インターネットに代表される現在の情報社会は、宣伝や戦略や偽造や悪意に溢れ、何が真実で何が正義であるか判断するのが極めて困難です。どんなに豊かな個人的経験に裏打ちされた心からの叫びであったにせよ、それがネットに情報として掲載された瞬間、全く逆の立場から反論されたり、揚げ足を取られたり、あるいはその「真実の言葉」がいかに虚偽のものであるか激しく糾弾されたりと、こうした終わりのないオセロゲームに巻き込まれてしまうのを避けることができません。
先日から話題となっていたエマ・ワトソンの国連演説に関連した話題もまた、残念ながら一部でこうした問題を典型的に示すものとなりました。
ワトソンは、国連の女性機関UN Women親善大使として、9月21日、男女平等と性差別の撤廃をアピールする演説をニューヨークの国連本部で行いました。これは、女性が女性のために闘うことを訴えるものではなく、男性もまた性差別に基づく固定観念に縛られており、男女ともに手を携えて人間性の解放を実現していかなくてはならないと主張するものであり、「VanityFair」誌で「ゲーム・チェンジャー」とも称されたように多くの賞賛を集めるものとなりました(#1)。
さらにワトソンは同機関と手を組み、「He for She」と名付けられた活動も立ち上げています(#2)。FacebookやTwitterなどを通じた連帯と共闘の署名運動(ハッシュタグは#HeForShe)も行われており、それによると、「ジェンダーの平等は女性だけの問題ではない。それは人権問題であり、私自身のコミットメントが必要となるものだ。私は、女性や少女に対して行われるあらゆる暴力と差別に反対して立ち上がる」という宣言への同意が男女に対して等しく求められています。これに対し、マット・デイモンやキーファー・サザーランド、ジョゼフ・ゴードン=レヴィット、アントニオ・バンデラス、サイモン・ペッグら数多くの著名人が賛同を示したことも話題となりました(#3)。
しかし、一方でワトソンに対する反感や憎悪の言葉もまたインターネットを中心に氾濫する事態となっています。とりわけ、「若い白人男性」がユーザー中心層と言われ、日常的に「ポルノとレイシズム、セクシズムに満ちあふれている」(#4)といわれるアメリカの「4chan」(さらにその中の「/b/」と呼ばれるランダム掲示板)がこうした騒動の発火点ともなっているのです。英米圏では珍しい匿名掲示板である「4chan」は、その名前から連想されるように、日本の匿名掲示板「2ちゃんねる」(より厳密には「ふたば☆ちゃんねる」)から影響を受けて2003年に創設されたものであり、ネットに於ける言論の自由の功罪両面を典型的に示した場所として有名になりました。
「4chan」から立ち上がった匿名集団「アノニマス」の「ハックティビズム」運動は、WikiLeaksやアラブの春とも連携し、巨大な権力に個人が抵抗する一つの可能性を示したと言えるでしょう。しかし一方で、「若い白人男性」というマジョリティに属する人々のあられもない本音や差別意識、人種偏見が日常的に噴出する場所としても知られ、国家や企業による中央集権的権力の抑圧とは異なる、新たな時代の新たなファシズムの温床であるという指摘も数多く為されています。
さらに、今回のワトソン演説に関連した騒動では、演説への報復として彼女のヌード写真を流出させるというサイトが立ち上げられ、大きな騒動となりました。しかし、これは後にジェニファー・ローレンスらセレブたちのヌード写真流出騒動(#5)を引き起こした「4chan」閉鎖を求める企業(政府や映画会社からの委託を受けたと称している)による巧妙なPR活動であったことが明らかとなっています(#6)。
匿名掲示板を中心とした差別と偏見に基づく暴力に抗議しようと拳を振りかざしたジャーナリストたちは、思わぬ形でばつの悪い思いをさせられたと言えるでしょう。このPR会社の本来の意図がいかなるものであったとは言え、それはむしろ逆効果にしかならなかった。つまり、高度に情報化が進み、あらゆる発言や議論がもはやネタとしてしか受け止めることが難しい社会の中で、「正義の側について悪と闘うこと」がいかに困難であるか、この一連の騒動は図らずも明らかにしてしまったと言えるのです。
「正義」を意気阻喪させるこうした混沌と曖昧さに基づくシニシズムは、しかし、マジョリティによる「本音主義」や「反知性主義」への開き直りを肯定することにしかつながりません。男女の格差が依然として大きい社会の中で、セクシャル・マイノリティへの差別や人種偏見が相変わらず横行する現状を批判するのは、そんなに難しいことであってはいけない筈なのです。間違っていることに対しては、間違っていると主張されるべきであり、気軽に行動へと結びつけられるべきだと思います。エマ・ワトソンの演説からはじまり、多くの映画俳優や著名人へと拡がって行った#HeForShe運動が、そうしたきっかけの一つとなることを願います。
一方、現在ネットでは、エマ・ワトソンの国連演説に感動して書かれたという15歳の少年の手紙もまた話題となっています。その中で、彼は次のように書いています。
「ジェンダーの平等やフェミニズムとは、男性への憎悪や女性の優越を示すものではありません。それは、その定義からして全く正反対のものなのです。フェミニズムとは、性別に関わらず人間の社会的、政治的、経済的な平等を信じることであり、それは本当にとてもシンプルな話なのです。もしあなたがこれを信じるのであれば、あなたは既にフェミニストなのです。」(#7)
大寺眞輔(映画批評家、早稲田大学講師、その他)
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#1
http://www.vanityfair.com/…/…/emma-watson-un-speech-feminism
#2
http://www.heforshe.org/
#3
http://www.telegraph.co.uk/…/Emma-Watsons-HeForShe-UN-campa…
#4
http://www.independent.co.uk/…/what-is-4chan-and-why-does-i…
#5
http://www.theguardian.com/…/fbi-investigating-hack-nude-ce…
#6
http://www.independent.co.uk/…/the-emma-watson-hoax-is-a-re…
#7
http://www.telegraph.co.uk/…/15-year-old-boys-magnificent-l…


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