなことはスコアリングの仕事においては稀であり、彼にとってはこの映画に対するやる気の現われである。

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『10 クローバーフィールド・レーン』のレコーディングは、4つの異なる楽器編成によって行われた。90人編成のオーケストラ、45人による弦楽器のアンサンブル、30人のチェロ奏者と8人のコントラバス奏者、Calder Quartetである。それぞれのレコーディング音源は、トラクテンバーグ監督の感情を強調するという意向に基づいて映画の中で使用する際には層のように重ねられた。トラクテンバーグ監督は大規模なオーケストラだけでなく、小編成でレコーディングを行ったことに関して以下のように説明する。

「90人のオーケストラは、巨大な映画の音を可能にします。しかし、私は感情的な少し激しく震える弦楽器の音が欲しかったのです。だから、小さな部屋でCalder Quartetによるレコーディングを行ったのです。彼らは暗い部屋で閃光を発しているような演奏をしていました。彼らには大きな部屋での100人による演奏にはないものがありました。」

『10 クローバーフィールド・レーン』の音楽は、ベアー・マクレアリーの代表作になると予想される。彼のこの最新作におけるヤイリ・タンブールのという楽器の導入やオープニングの音楽構成には、エルマー・バーンスタインの影響や教えが表れている。その先人の意思が受け継がれるということは、映画音楽は表現を変えながらも、その過去から現在への歴史が続いているということである。また、『スタートレック』で有名なクレイグ・ハクスリーが演奏するブラスター・ビームが、数十年ぶりに主要な楽器として映画音楽に使われるということにもその歴史の連続性を感じざるを得ない。
最後に、今作においてプロデューサーのJ・J・エイブラムスがマクレアリーに贈った言葉で締め括る。

「ベアーは、ダン・トラクテンバーグ監督の『10 クローバーフィールド・レーン』に素晴らしいスコアを書いてくれました。映画の大きさや核心を表現しています。緊張感があり、感情的な音楽です。驚きや恐怖を増大させてくれています。それは、(バーナード・)ハーマンへの敬意ですが、しかし、同時にオリジナルの音楽でもあります。私はこの映画への貢献について、ベアーに深く感謝の意を表します。」

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こちらの動画では、音楽とともに演奏風景をご覧いただけます。今回、ご紹介しましたヤイリ・タンブールとブラスター・ビームも登場します。

参考URL:

http://www.npr.org/2016/03/10/469951870/from-television-to-10-cloverfield-lane-a-composer-plays-with-surprise-and-luck

https://www.inverse.com/article/12361-composer-bear-mccreary-lets-us-inside-10-cloverfield-lane

http://www.wired.com/2016/03/10-cloverfield-lane-composer-bear-mccreary/

http://collider.com/bear-mccreary-10-cloverfield-lane-the-walking-dead-interview/

http://www.bearmccreary.com/#blog/blog/films/10-cloverfield-lane/

http://www.bearmccreary.com/#blog/blog/other/elmer-bernstein-wisdom/

http://www.ew.com/article/2016/02/26/jj-abrams-10-cloverfield-lane-interview

宍戸明彦
World News部門担当。IndieKyoto暫定支部長。
同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士課程(前期課程)。現在、京都から映画を広げるべく、IndieKyoto暫定支部長として活動中。日々、映画音楽を聴きつつ、作品へ思いを寄せる。


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