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1975年に出版されたSF作家J・G・バラードの小説『ハイ・ライズ』(原題: High Rise )が映画化され、米国をはじめ世界各国で3月18日から公開されている。監督は英国インディペンデント映画賞で話題になった『キル・リスト』で知られるベン・ウィートリー。ダークな雰囲気漂う彼の作風をうまく組み込んだ本作は昨年の英国インディペンデント映画賞やトロント国際映画祭にノミネートされ、各国の映画祭で上映されてきた。人気英国俳優トム・ヒドルストンを主演にシエナ・ミラーやルーク・エバンズなどの豪華キャストも大きな注目ポイントだが、映画化不可能だと言われ続けた本作品をスタイリッシュで、でも原作に忠実に仕立て上げたベン・ウィートリー監督も注目したい。

映画化にあたっての苦労、原作との違いや解釈の描き方、彼の映画や自分の仕事への思いを通して彼自身がこの作品に何を見出したかったのかを見ていきたい。

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本作はいままでのスタイルとは違い、初めての小説の映画化というものとなっています。なぜこれを映画化しようと思ったのですか?
ーいつもはじまりは、「前作とは違うことをしよう」ということから始まります。まぁ、そうしようと意識しているけれど結局完成するといつもと同じようなものに仕上がってしまいますが。前の作品を出発点に次の作品をつくろうとしますが、そこにはいつもにたようなリズムや滲み出てくるテーマのようなものがあります。(*1)

前作をつくってから、次は本から映画を撮りたいと思っていました。私は原作を17歳の時に読みました。英国SFの代表のような作品です。その年齢の頃は他にもウィリアム・S・バロウズの『裸のランチ』、ハンター・S・トンプソンの『ラスベガスをやっつけろ』等のカウンターカルチャー的なものを多く読んでいました。バラードの作品からは彼のエネルギーが伝わってきました。彼はとても危険で怖そうに見えましたが、でもだからこそ彼の本を読まねばと思いました。『クラッシュ』も同じ頃に読んで、誰のものでもないセリフが多いなと思っていました。現代の世界を見ながらそれを異質なものにしてくということが根底にあったのだと思います。(*7) 40歳になって読み返してみると彼がどれだけ未来について正確に書いていたかということを実感し感嘆とともに怖くなりました。(*5)

おそらく、『ハイ・ライズ』は私の今までのどの作品とも違うものになっていると思います。映像と音の融合やカメラの動き、環境をすべてコントロールできたという点においてそれらの要素を正確に表現できることができてとても満足しています。バラードの作品はまるで現代を振り返っているみたいで、今はちょうど70年代のような環境にあるわけです。そして次に80年代のお金の時代がやってきてこの輝かしい時代がずっと続くと思っていると次にまた70年代の不況と環境破壊がやってくるというパターン繰り返しです。多くの映画は現在どちらの時代にいるのかということを見極めようとしているように感じます。(*7)

原作に忠実でいようとしたことは今までの監督スタイルに影響しましたか?そこにはあなたとエイミー(本作の脚本家でベンの妻)の要素も入っていますか?
ー今までのやり方にそれほどの変化はありませんでした。脚本ができてからは原作には戻りませんでした。一度解釈し、変化した部分を見直しても仕方がないと思います。よく原作を映画化するとなると原作ファンたちの目が気になりますが制作している間はそれも特に気になりませんでした。完成してから心配になり始めましたが、人の反応ばかりを見ていては良い作品はつくれないと思います。(*5)

自分たちの要素という点では多分入っていると思います。コメディと悲劇、それに哀愁は自分たちのやってきた映画に散りばめられていてます。それが人生だと思います。暗闇と笑いを混ぜるのが好きです。怒れるようなコメディか笑いたくなるようなホラーのようなものですね。自分たちは70年代生まれでその時代の記憶がかすかに残っていますが、その時代に子供だった私たちの声を反映させたいという希望もありました。(*4)

『ハイライズ』は意図的に混乱を招く作品ですが、どのようにしてその雰囲気やトーンをつかんだのでしょうか?
ー全体をうまくバランスとるのには結構テイストの好みや直感みたいなものが関わってくると思います。制作過程に何度も作品を見直すという作業がありました。6ヶ月の編集の期間のうち2ヶ月間は組み立て作業で残りはひたすら毎日観ていたと思います。一時期は1日13-14時間も編集していました。毎回の小さな変化が全体に響いてくるから映画全体を観ないと調整も編集もできないという状態でした。

そんなに毎日観ていると、作品について客観的になることが難しそうですが、その変化や編集がその場面に合っているということはどのようにしてわかるのでしょうか?
ーやはりそれが仕事だからというのが一番大きいですね。エイミーと二人で編集しているけれど、お互いに人からの評価を気にして自分の作品から逃げないように見張っていました。エイミーはどんどん削っていきます。『ハイ・ライズ』のような作品には多くの人たちがどこをどんな風に変えたらいいかという意見を持っていますが、それが必ずしも作品をいいものにするとは限りません。私たちのテイストや解釈ができるだけそのまま反映されるように撮りたかった。人の意見を聞き始めると、その瞬間には正しいことのように思えても、完成した作品を観ると必要な視点が欠けていたりして、失敗してしまったと思います。良くも悪くもひとつの声だけがあればいい。私たちはその声とともにあるし、万人に通じるものではないかもしれませんが、それは仕方がないことだと思います。クリエイターとしてやれることは、自分自身が見たいものをつくるということで、他の人もそう感じてくれることを願うだけです。

テクノロジーに頼りすぎることの危険性は40年後の今も存在しているわけですが、これも映画化するにあたっての魅力の一つだったのですか?
ーそうですね、それと階級社会についての二つがとても興味深い要素だと思いました。しかし、テクノロジーへの依存よりも貧富の格差の方がよっぽど深刻な問題だと思います。前者はどちらかというとメリットも多くて、私もメールなんかを愛用していますが、後者のとても小さな割合が世界の資源と富を消費しているという方が大きな問題だと思います。 (*4) 難しかったのは階級制度の中で上流階級を描いていくことです。自分が知っている登場人物に忠実でいるのはもちろんのこと、自分の知らないような人物にもそうでありたいと思いました。この作品は上流階級vs労働階級のような構図を想像するかもしれませんが、実際は上vs中vs下のように分かれています。そして彼らをユートピアという一つの世界の中に閉じ込めた時に、壊れてしまったものに対してみんなで嘆き始めるんです。その嘆きという共通する土台が彼らをまたひとつに融合していくというのがこのストーリーの核かもしれません。(*7)

本作ではプロダクションデザインの面からどのようなアプローチをかけようとしましたか?
ー様々アプローチがあり、プロダクションデザイナーのマークとエイミーと撮影監督のローリー・ローズと私でたくさん打ち合わせをしました。マークには現実とは違った70年代を撮りたいと言いました。時間が枝分かれしたような感覚ですね。見た目は70年代だけどそっくりそのままではない。そのためにはスーパーマーケットの商品や建物まですべてを一からデザインしました。だから商品の特定のブランドや映画や音楽やタバコなどにノススタルジアを感じることはありません。70年代は近未来的な雰囲気のある最後の年代だというのがお気に入りのポイントで、今は不可能だと思うような未来を本気で信じていた最後の時代です。それをどうやって登場人物たちの周りに設定してくかが重要でした。彼らを圧迫しているように配置していくように、コンクリートーの建物などで居心地の悪い空間を演出していきました。(*3)

とても印象的だったのが、原作の登場人物たちの内面をとても表面化させているということです。
ー映画は本と違って時間が限られている中で情報を伝達しなければいけません。それが顕著にあらわれるのが登場人物と環境設定だと思います。読むという行為は自分で何度でも読み返すことができますが、映画はその時間の贅沢がありません。

時代については原作がSF小説で近未来の設定になっていますが作中ではどのような構想になっているのでしょうか?
ー原作は1970年代から近未来を予想しているものになっていて、1974年くらいに書かれたものだからおそらく1978-1983年ごろを予想していると思われます。私たちは現在から未来を描くということは絶対にしないと決めました。それは原作の核を壊してしまうことになるし、なによりタワーに住んで少しずつおかしくなっていくという設定がSNSの存在があると一気に世界に知らしめられて台無しになってしまいます。

現在は原作が書かれた時からかなり未来にいて、そこから過去を見つめているから未来に何が起こるかわかっているわけです。未来から原作の未来に手を伸ばしているような感覚、その未来から見た過去であると同時に、実際には起こらなかった未来でもあるので70年代をそっくり再現するわけにはいきませんでした。自分たちが1970年代生まれなので、自分たちの感じていた時代の雰囲気も取り入れて、積み重なってきた70年代以前の時代も散りばめていきたいと思いました。主演のトム・ヒドルストンは60年代のスーツを身につけています。人間はある一定の年齢になるとファッションに関する試行錯誤を諦め、その先ずっと同じようなものを着ていくと思います。だから彼も22とか23歳からずっと同じようなものを着ているということで、少し前の時代の衣装になるのです。(*2) (*5)

このタワーに住んでいる住人たちはみんなとても違う視点をそれぞれ持っていますが、私たちはひとりの視点のみに注目するべきなのでしょうか?他の登場人物たちにどれくらいの共感をもってほしいですか?
ー私は公平であってほしいと思います。本作の感情的なリアリズムとして監督は登場人物を騙して失敗させようとしているわけではない。観客はみんなそんな騙しにはすぐに気づくし、現実的にみんな白と黒の混ざったようなグレーの領域を持っています。ひとりの登場人物が映画の後半でひどいことをするけれど、それは決して彼が今までやってきたことすべてがひどいことであるなんていうことはありません。悪いことをする人はすべて悪人であると断定できることはとても安心感があるかもしれませんが私はそれを真実だとは思いません。(*2)

主人公のキャスティングに最初からトム・ヒドルストンを考えていたそうですが、なぜ彼がいいと思ったのでしょうか?
ーものすごく一般的なレベルでの話をすると、彼が二枚目俳優のようなルックスを持っているというのがあります。そしてそのような俳優を難しくてひねくれた映画に出演させるのには挑戦と楽しさがありました。トム自身は非常に知的な人物ですが、とても警戒的でとじたところがあり、それがキレはあるがすべてをさらけださないどこかわからないところがあるというような雰囲気を醸し出します。それにアベンジャーズを観たときにすごく気に入ったんです!

原作と共にありながら、しっかりと自分の世界観を押し出していくベン・ウィートリーのダークでリアルなスタイルは観たくない現実をどんな風にして観客に提供していけばいいのかという努力と信念、そしてどんな時も笑いを忘れない心がある。『ハイ・ライズ』は8月6日より東京・ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国で公開が決まっている。彼がこれからの作品に描く世界に注目していきたい。

(*1) http://www.denofgeek.com/movies/ben-wheatley/39183/ben-wheatley-interview-high-rise-doctor-who-and-more

(*2) http://www.ohcomely.co.uk/blog/1294

(*3) http://canvas.grolsch.com/news/high-rise-an-interview-with-director-ben-wheatley

(*4) http://www.movies.ie/high-rise-interview-with-ben-wheatley/

(*5) http://www.candidmagazine.com/ben-wheatley-interview/

(*6) http://www.theskinny.co.uk/film/interviews/ben-wheatley-high-rise

(*7) http://www.theguardian.com/film/2016/mar/06/ben-wheatley-interview-high-rise-jg-ballard-mark-kermode

mugiho
早稲田大学在学中。
日本国内を南から北へ、そして南半球の国を行き来していまはとりあえず東京に落ち着いています。ただただ映画・活字・音楽・書くことが好きな人間です。物語を語るということが好きなものにすべて共通していて映画もそこに一番惹かれます。


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