[316]現在に蘇る12時間40分の歴史的傑作


[316]現在に蘇る12時間40分の歴史的傑作

現在に蘇る12時間40分の歴史的傑作
ジャック・リヴェット『アウト・ワン』

large_d4_out_1_d-408_blu-ray_ ジャック・リヴェットの『アウト・ワン』は、映画ファンの間で伝説的な作品である。その理由は、1971年の製作から現在まで40年以上に渡って、その作品をオリジナルバージョンのフィルムで見た人間が殆ど存在しなかったからだ。リヴェットのように高名な映画作家の作品にも関わらず、この映画がこれほど上映機会に恵まれなかったのは、一つにはアイスキュロスの戯曲をリハーサルする2つの演劇集団によって即興的に編み上げられていく、バルザックとルイス・キャロルをベースにした難解でアヴァンギャルドな物語性、そしてもう一つ決定的なことには、そのあまりにも長大な上映時間にあるだろう。『アウト・ワン』は、オリジナルバージョンで12時間40分、後に劇場公開用として再編集された短縮版『アウト・ワン:スペクトル』でさえ4時間15分もあるのだ。

 だが、ジャン=ピエール・レオーやジュリエット・ベルト、ビュル・オジェ、ベルナデット・ラフォン、ミシェル・ロンズデール、ジャン=フランソワ・ステヴナンといったヌーヴェル・ヴァーグを代表する俳優たち、さらにはエリック・ロメール、バーベット・シュローダー、ジャック・ドニオル=ヴァルクローズら監督たちまで出演するこの作品は、ポスト68年のパリを支配する陰鬱な空気を濃厚に反映し、70年代を代表するエピックなマグナム・オプスとして、誰にも見られぬままその名前ばかりが高まっていった。『アウト・ワン』の正式なフランス語タイトルは「Out 1: Noli Me Tangere」、サブタイトルはラテン語で「我に触れるな」という意味である。まさに、この映画の神格化された孤絶ぶりをそのまま表現しているかのようではないだろうか。

large_d1_out_1_02_blu-ray_ ジャン=マリー・ストローブが絶賛し、エリック・ロメールが「現代映画の要石」とまで表現するこの作品を、ところが、ついに鑑賞する機会がやってきた。まず、撮影監督ピエール=ウィリアム・グレン監修のもと、新たに2K修復されたオリジナル版『アウト・ワン』をブルックリンのBAMシネマテークが2015年11月から半月に渡って封切り公開したのだ。さらには、修復を担当したCarlotta Filmsからは、Blu-rayとDVD両バージョンで収録されたセットが来年1月12日にリリースされる。オリジナル版だけではなく、『アウト・ワン:スペクトル』、さらには当時のキャストや関係者にインタビューすることで40年後の現在からこの作品をあらためて検証するドキュメンタリーも付属している。

 また、マンハッタンのリンカーン・センターでは、デヴィッド・リンチとのダブル特集として『狂気の愛』や『デュエル』を含む多数のリヴェット作品が特集上映され、さらにはArrow Filmsから発売されるリヴェットの限定版ボックスセットには、『アウト・ワン』+『スペクトル』+ドキュメンタリーに加えて、『デュエル』『ノロワ』『メリー・ゴー・ラウンド』といった現在見ることがきわめて困難な作品までBlu-ray収録されているのである。まさに、アメリカでは時ならぬリヴェット・ブームが起きていると言った趣ではないだろうか。

 現在の日本の映画状況の中、これらの作品が同様に劇場公開される見込みは薄いかも知れない。しかし、少なくともアメリカでリリースされるBlu-raを個人輸入するのは難しいことではない。40年ぶりに訪れたこの絶好の機会を前に、かつて『スペクトル』上映の前に行われたリヴェットのインタビューから幾つか重要な部分を以下に抜粋・紹介しておきたい。

jacques-rivette-『スペクトル』はフリッツ・ラングとジャン・ルノワールの対決であり、それはすなわち運命と自由の対決であると表現されています。

リヴェット:おそらくもっと多くの映画監督を上げることもできただろう。だが、『スペクトル』の物語原則は、ラングの初期作品に由来している。そして、俳優たちの精神はルノワールに由来するものだ。『セリーヌとジュリーは船でゆく』を撮ったとき、私たちはルノワールとヒッチコックについて何度も考えた。しかしそれは、作品に出発点を与えるためのものだったんだ。一方、『アウト・ワン』の即興的な性格から、私たちはこれ以外の監督を想起することが殆どなかった。

-しかし、『スペクトル』は『セリーヌとジュリー』よりも多くの意味でコントロールされた作品であるように見えます。

リヴェット:もちろんだ。というのは、この短縮版は『アウト・ワン』から注意深く選ばれた要素をモンタージュした作品であるからだ。『アウト・ワン』の撮影はとても冒険的だった。私たちは役者たちにそれぞれの場面の基本的事項のみを伝えるようにした。それ以外は、全て即興なんだ。『セリーヌとジュリー』には即興が殆どない。全ての場面は事前に注意深く構築されたものだったんだ。奇妙に曲がりくねったあの映画の佇まいは、完全に準備されたものだったんだよ。

-エリック・ロメールが演じる人物が口にする説、つまり、バルザックの陰謀セオリーはヒッチコックのマクガフィンみたいなものだという説にあなたは同意しますか?

リヴェット:おそらくね。でも、それに答えるのは難しいな。よく分からないよ。ともあれ、『アウト・ワン』の撮影に入る前、バルザックの『十三人組物語』は私にとっても俳優たちにとっても格好の出発点となった。しかし撮影が始まると共に、この物語はそれぞれの人物や彼らの関わり合いの中で現実のものとなったんだ。そこで、ルイス・キャロルの『スナーク狩り』が同様に重要なものとして認識されるようになった。最初は冗談のようなものだったんだが、やがて映画の即興的な側面において分析され、新たに組み込まれていくことになったんだ。

-ジャン=ピエール・レオーの演技は完全にブレヒト的なものでした。

リヴェット:私が一緒に仕事する役者たちはつねに「フィジカル」なタイプなんだ。彼らは顔ではなく身体を用いて演技する人たちだ。私は心理学的演技を探求する俳優たちが好きではない。

-ブレヒトは意識されましたか。

リヴェット:もちろんだ。だが、ブレヒトが京劇から影響を受けたのと同様に、私は溝口や小津といった日本映画から影響を受けたという意味においてのことだ。そしてまた、私は自分の映画の中で最高の俳優たちは美しい動物のようであることにも気づいた。例えば、ジュリエット・ベルトはまったく猫のようだ。一方、レオーはまるで未知の美しい動物のようにしなやかで動きの美しさを備えている。

参考URL:
http://www.bam.org/film/2015/out-1-noli-me-tangere
http://www.filmlinc.org/series/lynchrivette/
http://www.filmcomment.com/blog/interview-bulle-ogier/
http://www.carlottafilms-us.com/out1/
http://www.arrowfilms.co.uk/shop/index.php?route=product/product&product_id=603
http://www.dvdbeaver.com/film5/blu-ray_reviews_70/out_1_blu-ray.htm
http://www.rouge.com.au/4/hughes.html

大寺眞輔
映画批評家、早稲田大学講師、アンスティチュ・フランセ横浜シネクラブ講師、新文芸坐シネマテーク講師、IndieTokyo主催。主著は「現代映画講義」(青土社)「黒沢清の映画術」(新潮社)。

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