[327]ジャック・リヴェット亡き後も


追悼 ジャック・リヴェット

 

2016年1月29日(金)私はジャック・リヴェットについての卒業研究を提出し終わり、眠さのあまりウトウトしていたそのとき、ジャック・リヴェットの訃報を聞いた。自分の中で一仕事終えた、という安堵の中で聞かされた訃報は、「何も終わっていない」ということを私に突き付けるかのようだった。

 

彼は作家主義の発明者であるにもかかわらず、自身の作品では作家という概念の消滅こそを望んだ。たとえば、即興演技の比重をあげることによって、作家から役者のもとへと映画が移って行くように(『狂気の愛』や『アウト・ワン』)。脚本家パスカル・ボニゼールや女優ビュル・オジェに留まらず、彼は同じスタッフとの共同作業を愛していた。編集が終わったらもう作品を見ないらしい彼にとって、映画は公開されれば観客のものになるという。彼が考えていたのは、絶対的な作家を作り上げることでも何でもない。ただ、目の前にある素晴らしい映画を肯定することに尽きていた。そして、その身振りはいまや観客に投げられているのである。であるならば、リヴェット亡き後、私たちに突きつけられる問いは、残されたフィルムや彼の言葉を如何にして自分のものに出来るのか、ということではないのか。リヴェットを追悼するとは私たちがリヴェット亡き後も、映画について考え続けられるかという問いに思える。

 

ジャック・リヴェットについて考えることは、“映画”について考えることである。リヴェットほど映画に悩み、映画を楽しんだひとはいない。たとえば、カイエ・デュ・シネマの批評家時代に「卑劣さ」についてという評論で書かれたカポのトラヴェリングショットについて見るなら、彼はひとつのショットが現実を覆い隠すことに卑劣さを感じる。つまり、映画が何かを指し示し同時に何かを指し示さないことについて、それを映画の倫理として強く考える。あるいは自身が撮る映画では、女優たちがその都度垣間見せる演戯の瞬間を、リヴェットはフィルムに収めることで喜びを持って肯定していく。そこに理由は無い。彼にとって映画を見るとは、映画について語るとは「理由無き肯定の飽くなき身振り」に他ならない。「あるものはある」で締められる「ハワードホークスの天才」という批評は、そうした説明不可能な明白さをひたすら肯定する。彼にとって、映画を見ることと作ることは同じ思考の領野にある。こうした映画との関わり方が万人に受け入れられてきた訳ではない。故に、それはひとつの個人的な映画との関わり方に過ぎないかもしれない。しかし、この映画を見る態度、映画との関係についてリヴェットは一生を掛けていた。

 

感動的なことに、リヴェットの訃報を聞いた一部のシネフィルたちが、素晴らしいリヴェットの発言や業績をネット上で公開し、彼の死を追悼している。喜ばしいことに、英語を我慢して読めばアクセス出来る、彼のインタビューや批評が多く英訳されたサイトがある。http://www.dvdbeaver.com/rivette/ok/interviews.html 先日にはリヴェットの『OUT 1』を含むDVDボックスが英国で遂に発売された。リヴェットの映画について、まだまだ考えていきたい。その道は少しずつ開かれている。当たり前のことしか言えないが、彼の死をただの名ばかりの死にしないために、自分の思考へと繋げていくために、もう一度彼について考えてみたい。

 

彼の死を聞いてから、『彼女たちの舞台』のラスト・シーンが頭にずっと浮かんでいる。

 

ビュル・オジェ演じる演劇学校の教師(コンスタンス)が警察に連れて行かれる。

コンスタンス「数日間、留守にします。万が一…、万が一…、あなた達だけで平気ね。一人立ちしなきゃ。」

その後、生徒たちは自分たちだけで演劇を続ける。

 

私たちは、偉大なシネアスト亡き世界の後で、演戯を続けることになる。何も終わらない。大丈夫なのだろうか。誰が、映画について考え続けるのか。それは私たちである。如何に映像を自分のものにすることが出来るのか。そうした問いが、いま私たちの前に突きつけられているのだ。

三浦翔
アーティクル部門担当、横浜国立大学人間文化課程4年、映画雑誌NOBODY編集部員、舞踏公演『グランヴァカンス』大橋可也&ダンサーズ(2013)出演、映画やインスタレーションアートなど思考するための芸術としてジャンルを定めずに制作活動を行う。


コメントを残す