去る1月30日、米ロサンゼルスで第22回全米映画俳優組合賞(Screen Actor Guild Awards、以下SAG賞)[*1]の授賞式が行われました。同賞はその名の通り、アメリカの映画俳優組合(2012年からは米国テレビ・ラジオ芸能人組合と合併しSAG-AFTRA)が1年間に公開および放送された映画とプライムタイムのテレビ番組に出演した俳優を対象に授与する賞で、いわば俳優による俳優の賞だと言えるでしょう(通常の映画賞における「作品賞」は「キャスト賞」と呼ばれ、作品に対してではなく、その作品に出演した主要キャストを対象に贈られます)。そしてこの賞が持つもうひとつの大きな特徴は、投票権を持つ組合員がアカデミー賞の会員と重複する割合が高い点で、そのため約1ヶ月後に控えるアカデミー賞の前哨戦としても重要視されています。
さて、今年のSAG賞もまたアカデミー賞の行方を占う賞として注目されていたわけですが、その受賞結果が明らかにしたのはアカデミー賞に対する批判の声であり、SAG賞がアカデミー賞に影響を与えるのではなく逆にアカデミー賞がSAG賞に影響を与えるという逆転現象が起こっているということでした。

今年のSAG賞の受賞結果を報じるWEBニュースの記事の見出しには以下の3つのワードが数多く見られます。ひとつは「アカデミー賞(Oscar)」、そして「多様性(diversity)」と「ネットフリックス(Netflix)」です。
すでに多くの方がご存知のように今年のアカデミー賞のノミネートが発表された1月14日以降、昨年に続き俳優部門の4賞に黒人俳優がノミネートされていない点、また作品賞ノミネートが有力視されていた『ストレイト・アウタ・コンプトン』(F・ゲイリー・グレイ監督)や『キャロル』(トッド・ヘインズ監督)が落選した点から、アカデミー賞の人種および性別の多様性の欠如を批判する論争が起こっています(それを受け、18日には主催の映画芸術科学アカデミーが選考メンバーの見直しを発表しました)。そして、今回のSAG賞の投票にはその論争が大きく影響したと見られています。なぜなら、同賞の投票期間は12月16日から授賞式の前日1月29日までだったため、アカデミー賞に対する批判の声が直接的に票を動かす要因となり得たからです。
実際、映画部門においてSAG賞を受賞したのは助演男優賞のイドリス・エブラ(『ビースト・オブ・ノー・ネーション』)だけでしたが(「キャスト賞」にノミネートされていた『ストレイト・アウタ・コンプトン』は落選、『スポットライト』が受賞)、テレビ部門で6つの個人賞のうち4賞が、イドリス・エブラ(『刑事ジョン・ルーサー』)、クイーン・ラティファ(『Bessie』)、ヴィオラ・デイヴィス(『How to Get Away with Murder』)、ウーゾ・アデューバ(『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』)ら黒人俳優の手に渡り、映画・テレビ両部門の個人賞にノミネートされていた黒人俳優が全員受賞を果たすという結果になったのです。
イドリス・エブラは授賞式で『ビースト・オブ・ノー・ネーション』のクリップを紹介した後でこのような一言を発したといいます。「多様なテレビ(diverse TV)へようこそ」。WEBサイト「Deadline」のコラムニスト、ピート・ハモンド氏はこのエブラの発言について「『ビースト・オブ・ノー・ネーション』が不当にもアカデミー賞の選考から外されたことに対する言及だ。彼はSAG賞の映画部門においてこの賞を勝ち取ったことで痛快な復讐を果たしたのだ」[*2]と表現しています。ここで登場するのが3つ目のワード「ネットフリックス」です。
『ビースト・オブ・ノー・ネーション』(キャリー・ジョージ・フクナガ監督)はネットフリックスが共同製作と配給を手掛けた作品で、2015年10月にオンラインストリーミングと映画館で同時公開されました(日本版のネットフリックでも視聴することができます)。ネットフリックスは近年映画作品の製作に力を入れていますが、オンラインと同時に劇場公開をしたのは『ビースト・オブ・ノー・ネーション』が初めてで、これはアカデミー賞を意識したものだと言われていました。というのもアカデミー賞は劇場で初公開された作品のみを選考対象としているからです。しかし、映画館配給後90日はオンラインリリースを行わないという慣行に反しているという理由からアメリカの大手映画チェーン4社が同作の上映を拒否、限られたミニシアターのみでの劇場公開となったことから、ノミネーションの発表前から同作が選出を危ぶむ声も上がっていました。結果として、『ビースト・オブ・ノー・ネーション』はアカデミー賞のどの部門にもノミネートされず、あるマーケティング会社が「今年のアカデミー賞に最も冷遇された作品」を聞いたアンケートでは1位に選ばれていました。[*3]つまり、今回のアカデミー賞のノミネート、そしてそれを受けたSAG賞においては人種の多様性のみならず、映画の視聴・公開形態の多様性が問われたのです。

しかし、そうした多様性が問われた結果、別の問題も浮き彫りになってしまったように思います。それはSAG賞というひとつの独立した映画賞の独自性が損なわれてしまったということ。もちろん投票権を持った会員/組合員が重複している以上、同賞がアカデミー賞の影響を受ける/アカデミー賞に影響を及ぼすことは避けられないでしょう。ですが、今回のようにある映画賞に対する批判によって別の映画賞の受賞結果が左右されてしまうことはどこか不健全で、また映画賞自体の多様性を揺るがすことになるのではないでしょうか。
イドリス・エブラは昨年12月にBBCの取材[*4] に対してこのように答えていました。
「映画の作り手は賞のために映画を作るべきではない。自分たちの思いを元に映画を作るべきだと思う。もしその結果として賞を受賞するのは素晴らしいことだが。観客は様々な方法で映画を受け入れつつあるのだから、映画賞の基準も改訂されていくべきだと思う。ネットフリックスは今新しいモデルとなっているが、将来はまた別のものが新しいモデルとして出てくるだろう。『ビースト・オブ・ノー・ネーション』は賞レースの基準に対する人々の見方を変えていく作品になると思う。それはすでに起こりつつあるんだ」
果たしてエブラは今回の受賞をどのように捉えているのでしょうか。

Beasts_of_No_Nation_70131
*1
http://www.sagawards.org/
*2
http://deadline.com/2016/01/sag-awards-analysis-a-big-night-for-netflix-diversity-repeat-winners-and-oscar-front-runners-hammond-1201693646/
*3
http://variety.com/2016/data/news/oscar-snubs-idris-elba-beasts-of-no-nation-data-1201680991/
*4
http://www.bbc.co.uk/newsbeat/article/34804739/idris-elba-says-netflix-films-like-beasts-of-no-nation-should-be-up-for-oscars

黒岩幹子
「boidマガジン」(http://boid-mag.publishers.fm/)や「東京中日スポーツ」モータースポーツ面の編集に携わりつつ、雑誌「nobody」「映画芸術」などに寄稿させてもらってます。


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