先日、クエンティン・タランティーノら映画監督がフィルム会社を救うというニュースが話題になった(*1)。とはいえ、近年DCP(デジタル・シネマ・パッケージの略)によるデジタル上映はもう随分と浸透しており、フィルムなんか時代遅れで、単なる映画狂の執着だという風潮も感じる。デジタル化って結局どうなんだ?その問題点を今一度考えてみたい。
 日本で11月に公開されることが決まったリチャード・リンクレイター監督最新作『6才のボクが、大人になるまで』(以下、原題で『Boyhood』と記す)を取り上げたい。この作品は、35ミリで撮られたあと、デジタルに変換されている。リチャード・リンクレイターは、初監督作はデジタルのHDカメラで撮影したが、近年は特にフィルムを好んで使って撮影している。『ビフォア・ミッドナイト』は、その色彩が評価されている。そしてそれは『Boyhood』も同様だ。オープニングで少年が寝転ぶ芝生の青さ、ラストのシーンのカーテンの赤さ。そのシャープで明るい光や色は、デジタルでは映せない。また、この作品の暗闇のシーンでは、映画において暗闇の中で詳細を捉えるのに、どれだけ光が必要かというのを我々に思い出させてくれる。
 では、なぜせっかくフィルムで撮った作品をデジタルデータに変換したのかというと、デジタルデータの形式でなければ上映される機会が減ってしまうからだ。
 フィリップ・ガレルの新作『ジェラシー』もフィルムで撮影されたが、少なくともアメリカでは、フィルムで上映されることはおそらくないだろうと言われている。フィルムとフィルムの映写機の生産が急激に減っているということは、皆さんもご存じだろう。ガレルが『ジェラシー』をヴェニスの映画祭に出品したところ、映画祭側から「フィルムの映写機が壊れており、修理するにももう部品の生産がない。DCPを送ってくれ。」という要請があったそうだ。
 もちろん、デジタル化が悪いと言いたいわけではない。誰でも映画を安価で手軽に撮れる。ビデオカメラだって、一眼レフカメラだって、iPhoneで撮ったって映画であることに変わりはない。フィルムはかさばるので撮るのも保管するのも重くて大変だ。
 それに『Boyhood』では、撮り終わって編集もほぼ終わった段階で、ナショナル・フットボール・リーグのポスターが映りこんでしまっていたことに気が付いた。このポスターは権利問題になるので、どうにか外さなければならない。そこで監督は、ロトスコープという、実写の画像を上からなぞって上書きする方法を取った。これはアニメによく用いられる手法である。昔で言えば『白雪姫』、最近でいえば『惡の華』だ。これをデジタルで用いたところ、違和感のないようにポスターを消すことができ、同作は無事に封切られた。デジタル技術がなければ、シーンを丸々カットしなければならず、台無しになっていたところだった。この点で、もちろん技術は賛美すべきである。
 フィルムはこのままデジタル化の波に追いやられるのだろうか。フィルムには鮮やかな色彩と映画マニアのノスタルジーだけなのだろうか。
注目したいのは、フィルムの保存の良さである。フィルムは、適正な温度と湿度の環境下であれば、一般的に、「数百年」安定的に保存できると言われている。(*3) 一方デジタルデータ自体は劣化しないと言われてはいるが、定かでない。それに、それを保存したり再生したりする機械の方は10年やそこらで間違いなくダメになってしまう。何かの拍子にデータが飛んでしまうことも大いに考えられる。その点で、物質として保管できるフィルムは強い。
 見たい映画がVHSでしか残っていなくて、歯がゆい思いをした人は少なくないだろう。VHSができて、DVDになって、ブルーレイに移行して、その間わずか50年弱だ。DVDもブルーレイも時代遅れ、なんて未来も、想像するに容易い。
家庭用のAV機器と同じことが映画館で起これば、過去数十年までの映画しか見られません、なんてことになる、かもしれない。かなり悲観的な予測だが、フィルムがなくなって、DCPからさらに形式が変われば、十分あり得ない話ではない。
だからフィルムで撮影した作品が、フィルムの状態で残っていて、フィルムの上映機が映画館にあるということは、財産である過去の映画を次の世代に見せる、という点で、大きな意味があるだろう。
 デジタル化は抑えられないが、映画を残していく術については真剣に考えていかなければならない。軽くて安くて便利なデジタル化の副作用をいかに抑えるかが、今後の課題である。
則定彩香
*1
内山ありさ「絶滅寸前なフィルム映画のため立ち上がる!タランティーノ、ノーラン、スコセッシら奮闘」
https://www.facebook.com/inside.indietokyo/photos/a.491153117680657.1073741828.483778145084821/548191158643519/?type=1&theater
*2
則定彩香「リチャード・リンクレイター『Boyhood』」
https://m.facebook.com/story.php…
*3
映画保存とフィルム・アーカイブ活動の現状に関するQ&A
http://www.momat.go.jp/FC/filmbunka/index.html


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