フランス人女性映画監督クレール・ドゥニの新作がここ数ヶ月話題となっているが、その詳細が少しずつ明らかになっている。ドゥニは現在69歳になるフランスの代表的な映画作家であるが、その作品はあまり日本公開されていない。ここで少し彼女の人物像に触れたい。

 クレール・ドゥニは、幼少期を植民地行政官の父の赴任地であるアフリカの国々で常に住まいを移しながら育つという非凡なバックグラウンドを持っている。この時の「植民地」と「移動」の経験は彼女の作品に多大な影響を与えていると考えて差し支えないだろう。例えば『ショコラ』『ホワイト・マテリアル』などはアフリカを舞台に現地人と入植者との関係を描き出し、『ガーゴイル』『パリ、18区、夜』『35杯のラムショット』では飛行機、自動車、列車の多用によって「移動」の主題と地理的境界線が強調されている。

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 本国へ帰国後しばらくするとドゥニはフランス高等映画学院へ入学し、卒業後は、ロベール・アンリコ、ジャック・リヴェット、ヴィム・ヴェンダース、ジム・ジャームッシュなどの名だたる映画監督たちのアシスタントを務めた。1988年、初の長編映画『ショコラ』がカンヌ国際映画祭のオフィシャル・コンペティション部門に選ばれてからは、常に作家性の高い作品を生み出し、世界的評価を得ている。1996年には『ネネットとボニ』でロカルノ国際映画祭で金豹賞を受賞し、2005年ヴェネツィア国際映画祭で審査員の一人に選ばれた。ドゥニは欲望、暴力性、愛の形など人間に本質的な部分をときには瑞々しく、ときには生々しく、ときには禍々しくスクリーンに映し出す、観る人を魅了してやまない映画作家である。

 

 そんなドゥニの次作は『High Life』と題されたサイエンス・フィクション映画になる予定だ。監督初の英語の作品となる。キャスティングにはロバート・パティンソン(『トワイライト』シリーズ、『マップ・トゥ・ザ・スターズ』)に加えて、『6才のボクが、大人になるまで。』でアカデミーなど数々の映画賞を受賞し、来月アメリカで封切りになる『The Wannabe』にも出演しているパトリシア・アークエット、そしてラース・フォン・トリアーの『ニンフォマニアック』や『エベレスト』(今月日本公開)などで姿を見せたミア・ゴスが発表された。

patricia arquette

 『High Life』のストーリーもScreen DailyやDeadlineで紹介された。舞台は宇宙で、重刑に処せられた犯罪者たちが減刑を交換条件に、新エネルギー資源を発見するため宇宙へ送られる被験者になるというものだ。2年前の長編『Les Salauds (Bastards)』を経て、今までにアフリカや都市における親密な人間ドラマを中心に描いてきたドゥニがSF映画を、しかもハリウッドスターとの共演で撮るという事実に人々は驚きと期待の声を上げている。

 脚本は、イギリスの女流小説家ゼイディー・スミス、同じく詩人・小説家である彼女の夫ニック・レアードとドゥニとの共作となっている。また、デンマークの現代芸術家オラファー・エリアソンも今企画に参加するもようだ。2003年にテート・モダンで開催された「Weather Project」などに代表されるエリアソンのインスタレーションは、色、光、影、霧、風を駆使しながら、ある空間に太陽、虹、滝などの自然を再構築することを試みる。またそこに観客が加わることによって彼らが作品に補完的役割を果たすという新体験を生み出すアーティストだ。エリアソンのクールでユニークな空間作りが、ドゥニの映像とどう融合するのかは見ものであろう。音楽には『ガーゴイル』や『35杯のラムショット』などのドゥニ映画でお馴染みのティンダースティックスのボーカル、スチュアート・ステイプルズが決まっている。豪華な製作スタッフに加え、アメリカ有名俳優の起用、SFという新しい境地への挑戦、ドゥニの野心に期待が募る。撮影は2016年よりケルンにて始まるそうだ。olafur_eliasson_weather_project

 

 

(1) http://www.filmdeculte.com/cinema/actualite/HIGH-LIFE-Patricia-Arquette-rejoint-Robert-Pattinson-dans-le-film-de-SF-de-Claire-Denis-22092.html

(2) http://www.lesinrocks.com/2015/10/27/cinema/patricia-arquette-rejoint-le-casting-du-prochain-film-de-claire-denis-11783670/

(3) https://vimeo.com/119548994

(4) http://web.archive.org/web/20061018081600/http://www.sensesofcinema.com/contents/02/23/denis_interview.html

保坂瞳 上智大学外国語学部フランス語学科所属。都内のとある映画館スタッフ。ときに宗教学。『ドリーマーズ』のような生活を夢見てパリに行くが、どこまで成就したのかは分からない。好きなものは抽象名詞。

 


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