[307]日本の伝説、原節子を偲んで


少し遅くなりましたがどうしても書かずにはいられませんでした。本日は英ガーディアン紙による記事を中心に、原節子さんの追悼記事を掲載致します。

Setsuko Hara

小津安二郎の映画が好きな人間なら、誰でも原節子の魅力にもまた魅了されていることだろう。その大女優が95歳にしてこの世を去った。小津の映画はそのスタイルとテーマにおいて、またタイトルまでもが互いに似通っているが(※1)、その決まった枠の中に豊かなユーモア、感情、心理的/社会的な深い洞察が含まれている。そしてそれらは、原節子という女優の描く人間の中に、よく表れているのだ。

彼女は小津と組んだ6作品のうち、『東京暮色』を除く5作品において独身女性を演じ、その役と家族や親戚との関係性は、度々、彼らのもつ「結婚させたい」という願望によって形作られている。自己を表に主張する訳ではないが、頑固。伝統的でありながら、知的でモダン。家族と親密な関係を築きながら、独立した精神を持っている。これが小津作品において原節子の演じる女性像である。

麦秋

『紀子三部作』と呼ばれる『晩春』(1949)、『麦秋』(1951)、『東京物語』(1953)において、彼女は親思いの理想の娘を見事に体現し、このパフォーマンスが原に『永遠の処女』の呼び名を授けることとなる。
『晩春』の紀子は、結婚適齢期を過ぎても妻を亡くした父(笠智衆)と2人で暮らしている。しかし父は自分の存在が娘を結婚から遠ざけているのだと感じ、娘を解放する ため「自分は再婚するのだ」と信じ込ませようとする。

『麦秋』の紀子は28歳、年をとった両親、兄とその妻、彼らの息子たちと暮らしている。結婚のプレッシャーをかけられる紀子だが、家族や周りから勧められた縁談ではなく、、自分の選んだ相手と一緒になる。

『東京物語』では、戦争で夫を亡くした未亡人だ。ここでもまた、彼女に再婚の意思はなく、義父母に対する愛情は、彼らの実の子供たちのそれよりも深い。
兄姉たちに失望した義妹に「嫌ねぇ、世の中って?」と尋ねられた紀子は「そう、嫌なことばっかり」と答えるとカメラに向かって微笑む。その微笑みが、場面に深みを与えるのだ。

原節子の神々しい微笑みは、その出演作品の中で様々な意味を持つ。時には紛れもない愛から、時には痛みを隠すために、彼女は微笑む。あまり泣くことのない彼女の役が人生の悲劇全てを受け入れ、それらを認めた後に解放され、涙する姿に人は心打たれずにいられない。

Setsuko Hara2

会田昌江として横浜に生まれ、まだ10代のうちに義兄である監督の熊谷久虎勧めにより日活撮影所に入社、いくつかの日活作品に出演後、アーノルド・フランクと伊丹万作によるドイツと日本の合作映画『新しき土』のヒロインに抜擢される。原演じる明朗な女学生は、ドイツ留学から帰ってきた婚約者にはすでに向こうで出会った恋人がいることを知る。この映画はヨーロッッパを廻った後にハリウッドへと渡り、そこで彼女はマレーネ・ディートリッヒにも紹介される。第二次世界大戦勃発前に日本に帰国、時代劇、プロパガンダ映画などに出演。その中にはパールハーバーへの爆撃が見事に再現されている『ハワイマレー沖海戦』(1942)も含まれている。

戦後、黒澤明監督作の中でも最もフェミニスズム的と言えるであろう『わが青春に悔いなし』(1946)を主なきっかけとして、日本で最も有名かつ人気のあるスターの一人となるが、この作品を見れば、原節子という女優は小津作品でみせる女性像だけに留まらず、本来広い幅を持った女優であると理解できるであろう。1930年代の軍事政権における政治的抑圧の中を生き抜いた一人の女の人生を描くこの作品の中で、彼女は無邪気な学生から働く女性、不安を抱える主婦、囚人、そして覚悟を決めた農婦へと、見事な変化を演じきっている。

同じくドエトエフスキーの原作を元に映画化した黒澤映画『白痴』(1951)での那須妙子(原作でのナターシャ・フィリポヴナ)もまた、彼女のキャリアで他例をみない役所である。黒衣を身に纏ったその姿は、小津作品にみる笑顔の娘からは想像もつかぬ激情と色の女だ。

対して成瀬巳喜男の3作品『めし』(1951)『山の音』(1954)『驟雨 』(1956)で演じる不満を抱えた主婦の役は、どちらかと言えば小津のヒロインに近いだろう。やがて40歳になると同じく成瀬の『娘・妻・母』(1960)『秋日和』(1960)『小早川家の秋』(1961)において、未亡人も演じている。

1963年に小津安二郎が亡くなると、2本の作品に僅かに出演をしただけで、その後何の説明もなく静かにスクリーンから姿を消した。世間は相変わらず原節子を求め、仕事のオファーも舞い込んでくる最中のことであった。引退後は親愛なる小津安二郎の眠る町、鎌倉の小さな家に一人ひっそりと暮らしていた。

(※1)小津作品の英題は特に、似通っている例が多い。
Late Spring(遅い夏)『晩春』
Early Summer (早い夏)『麦秋』
Late Autumn (遅い秋)『秋日和』
The End of Summer (夏の終わり)『小早川家の秋』
Early Spring (春の初め)『早春』
An Autumn Afternoon(秋の午後)『秋刀魚の味』 

「スクリーン上でお姿を拝見できなくても、彼女が鎌倉のどこかで今も生きている、お味噌汁を作り、ご飯を炊いて暮らしているのだ、と思うだけで、私はどこか救われた気になる」というような声をいくつも耳にしました。このように存在だけで人の生活に光を照らすことのできる人、ただただ敬服いたします。私もあの、時に煌き、時に慈愛に満ちた眼差しと、奥深い笑顔、佇まいを忘れることができません。心よりご冥福をお祈りいたします。

https://www.criterion.com/current/posts/2258-ozu-and-setsuko-hara

http://www.theguardian.com/film/2015/nov/25/setsuko-hara?CMP=share_btn_tw

 

梶原香乃 東京生まれ、東京育ち、1/4ほどイギリス育ち。山崎樹一郎監督『新しき民』12/5よりユーロスペースにて公開!この声が世界に届きますように。初日舞台挨拶、登壇いたします。皆様にお会いできたら嬉しいです。*公式サイトhttp://atarashikitami.jimdo.com *ユーロスペースhttp://www.eurospace.co.jp/works/detail.php?w_id=000055


1 Comment
  1. 上記文章を読みました。この数年で原節子のファンになりました。文中、原節子が6作の小津映画に出ていますが、全て独身の役ではなく、「東京暮色」は結婚しており、間違っています。夫婦仲は悪いですが。1月の原節子特集は観に行くつもりです。

コメントを残す