[344]リドリー・スコット監督の新作『オデッセイ』におけるハリー・グレッグソン=ウィリアムズ作曲の音楽について


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リドリー・スコット監督の新作『オデッセイ』の音楽を担当したのは、ハリー・グレッグソン=ウィリアムズである。まずは、彼の経歴における少しばかりの説明から始めていきたい。
ハリー・グレッグソン=ウィリアムズは、ハンス・ジマーのアシスタントとして映画音楽に関わり始めた。ハンス・ジマーは、『レインマン』の音楽を担当したことで注目を集め、現在でも大作映画の音楽を数多く手掛けている。『インターステラー』の音楽は記憶に新しい。
例えば、ハリー・グレッグソン=ウィリアムズは、映画音楽の作曲方法において、ハンス・ジマーの影響を受けている。当初、彼はペンと紙を用いて音楽を書いていた。しかし、ハンス・ジマーは彼に、映画音楽の作曲家は自分の音楽の考えを表現するために、スケッチを作曲するコンピュータのような現代の道具を使う必要があるとアドバイスをしたのである。ハンス・ジマーは、彼に以下のように話した。

MV5BMzc2MjMzMjY4MV5BMl5BanBnXkFtZTcwODAzODU2Mw@@._V1_UY317_CR4,0,214,317_AL_「僕たちは、監督を自分たちの世界の中に誘い込まなければならない。オーケストラセッションが行われる前に、監督に音楽を想像させるすべての機会を提供しなければならない。」

ハリー・グレッグソン=ウィリアムズは、ハンス・ジマーの助手として、『クリムゾン・タイド』の音楽制作の際に、アビー・ロードで仕事をした。彼は、自身の音楽にハンス・ジマーの影響を受けながらも、彼の影から抜け出すことで、自分の音楽を作曲するようになっていくのである。

「ハンス・ジマーのアシスタントで得た基礎は、本当に重要でした。私は、しばしばどのように映画音楽の作曲家を始めたのかを尋ねられます。私の答えは、いつも同じです。なぜなら、自分の経験に基づいているからです。私はハンス・ジマーに出会えて幸運でした。彼は、見習いにとって必要なものを兼ね備えていました。彼は、クラシック音楽の経歴を持ち、優れた音楽の教育を受けていました。彼はバンドの出身だったのです。バグルズだったと思います。一方で、私はケンブリッジの聖歌隊員でしたので、まったく異なる方面から映画音楽へ来ました。そのことは、実際に功を奏しました。なぜなら、彼から学べることが多くあったからです。それは、私のそれまでの経験したことのないことでした。私は、彼を観察して学び、作曲にも携わるようになりました。たぶん、2つの楽曲か何かを書きました。
最終的に、私はハンス・ジマーの影から這い出ました。それは決して小さなものではありませんでした。さらに先に、ハンス・ジマーは大きな影を投げかけています。しかし、振り返ると、そのことによって、私は挑戦するための自信を積み重ねていきました。それが、誰もが始めることができる最善の方法です。格好良く、とても寛大で、忙しくて優れた作曲家を見つけ、その人のアシスタントになるように努めるのです。私は、答えを見つけようとは試みませんでした。しかし、私は成し遂げたのです。共通の友人が私たちを紹介しました。なぜなら、ハンス・ジマーは、『クリムゾン・タイド』において、いくつかの合唱を自身のスコアに入れ込む必要があったからです。彼はそれほど自信がありませんでした。ハンスは、ものごとを試みるのに恐れることはありませんが、彼はバンドの出身であり、それほど合唱の知識がなかったのです。これが、私の友人が彼と会わせた理由なのです。私の友人は、「友人は、合唱についてはすべてを知っています。彼は作曲家の駆け出しですが、たぶん、助けてくれます。」と言ったのです。その合唱は、映画に完璧に合っていました。私は、数作品でハンスと仕事に取り組み、それから、自分自身の方法を構築するために、小さな自分のプロジェクトを始めました。」

martian-1そして、今回の音楽において、ハンス・ジマーとは異なった楽器編成のアプローチをしていると説明している。

「ジマーのような楽器の使い方ではありません。いくつかの観点では、とても勇壮です。壮大で火星から地球へ再び帰還する物語です。しかし、それはとても個人的で、1人の男が生き残ろうとするのです。彼はどのように自分の本能、科学知識、ユーモアを使うのかについての物語なのです。楽器は、いくつかのシーンで大規模なオーケストラと合唱団を使っています。他のシーンでは、とても小編成でいくつかの電子楽器を使っています。電子楽器だからといって、激しいギターやダンスクラブでの軽い音ではありません。その種の電子音楽ではないのです。しかし、その音楽の中には多くのサウンドデザインが存在するのです。
それは、とても小さく、小編成であり、他のシーンの撮影は壮大ですさまじいです。そこには、大規模な合唱団、いくつかの面白い打楽器を使いました。オープニングには、火星の端から太陽が出て来るいくつかの驚くべきショットがあります。この輝きの中で、この惑星を観るのです。大きな鐘の音がとてもとても静かに鳴ります。それは、その光の反射や脅威を表現しています。その音は、観ているシーンにおいて威厳を感じさせます。それを聴けば、そこで大きなオーケストラに囲まれているのと同様の音楽の効果を感じるのです。」

ハリー・グレッグソン=ウィリアムズが、リドリー・スコット監督と仕事をしたのは今回が初めてではない。彼はこれまで、『キングダム・オブ・ヘブン』の音楽を単独で担当し、マルク・ストライテンフェルトによる『プロメテウス』、アルベルト・イグレシアスによる『エクソダス:神と王』の音楽に追加音楽を作曲している。そして、『エクソダス:神と王』で共に仕事をしていた際、リドリー・スコット監督が、彼に『オデッセイ』の脚本を送ったのである。そこのメモには、「読んでみてくれ。気に入ったら作曲をしてくれ。」と記されていた。彼は返答として、「再度のお誘いはいりません。本当に素晴らしい脚本です。」と書き綴った。
6週間から7週間にわたって続けられるポストプロダクションの中で、リドリー・スコット監督は、ハリー・グレッグソン=ウィリアムズを編集作業が行われているフランス南部に招き入れた。そこで映画の最初のカットを観る中で、映画のどの場面に音楽を付けるのかを話し合った。当時のことをハリー・グレッグソン=ウィリアムズは次のように語った。

「とても多くのスコアが必要なことは明らかでした。そのスコアは、アクションにおいて、2つまたは3つの異なる角度から作曲すべきだと思いました。マット・デイモンが演じる主人公のワトニーは、科学に精通し、その仕事をこなします。音楽はそのことを反映するべきだと思いました。」

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今作において映像に伴う音楽について決定する際には、ハリー・グレッグソン=ウィリアムズはリドリー・スコット監督だけではなく、編集を担当したピエトロ・スカリアとも仕事を行った。彼はその2人との共同作業について詳しく語っている。

「…ピエトロは、本当に経験豊かな編集技師です。以前からリドリーは、共に仕事をしてきました。彼はテンプトラックを再生します。私がスコアを書く前に、映像に音楽を入れてみるのです。観客へ向けたものではありませんので、ベートーベン、ピンク・フロイドなど何でも試してみます。同時に、作曲家は主題を見据えながらが楽曲を探求していきます。それは、大掛かりな共同制作の過程であり、あまりにも多くの視点が入るので、まったく間違った方向に行くこともあります。リドリーと仕事をする際には、彼は先を見越しており、彼が最終的に求めるものは明らかです。彼は、音楽について具体的に述べることはありませんが、特定のシーンにおいて求めるものについては具体的に述べます。「もう少し高揚感が必要なんだ。俳優はこれを行わなかった、またはこれを行ったので、それとは反対のことを演じて欲しい。」彼は自分が撮ったショットについて考え続けるのです。彼は経験豊かであり、脚本に沿って撮影を行い、さらにそのうえで自分が撮りたいものを撮るのです。私は、多くの映画に取り組んできました。そこでは、「なぜここでその音楽を使うのか、なぜ高揚感を表さなければならないのか、なぜ高揚感を表さないのか。」といったことがありました。その場で音楽は誤った使われ方をしてしまいます。しかし、それはまったく必要のないことなのです。」

THE MARTIANハリー・グレッグソン=ウィリアムズは、シンセサイザーの音を使い、主人公のキャラクターに合わせた音で映画は始まる。今回は火星というよりはむしろ、主人公に焦点を当てた音楽となっている。

「…リドリーとの最初の話し合いで、彼は『オデッセイ』を本当に個人的でとても小さな物語とすることを望みました。1人の人間が生きることを探求するのです。そして、映画は勇壮に加速していくにつれて、大きなオーケストラと大きな合唱団を使います。しかし、始まりにおいて、音楽はマークに沿っています。そのスコアは、“陽気”なのです。それは、“科学的”な音楽ではなく、形式は広く壮大でもありません。マークの性格を反映したすごく前向きな音楽です。マークは経験することすべてにおいて、とても楽天的な男ですので、彼のテーマ曲はとても前向きである必要がありました。とても小さな規模の音楽で始まる必要がありました。彼の動作に沿ってシンセサイザーの音で始まるのです。マークが能力と勇敢さを兼ね備えていき、映画の終盤で、そのスコアは徐々に大きくなっていくべきなのです。」

ハリー・グレッグソン=ウィリアムズは、始まりの音楽は派手である必要がなかったとしている。それは、音楽が1人の主人公マーク・ワトニーを反映したものであり、彼は問題を解決することが大好きな科学者だからである。彼のテーマは、旋律がはっきりとしており、観客に前向きな性格を感じさせる。耳に残り、勇敢で意気揚々としたテーマ曲である。ハリー・グレッグソン=ウィリアムズは、彼が落ち込んでいるときであっても音楽が感傷的にならないように心掛けた。時折、ピアノとシンセサイザーだけといったシンプルな楽器編成の音楽が流れる。また、ハリー・グレッグソン=ウィリアムズは、最初に弦楽器と木管楽器によるオスティナートを考えたが、ジェリー・ゴールドスミスの『エイリアン』におけるアプローチに近過ぎると判断し、結果的にマークのキャラクターには合わなかったことを明かしている。
物語が進むにつれ、テーマ曲は壮大で力強くなっていく。マーク・ワトニーが火星を横断するときに流れる音楽には、その特徴が最も現れる。そこでは大規模なオーケストラの演奏による音楽が流れるのである。レコーディングは、アビー・ロード・スタジオで70人編成のオーケストラによって行われた。この火星の横断のシーンにおいて、ハリー・グレッグソン=ウィリアムズは、リドリー・スコット監督からアドバイスをしてもらったことについて話している。

harry-gregson-main「彼はレコーディングセッションを私に任せてくれます。彼は音楽についてコメントをすることはありませんが、デモ音源ですでに音楽を知っています。彼は音楽を聴きながら(スタジオの)出入りを繰り返します。彼がコメントをしたことは何度もありますので、それは驚くべきことではありません。
かつては、ペンと紙で音楽を作曲していましたので、もし、監督が音楽を読まなければ、レコーディングセッションで初めて聴くこととなります。その過程は、まったく異なっていたに違いありません。今は小さなスタジオを持つことが必要とされます。リドリーは、マット・デイモンが火星を横断するシーンにおいて、大きな方法の変更を要求しました。私はそこでテーマ曲を演奏してもらいました。その音楽は機能していましたが、それぞれ単独の楽器を編成したものでとても薄い音でした。しかし、リドリーは、多くのフレンチホルンとバイオリンでその音楽を演奏するように提案してきたのです。それを試し、私とリドリーは共にとても気に入りました。それはスコアの最大の盛り上がりとなったのです。
今、私がレコーディングを行うとき、彼は一切の変更を求めません。彼は自分が求めるものを分かっています。監督から本当に要求されたものはこの1つだけでした。」

Matt Damon portrays an astronaut who draws upon his ingenuity to subsist on a hostile planet.この映画で誤った行動をすれば、火星はマーク・ワトニーを数秒で死に至らしめるが、映画製作者たちは、その惑星の恐怖に焦点を当てるのではなく、この新世界の畏敬、壮大さ、壮麗さ、眺望を表現している。鍵となる楽器は、静かなエレクトリックギター、ピアノ、チェレスタ、鉄琴の音に似せたキーボードの音である。これらの楽器は、映画前半のテーマで用いられ、音に神秘さをもたらしている。何であるのかが不確かであることを表現しているのである。
ハリー・グレッグソン=ウィリアムズは、後半の音楽の色調において、ロンドンのバッハ合唱団による合唱を織り交ぜている。これは、先に挙げた聖歌隊員としての彼の経歴が活かされたものであるといえるだろう。その合唱は、壮大さ、驚き、美しさを表現する。作物が事故で破壊された後、マーク・ワトニーの心の内が描かれている。彼は、その最も沈んだ瞬間に合唱を用いている。

「私は、1人の少年の単独の声で始めました。ギリシャの合唱の手法において聖歌隊を用いました。地球にいる私たちのほとんどが、彼に感情移入します。それが、私がこの映画を愛する理由です。この一緒に何かをし、この男を取り戻そうとする感情がとても好きなのです。
この映画からは善意を得ることができます。そのスコアの合唱の背後の考えには、生きて帰ってきてくれという私たちが述べていることを表すべきであるということがあったのです。」

このラテン語で歌われている歌には、キリスト教といった宗教の意味合いは含まれてはいない。作曲者自身がそれを避けたのである。彼は、紀元前に生きたローマ人の哲学者ルクレティウスによって書かれた『事物の本性について』という長い詩を合唱に用いている。その詩は、人間が宇宙と時間の中に存在しているということについて書かれており、映画の物語と主題に合致していたのである。また、その合唱は、鎮魂歌の意図もある。映画の後半だけでなく、冒頭のシーンで宇宙船の乗組員たちがマーク・ワトニーが死んだと思い込み、火星を去るシーンでもその合唱が流れるのである。

martian-tifrss0003frnleft-1001rrgb_0また、映画の中では、ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ作曲による音楽の他に、70年代に活躍した歌手の歌曲がいくつも登場する。そのディスコ音楽についても、彼は語ってくれている。

「ディスコ音楽は、脚本の中に常に書き込まれていました。その脚本に「ここでABBAの歌をかける」とか「ここでドナ・サマーの歌をかける」と書かれていたかどうかを思い出せませんが、70年代のディスコ音楽と書かれていました。映画に取り組み始めた瞬間からその制作の中で4週間から5週間にわたり作業をしましたが、映画の中にはすでに歌曲が使われていました。リドリーが最終的にスコアの代わりに歌曲を使うべきだと決定したシーンもありました。しかし、歌曲であろうとスコアであろうと、リドリーは音楽に対して特別で繊細な感受性を持っていると思います。」

ハリー・グレッグソン=ウィリアムズは、『エイリアン』の前日譚を描いた『プロメテウス』の続編『エイリアン:コヴナント(原題)』の音楽を担当することが決まっている。リドリー・スコット監督にとって、今や彼は欠かせない存在となっている。
そして、ハンス・ジマーのアシスタント出身の彼が、今後どのような音楽を作曲していくのかについても注目である。彼は大好きな作曲家としてトーマス・ニューマンを挙げている。最新の007シリーズや『ブリッジ・オブ・スパイ』の音楽を手掛けている作曲家である。トーマス・ニューマンは、彼とはアプローチの異なる作曲家ではあるが、今後の彼の活躍を知るうえでの手掛かりとなるかもしれない。

参考URL:

http://www.heyuguys.com/harry-gregson-williams-interview-the-martian/

http://www.filmmusicmag.com/?p=15218

http://www.denofgeek.com/movies/the-martian/37128/harry-gregson-williams-interview-the-martian-ridley-scott-hans-zimmer

http://www.flickeringmyth.com/2015/09/interview-harry-gregson-williams-talks-his-score-for-the-martian.html

http://www.denofgeek.us/movies/the-martian/249468/harry-gregson-williams-interview-the-martian-ridley-scott-hans-zimmer

http://www.npr.org/2015/10/30/453153097/the-music-of-the-martian-deconstructed

http://blogs.indiewire.com/thompsononhollywood/how-they-crafted-ridley-scotts-the-martian-into-an-epic-and-intimate-journey-20151230

http://www.btlnews.com/awards/contender-harry-gregson-williams-the-martian/

http://www.assignmentx.com/2015/the-martian-harry-gregson-williams-sciences-the-score-out-of-new-ridley-scott-film-interview/

http://www.goldderby.com/news/11292/the-martian-ridley-scott-matt-damon-harry-gregson-williams-composer-oscar-13579086.html

http://www.imdb.com/name/nm0004581/

http://www.imdb.com/name/nm0001877/

宍戸明彦
World News部門担当。IndieKyoto暫定支部長。
同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士課程(前期課程)。現在、京都から映画を広げるべく、IndieKyoto暫定支部長として活動中。日々、映画音楽を聴きつつ、作品へ思いを寄せる。


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