[295]ローリー・アンダーソンによるシネ・エッセイ


laurie-anderson ローリー・アンダーソンが脚本・監督をつとめたシネ・エッセイ(映画祭などではドキュメンタリーとカテゴライズされている)『Heart of a Dog(犬の心)』が大きな話題となっている。iPhoneやGo Pro、Canon 5Dなどを使い、アンダーソン自らが「80%以上を撮影した」というこの作品は、ヴェネチアやトロント、ニューヨーク、テルロイドなど各国の映画祭に招待され、極めて高く評価されているのだ。既に今年のベストの一本として本作をチョイスする評論家もいるほどである。だが、アンダーソンは自分が決してフィルムメイカーではないと言う。「この映画が証明しているのは、今では誰もが映画監督になれるってことよ」。しかし、彼女は決して「誰もが」に属する存在ではない。

 ローリー・アンダーソンはアメリカの実験的なパフォーマンス・アーティストであり、前衛ミュージシャンである。1981年に発表した8分間のシングル曲「オー・スーパーマン(O Superman)」がイギリスのポップチャートで2位まで上昇したことで世界的に名声を博した。この頃から何度も来日公演を行い、日本でも比較的知られたアーティストであろう。また、2008年には長くパートナーであったルー・リードと挙式を上げ、彼が2013年に亡くなるまでの最後の妻となった。

Heart of a Dog 『Heart of a Dog』の企画が彼女に持ち込まれたのは、まだリードが生きていた頃だった。当時、アンダーソンは愛犬を亡くしたばかりで打ちひしがれており、この新しいアイディアにはさほど興味を示さなかったとのことだ。企画を提案したのは、フランスArte TVのプロデューサーだった。「彼は、私たちの番組のため個人的なエッセイ映画を作らないか持ちかけてきたの。勿論クリス・マルケルのような作品のことだと思うけど、その時には思いつかなかったわ。彼は私の人生哲学を映画で語って欲しいと言った。それに対して私は、私に人生哲学なんてないし、もしあっても映画にはしないって答えたの。でも、何度かディスカッションを重ねて、亡くしたばかりの犬について映画を作ればいいって彼が言った。それで全てがハッキリ見えてきたわ」。

 当初、20分の短編としてテレビ放映される予定の作品だったが、最終的に数年の製作期間を経た後、75分の長編として完成した。ローリー・アンダーソンによる長編映画としては、1986年に自らのコンサート・パフォーマンスを元に製作した『Home of the Brave』以来ほぼ30年ぶりの作品となる。「この映画は2年遅く、そして数倍も長く作られてしまったの」。製作開始当初にはバジェットもスタッフも全く存在せず、たった一人でアンダーソンは撮影を進めていたとのことだ(「ヴェネチア国際映画祭に出品された他の作品がランチパーティを一度開催するにも満たない低予算」と彼女は言う)。しかし数ヶ月後、彼女はプロデューサーの必要性を感じ、友人の紹介で数多くの映画業界人とミーティングを重ねた。「会う人会う人、みんな最初の質問として、この映画の予算は幾らか聞いてくるの。でも、(『ハッシュパピー ~バスタブ島の少女~』のプロデューサーとして知られる)ダン・ジャンベイのみが、あなたのストーリーは何かって聞いてきたのよ。その瞬間、あんた雇うよ、あんた最高だ!って答えたわ」。

Filmmaker Laurie Anderson and her pet rat terrier, Lolabelle, su 『Heart of a Dog』では、製作のきっかけとなった愛犬Lolabelleの死について語られている。アンダーソンは年老いて盲目になったこの犬に、生前キーボード演奏のセラピーを行っており、主にiPhoneで撮影された映像が残されていたのだ。こうした場面では、愛犬と飼い主との心の交流ばかりではなく、創造行為のイノセンスも感じられるとのことである。また、亡くなった後、バルド(チベット仏教において49日間に渡って継続する死と再生との通過期間)をくぐり抜ける愛犬の姿が、数多くの水のイメージ、木のイメージ、そしてアンダーソン自身のナレーションによって語られていく。さらに、ポスト9.11のニューヨークにおける監視社会の問題もまた、そこに重ね合わされ、きわめて複雑で多層的なストーリーテリングが構築されているとのことである。死と喪失と悲しみに彩られたメランコリックな印象の強い作品だが、アンダーソン自身は決してそうではないと言う。

 「私はスコット・フィッツジェラルドの大ファンなの。彼が『壊れる』で常に2つの正反対の物事を心に持ちなさいって書いたのは知ってるでしょ?私の仏教の師も同じことを言うのよ。悲しみを感じ、死を受け入れ、そしてそれを感じなさい。ただし、悲しみそのものになってはいけないって。それはつまり、苦しみを遠ざけようとしてはいけないけど、でもそれに引きずられてもいけないってことなの。私たちは苦痛や恐怖に満ちた悲しい人間になる必要はない。私は苦しみたくない!私は幸せでいたいの。でも、ただ苦しみを遠ざけて、それを感じないようにしていては、私たちは腐ってしまうのよ」。

heart-of-a-dog-Laurie-Anderson- 『Heart of a Dog』製作中、アンダーソンは夫ルー・リードもまた病で失うことになる。「彼の病気が酷くなって、私は全ての仕事をストップしてしまった。何も手に付かなくなったの。その状況を友人にこぼしたところ、ただ私自身が悔いの残らないようにしなさいと言われた。誰かが死ねば、私たちはその死を受け止めつつ、さらに生きていかなくてはいけない。自分自身が死ぬまでね。だから、私は自分が100%尽くさなくちゃいけないって理解したのよ。私は全てをやって、今後悔することは何もないわ。ルーの死は、ある意味で私が人生の中でくぐり抜けるため、待ち望んでいた経験でさえあったの。扉が開かれ、私はそれをくぐり抜けた。私はずっと遠くまで行って二度と同じ場所に戻ることはないわ」。

 作品中、ルー・リードの姿は何度か背景に現れるものの、一度として名前を呼ばれることがなければ、主題として表面化されることもない。しかし、それでもこの作品は、ある意味で彼のための映画でもあるという。「もちろん、この映画で私はルーについて語ってるわ。それに私の母についても、友人のゴードンについても、あなたについても、私自身についても」。『Heart of a Dog』では、デヴィッド・フォスター・ウォレスの次の言葉が引用されている。「すべてのラブストーリーはゴーストストーリーである」。

『Heart of a Dog』予告編

参考URL:
http://www.heartofadogfilm.com/
http://www.indiewire.com/article/how-a-novice-68-year-old-novice-filmmaker-made-one-of-the-best-movies-of-the-year-20151030
http://www.indiewire.com/article/laurie-anderson-tells-phillip-lopate-how-she-finished-her-film-after-lou-reeds-death-20151012
http://www.theguardian.com/film/2015/sep/10/laurie-anderson-on-death
http://www.vulture.com/2015/10/movie-review-heart-of-a-dog.html

大寺眞輔
映画批評家、早稲田大学講師、アンスティチュ・フランセ横浜シネクラブ講師、新文芸坐シネマテーク講師、IndieTokyo主催。主著は「現代映画講義」(青土社)「黒沢清の映画術」(新潮社)。

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