ドキュメンタリー映画『ヒッチコック/トリュフォー』(原題:“Hitchcock/ Truffaut”)がニューヨーク・ブロードウェイにあるリンカーン・シネマプラザなどで2日公開され、米国紙を中心にレビューが相次いで掲載された。本作は今年のカンヌ映画祭でも上映されている。

 タイトルは1966年に刊行された同名の本——フランソワ・トリュフォーによる50時間に及んだアルフレッド・ヒッチコックへのインタビューをまとめた書籍——からとられたもの。日本では「定本・映画術」(翻訳は山田宏一、蓮實重彦の両氏)の名で知られる、教科書的な書籍だ。監督は、ニューヨーク映画祭のディレクターをつとめ、自身も作家であるケント・ジョーンズ。過去にはエリア・カザンのドキュメンタリーの監督もつとめている(マーティン・スコセッシとの共作)。脚本にはパリ・シネマテークのセルジュ・トゥビアナも共同で参加。

 トリュフォーによるヒッチコックへのインタビューが開始されたのは、ヒッチコックが『鳥』の編集を終えたばかりの1962年。当時29歳のトリュフォーがだめもとで出した手紙に、意外にもヒッチコックが乗った。取材は一週間かけて、ユニバーサル・スタジオにあったヒッチコックのオフィスで行われ、彼がどのようなことを考えながら映画製作を行っているのか、詳細に質問が重ねられた(ちなみに、当時の音声は現在インターネット上で部分的に聞くことができる(※1))。このインタビューテキストに多くの写真が添えられ、1967年に刊行された『ヒッチコック/トリュフォー』は、なぜトリュフォーがヒッチコックにこだわるのかという疑問へのひとつの解答となり、また「アメリカ国内でのヒッチコック需要にも本質的な変化を迫るものになった」(※2)。 

 

 ヌーヴェル・ヴァーグの監督達が —— 一般に、低予算と、ロケーション撮影を特徴とする——ハリウッドの古典作品への敬意を手放なかったのはよく知られた事実だが、これは一見不思議な事態とも感じられる。トリュフォーを筆頭に、『カイエ』のメンバーがヒッチコックへの敬意を持ち続けた理由について、『ニューヨーカー』紙に掲載された論考では次のように語られている。筆者はゴダールについての著書があるリチャード・ブロディ氏。

 

「ニュー・ウェーブ(=ヌーヴェル・ヴァーグ)の作家達のハリウッド監督への情熱は、ある種の「奇妙な矛盾」を生み出し、それは現在でも解決されていない。彼らは強い自意識と美的感覚のもと、低予算で、ロケーション撮影を志向する。しかし、一方で彼らはハリウッド映画への愛を、彼らのような仕事がしたいという夢を捨てない。勤勉に映画館へ通い、時にはハリウッド監督への直接的なオマージュを行うことを辞さない」(※3)

 

 トリュフォーによるヒッチコックへのインタビューは、アメリカ映画と戦後フランス映画の交錯の端緒となったできごとといっていいだろう。同時に、二人の出会いは、二〇世紀後半に、“大衆性”と“美学的な追求”の両端を内包することをめざし、それに成功した類稀なメディアである映画という形式を象徴するとも感じられる。

  ドキュメンタリー映画『ヒッチコック/トリュフォー』は大きく分けて現代の監督達へのインタビュー、当時のヒッチコックの肉声と、彼の映画からのフッテージによって構成されている。この構成によって本作は、“「劇映画の独特の力」を理解するための、あらたな必読テキストとなっている”という(WS Journal※4)。インタビューに答えるのは、ウェス・アンダーソン、デヴィッド・フィンチャー、マーティン・スコセッシ、アルノー・デプレシャン、黒沢清といった面々。それぞれが『ヒッチコック/トリュフォー』への、そしてヒッチコック映画そのものへの思いを語る。日本公開は現在のところ未定のようだが、日本の若い監督にとって彼らの言葉がどういう意味を持つのか興味は絶えない。

 

1、 ‪当時の音声http://the.hitchcock.zone/wiki/Alfred_Hitchcock_and_…

 

2、Film Comment誌 ‪ジョーンズのインタビューhttp://www.filmcomment.com/blog/interview-ken…

 

3、Wall Street Journal紙 ‪http://www.wsj.com/…/hitchcock-truffaut-review-the-man…

 

4、The New ‪Yorker誌http://www.newyorker.com/culture/cultural-comment/…

 

※今年はじめ、日本ではロメールとシャブロルがヒッチコックを論じた書籍も翻訳・刊行された(木村健哉、小河原あや訳『ヒッチコック』インスクリプト)。

 

井上二郎
「映画批評MIRAGE」という雑誌をやっています(休止中)。文化と政治の関わりについて(おもに自宅で)考察しています。趣味は焚き火。


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