[305]映画『キャロル』:カーター・バーウェル作曲による音楽と作品の関係性


carol5今年も残りわずかとなり、第88回アカデミー賞を筆頭として、各映画賞の予想が囁かれる時期となった。賞を多く獲ったからといって優れていると安易に結論を下すことは憚られるが、1つの指針として多くの方々にとって映画を観るきっかけとなること、また、作品賞や監督賞といった主要部門のみならず、様々な部門があることを知り、様々な分野で活躍するスタッフに光が当てられることに意義があるのではないであろうか。
今回は、作曲の部門に焦点を当て、受賞の期待が高まっている映画『キャロル』の音楽について紹介する。その作曲を担当したのは、カーター・バーウェルである。コーエン兄弟やスパイク・ジョーンズ監督とのコラボレーションで知られる作曲家のバーウェルは、その経歴に反して、現在に至るまで米アカデミー賞でノミネートを果たしたことすらないのである。
バーウェルは、以前にも、映画『ベルベット・ゴールドマイン』、テレビドラマ『ミルドレッド・ピアース 幸せの代償』において、トッド・ヘインズ監督と共に仕事をしている。そして、バーウェルは、『キャロル』の音楽に関するインタビューにおいて、映画音楽に対する彼の考え方から、その作曲法に至るまで語ってくれている。
まずは、作曲家カーター・バーウェルと監督トッド・ヘインズの関係についてから始めたい。バーウェルは以下のように話している。

「僕は、トッドと一緒に『ベルベット・ゴールドマイン』で仕事をし、それからいくつかの計画を進行させています。僕自身、トッドに対してはどんなことにでも興味を持っています。『ベルベット・ゴールドマイン』や『アイム・ノット・ゼア』のような音楽が中心に据えられている様々な作品を手掛けているからです。彼との仕事は興味をそそられます。また、彼の映画の中には“音楽の持つ声”が存在していますが、その映画と音楽の相互作用が本当に気に入っています。」

さらに、監督トッド・ヘインズとの仕事の過程とはいかなるものであるのだろうか。バーウェルは、自身の作曲法を交えつつ、語っている。

「僕がいくつかの観点から象徴的であると思うシーンを挙げてみるとしましょう。僕がそこで音楽の機能しているシーンを想定することができるのであれば、その音楽は他のシーンにおいても機能し得ることになります。この場合、他のシーンと全く関係のない一番最初のシーンから作曲を始めます。いくつかのオープニングシーンから始めるのです。たとえ、ピアノのスケッチであっても、トッドにそれを送ります。彼は音楽に精通しています。彼は、まったく抜け目がなく、自分の意思を分かりやすく伝えてくれ、僕と彼は音楽については詳しく話し合えます。僕が「分かったよ。これは弦楽器とバスクラリネットで演奏しよう。」と伝えることができるといった具合です。監督によっては、シンセサイザーで最終的に書き上げた音楽に至るまで聴かせる必要がありますが、トッドに関しては、未完成の音楽を演奏する程度で済むので、気持ちを楽にして仕事に取り組むことができます。基本的に、彼は過剰に反応したり、誤解をしたりすることはありません。」

トッド・ヘインズ監督が音楽について詳しいのであれば、映画『キャロル』とその音楽は、繋がりが深いものとなっていると考えられる。それ故に、その関係性について探求されなければならない。バーウェルは、『キャロル』においての音楽の役割を、登場人物たちの欲望や感情を表現することなのだと主張する。それは、この映画の中の登場人物たちが、自分の感情を言葉で表現してないことに理由がある。つまり、音楽がその言葉の溝を埋めて、台詞で表現できなかった感情を、音楽によって伝える必要があったのだとバーウェルは強調している。それは、前述のインタビューでも語られている“音楽の持つ声”についての具体的な例であるようにも考えられる。『キャロル』における台詞と音楽の関係性は、いかなるものであるのかについてバーウェルの言葉を手掛かりに探っていきたい。

「『キャロル』のラストは、会話がなく、他にも何もないといえるシーンです。それ故に、音楽が大きく鳴り響き、前面に押し出されています。ドッド・ヘインズは、メロドラマの監督であり、そのような音楽を好んでいます。僕が本来、意図するよりもさらに音楽を前面に押し出しますが、トッドが望むことであったと理解しています。それは、観客にとって、最も印象的な経験となるべきものなのです。」

『キャロル』は、ケイト・ブランシェットが演じる強情で裕福な主婦キャロルと、ルーニー・マーラが演じる店員テレーズとの同性愛を描いており、また、その関係が人生を変えていく物語となっている。そして、1950年代の当時、そのような同性愛の中で経験する感情を言葉によって表現することができなかったが、その沈黙と音楽には関係があるのだと、バーウェルは語る。

「実際に、音楽が映画の中に存在しているということは、話していることと同等なのです。登場人物たちが生きている文化の中では、自分の感情を言葉で表現することができませんでした。…観客は愛の進展を注意深く読み取りますが、それを言葉で表現することは容易なことではありません。しかし、音楽であれば、映画の背後で、その関係が徐々に進展していく様を表現することができます。」

(L-R) KYLE CHANDLER and CATE BLANCHETT star in CAROL

映画音楽は、俳優の演技を越えて表現されるのではなく、映画に対する理解を促すためのアンダースコアとして機能していることがある。バーウェルは、これまで長きにわたって共に仕事をこなしてきたコーエン兄弟が監督した『ノーカントリー』を例に挙げ、風や自動車の音に紛れて、観客がその背後で流れる自分の作曲した音楽に気づかないように心掛けたことを明かしている。そして、その手法は、『キャロル』の音楽においても健在である。1950年代の当時、2人の女性がロマンティックに惹かれ合う感情を言葉によって表現することができなかったが、その沈黙の背後で、キャロルとテレーズの愛を表現し、その進展を伝える役割を担っているのがバーウェルの音楽であるといえるだろう。
さて、ここからは、バーウェルによる『キャロル』の音楽をテーマ曲という観点から、物語の進行と共に掘り下げていきたい。バーウェルによれば、『キャロル』の音楽には、3つのメインテーマが存在し、それらが映画の中でキャロルとテレーズの関係性を知る上では不可欠となっている。

「『キャロル』のスコアには、3つのメインテーマがあります。オープニングにおける都市のシーンの音楽は、キャロルとテレーズの積極的な婚約と情熱を表現しています。このシーンでの音楽は、キャロルとテレーズが登場する前に、その2人について説明をしています。最後の旋律が流れるときに2人は登場するのですが、最終的にこの楽曲は2人の愛のテーマとなります。」

物語は進行し、マンハッタンにあるデパートの店員として働くテレーズが、愛のない結婚生活の中にいるキャロルと出会う。そして、そこで、2人の関係が始まり、初めの出会いにあったような純粋無垢な関係から、深い恋愛関係に陥っていく。その関係の中での音楽をバーウェルは、第2のテーマ曲と共に説明している。

「そこでは、テレーズがキャロルに魅了されていることを表現した音楽が登場します。最初にその音楽が登場するのが、キャロルがテレーズを家に送るシーンです。これは基本的に、曇ったような印象を与えるピアノの楽曲です。トッド・ヘインズ監督やカメラマンのエドワード・ラックマンが、時々、撮影の際に使うような曇ったレンズとも近いかもしれません。ピアノの特徴を活かして、少しばかり、不思議な演奏をしています。左手と右手によって、別々の演奏をしているのです。つまり、左手は雲の中に消えていくような演奏をし、一方で、右手では旋律を奏で続けます。」

キャロルは閉塞的な夫との結婚生活から抜け出す。しかし、キャロルがテレーズや親友のアビーと関わっていることが明るみに出ると、娘を持つ彼女に対して夫は、母親としての資質に対して異議を申し立ててくる。キャロルは、自分にとって居心地の良い家をテレーズと共に去ることを決心する。そこでの自分を探すための心の旅は、キャロルに新たな開放感を与えてくれる。そして、その後、バーウェルによる第3のテーマ曲が現れる。

「第3のテーマ曲は、不在と喪失に関するものです。キャロルがテレーズのもとを去った後、そして、キャロルが手紙で自分のことを説明した後、それらのことを表現するための最適の方法はモンタージュでした。それは感傷を隠すために、5番目、6番目、9番目のような開いた間隔を用いた最も優れた手法です。2人の女性の心は壊れてしまいますが、その痛みというよりは、空虚さを表現しています。」

『キャロル』の音楽は、トッド・ヘインズ監督による映画がメロドラマの特徴を持つが故に、前面に押し出されるシーンがある。それは、1つの作品を完成させる中で、トッド・ヘインズ監督作品の特徴がバーウェルの音楽と重なり合い、新たなものを生み出したことの結果である。そして、『キャロル』の音楽は、同時に、背後でキャロルとテレーズの愛の進展を伝える役割を担い、3つのテーマ曲がその2人の関係性を表現する。つまり、バーウェル自身の作曲に対する考えが活かされている作品であることは間違いがないといえるであろう。

参考URL:

http://variety.com/2015/film/in-contention/john-williams-could-land-50th-oscar-nod-in-competitive-original-score-race-1201639751/

http://www.ew.com/article/2015/11/17/carol-score-carter-burwell

http://www.examiner.com/article/exclusive-composer-carter-burwell-talks-scoring-carol-at-nyff-premiere

http://www.huffingtonpost.com/entry/carter-burwell-composer_5638d9e1e4b027f9b96a1c58

http://www.talentmonthly.com/varese-sarabande-records-to-release-carol-original-motion-picture-soundtrack/

http://www.imdb.com/name/nm0001980/

宍戸明彦
World News部門担当。IndieKyoto暫定支部長。
同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士課程(前期課程)。現在、京都から映画を広げるべく、IndieKyoto暫定支部長として活動中。日々、映画音楽を聴きつつ、作品へ思いを寄せる。


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