つい最近、ポール・シュレイダーが自身のFacebook上で自らが脚本・監督を手掛けた新作、”Dying of the light”がプロダクション側と彼の意向の不一致から、作品がほぼ出来上がっていたにも関わらず、制作から外された上に、映画はプロダクション側によって映像・音楽を含め、彼の監修無しに再編集されたものが公開予定となっていることを明かした。また、先週から映画のトレイラーが公開されている。*(1)
“Dying of the light”予告編
http://www.youtube.com/watch?v=j28l94w3Q_Y
 この事態に対抗すべく、出演者のニコラス・ケイジとアントン・イェルチン、プロデューサーのニコラス・ウィンディング・レフン、そして監督のポール・シュレイダーが今年の12月5日に公開予定の”Dying of the light”をボイコットするよう人々に呼びかけている。
 皮肉なことに、シュレイダーが制作から外されたのは今回が初めてではないようだ。『エクソシスト・ビギニング』(2004)でも、当初は監督を務めていたものの、シュレイダーがアクションやバイオレンスシーンを作品に盛り込んでいなかった為、プロダクション側は彼を制作から外し、代わりにレニー・ハーリンを監督に据えて、作品は全面的に作り直された。しかし、シュレイダーはブリュッセル国際ファンタスティック映画祭で自分が制作したバージョンを上映し、原作者のウィリアム・ピーター・ブラッティから賛辞を得ている。(2)
 今回、シュレイダーたちが起こしたボイコット運動の背景には、こうしたハリウッド映画におけるプロダクション側と映画監督との複雑な関係を浮かび上がらせるが、数年前ならば、こうした事態を収めるのに最も適した人物が居た。その人物は様々な映画、テレビドラマ、プロモーション・ビデオ、ドキュメンタリーやそしてテレビゲームに至るまで、数多くの作品を手掛けているとされる、かの有名なアラン・スミシーだ。
 アラン・スミシー(Alan Smithee)はアメリカのアーティストたちが己の仕事に対して不満があり、作品を認めたくないときに使用される架空の人物名である。(「偽名の男」The Alias Menのアナグラム)映画では『ガンファイターの最後』(1969)をきっかけに使われはじめるようになったと言われている。しかし、誰でも名乗れるというわけではなく、その偽名の使用に際しては全米監督協会にしかるべき書類を提出し、審査を通らなければならない。
 こうしたアラン・スミシーの名義がよく使われるケースはテレビにおいてよく見られるようだ。例えばデヴィッド・リンチの『デューン/砂の惑星』(1984)のテレビ放送バージョンではクレジットがアラン・スミシーとなっており、マイケル・マンの『ヒート』(1995)と『インサイダー』(1999)も同様にテレビ放送用に再編集されたバージョンではアラン・スミシー名義となっている。*(3)
 映画において「アラン・スミシー」という名義はいわば映画監督の抗議の姿勢を表すものであると同時に、たとえ映画が上手くいかず、失敗しても、隠れ蓑として名乗ることができる一種の打開策でもあった。しかし、『アラン・スミシー・フィルム』(1999)で起きた問題をきっかけに、全米監督協会の意向によって、2000年頃から全く使われなくなる。最後に使用されたのはキーファー・サザーランドが監督したとされる”Woman Wanted”(2000)のようだ。*(3)
 そしてアラン・スミシーが使用されなくなったことで、助け舟を絶たれた映画監督たちはプロダクション側に妥協するか、シュレイダーたちのようにボイコット運動をするほか無くなってしまった。逆に言えばアラン・スミシーの消滅によって、ハリウッド映画において映画監督に対してプロダクション側が持つ権限の強さが浮かび上がってくる。
 シュレイダーの他にも、フランスの映画監督、ベルトラン・タヴェルニエがトミー・リー・ジョーンズを主演に迎えた『エレクトリック・ミスト 霧の捜査線』(2009)をアメリカで制作した際に、アメリカのプロダクション側ともめてしまい、結局のところ、アメリカではプロダクション側が編集したバージョンが上映され、フランスでは監督自らが編集を行ったバージョンが上映されるという事態が引き起こっている。
 ハリウッドにおいて、プロダクション側と映画監督との争いは今に始まったことではないが、今回の”Dying of the light”が一体、どのような結末を向かえるのか見ものである。
楠 大史
http://www.allocine.fr/…/fichearticle_gen_carticle=18637470… *(1)
http://www.lesinrocks.com/…/nicolas-cage-appelle-au-boycot…/ *(2)
http://www.allocine.fr/…/fichearticle_gen_carticle=18634417… *(3)
参考資料
http://www.firstshowing.net/…/paul-schrader-nicolas-cage-q…/


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