先日行なわれたゴールデン・グローブ賞授賞式ではケイト・ウィンスレットが助演女優賞を、またアカデミー主演男優賞にはマイケル・ファスベンダーがノミネートされたことも記憶に新しいダニー・ボイル監督最新作『スティーブ・ジョブズ』。

 『グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札』、『レイ』、『博士と彼女のセオリー』、『グローリー/明日への行進』『ビッグ・アイズ』、直近ではジェニファー・ローレンスが実在の実業家を演じた『Joy(原題)』。近年のよくある“ハリウッド式伝記映画”とは一線を画す本作。アップル絶頂期に突然姿を消したCEOの知られざるあまりに人間的な姿は、反伝記的とも言えるだろう。ダニー・ボイルの言葉と共に紹介しよう。 

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 ニューバランスのシューズが特徴的なIT業界の風雲児、スティーブ・ジョブズ。先に公開されたアシュトン・カッチャー主演のいわゆる”ハリウッド的伝記映画“『スティーブ・ジョブズ』や、ドキュメンタリー『Steve Jobs: The Man in the Machine (2015)』、本作の原作にもなったウォルター・アイザックソンによる伝記本など、多くの人々の心を掴んだ彼を描く作品は多く存在する。

 

「普通の伝記映画を撮ることもできた。でも彼がそれを望まないだろう。私もそうだ。だから、こうなった。」

 

 “こうなった”とはどうなったのか。彼は脚本を、莫大な台詞量で知られる『ソーシャル・ネットワーク』やドラマ『ニュースルーム』のアーロン・ソーキンの手にゆだねた。そして、本作が異色作と謳われる所以となる特徴的なある映画構成が生まれたのだ。それは、“この映画がたった3つのシークエンスで成り立っている”ということだ。その3つのシークエンスとは、ジョブズのキャリアで最も重要とされる三大発表会“前”のそれぞれの40分間だ。1984年のマッキントッシュ発表会、1988年のNeXT Cube発表会、そして誰もがテレビで一度は目にしたことがあるであろう1998年iMac発表のプレゼンテーション。緊迫している舞台裏の40分はリアルタイムで進行する。

 

「180ページの膨大なシナリオを、私はすぐに気に入ったよ。そこには何も指示もない。ただ、“40分間スティーブが登場”としか書かれていないんだから。」

 

 本番へ向け忙しなく動き回るジョブズと、“職場妻”とも言える右腕ケイト演じるジョアンナを追うカメラワーク。楽屋からエレベーター、舞台袖。この長回し的手法はイニャリトゥの『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』を髣髴とさせる。スクリプトに台詞しか書かれていない40分間の会話劇。役者たちにはとっては決して容易ではない。ケイト・ウィンスレットも受賞スピーチで「アーロン、あなたはクレイジーよ。よくもあんな脚本を書けたわね」と賛辞を述べている。

 

「この映画はシェイクスピア劇のようなもんだ。おそらく翻案などせずとも舞台化できるだろう。しかし、これだけは言いたい。シナリオに、またはシーンに、息つく暇もなく集中し、入り込み、どっぷり浸かり、その一部となる。そこに何かが生まれる。これは映画だからこそ出来ること。舞台向きとは思わないな。」

 

 これまであまり語られてこなかった長年認知しなかった長女リサへの不器用な愛情やジョアンナとの微妙な距離、アップル共同経営者であったスティーブ・ウォズニアックや、ジョブズをCEOから追い払った張本人とも言われるジョン・スカリーとの確執。ジョブズと深く関わってきた人々との止むことのない会話が続く。(会話といってもそのほとんどが“衝突”だ。)その会話から分かってくる周囲との関係性を掘り下げることによって、人物の説明は一切ないにも関わらず、ジョブズ自身の人間性が浮かび上がってくる。これも秀逸な脚本が成せる技。アーロン・ソーキン、見事である。こちらも本作でゴールデン・グローブ脚本賞を受賞している。最後に、マイケル・ファスベンダーのキャスティングについて以下のように述べている。

 

「実は、レオナルド・ディカプリオが主演候補として挙がっていたんだ。『ザ・ビーチ』以来16年ぶりだ。でも彼は『レヴェナント: 蘇えりし者』の撮影中だったんで実現には至らなかったんだ。その後マイケルに決まり、彼は文句なしに素晴らしかった。その2人がまさかオスカーで争うとはね…」

 

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『スティーブ・ジョブズ』は本日2月12日(金)日本公開を迎える。

 

http://www.telerama.fr/cinema/danny-boyle-steve-jobs-aurait-aime-qu-on-sorte-des-sentiers-battus,137699.php

http://www.imdb.com/title/tt2080374/?ref_=ttmd_md_nm

http://oscar.go.com/

 

田中めぐみ
World News担当。在学中は演劇に没頭、その後フランスへ。TOHOシネマズで働くも、客室乗務員に転身。雲の上でも接客中も、頭の中は映画のこと。現在は字幕翻訳家を目指し勉強中。永遠のミューズはイザベル・アジャー二。


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