[297]ホウ・シャオシェン監督が語る、なぜ商業映画界から去ったのか?


 

 

台湾の映画監督であるホウ・シャオシェン監督の武侠映画「黒衣の刺客」は第68回カンヌ国際映画祭で上映され、監督賞を受賞しました。

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 ホウ・シャオシェン監督のインタビューをお送りします。

 長年の武侠映画と監督との関係はなんですか?

 六年生の時、私は私の兄の武侠ジャンルの短編物語のコミックをたくさん読んでいました。しかし、映画の面からいうと、私の最初の視覚体験は、ほとんど日本の侍ジャンルの映画を通してでした。なぜなら私の近くの映画館でそれを見ることが出来たからです。

 では、どの映画が特に際立っていましたか?

 特にありません。私は子供のようにたくさん見ていました。初期の侍映画、小説等から作られたものは私のお気に入りでした。最近ではありませんが、大学時代に、ショウ・ブラザーズ映画が出てきました。これらの映画のことを覚えていますが特に何か思い出すものはありません。それでも、最大の影響は侍映画でした。これらは”チャンバラ”と呼ばれていました。

 「黒衣の刺客」は唐の時代の鋭い見方を映しています。一方で、全ての映像がとても美しいので、この時代を祝福しているようです。しかし同時に女性はこの時代の様々な社会的、制度的な圧力に耐えなければいけません。

 この女性は本当にどのようにして女性が社会にいればいいのかを反映したものではありません。この時期、人々が小説を書くとき、女性の暗殺者はいたるところで登場しました。この人物は特にとても異質ではありません。彼女は特別な存在ではないのです。そして女性の役割とどのように女性が社会に存在すべきかということは長い間小説と王朝の話で続いてきました。だから、私は、本当に映画で女性の役割について描こうとしているわけではないのです。しかし、確実に、このとき、女性キャラクターはこのような小説の中で主人公としてとてもよくみられました。

 あなたのイメージはとても複雑なので、それらはよく構想に取って代わると思います。どのようなあなたの過程から生じているのでしょうか?

 私は原稿を書くとき、イメージを使います。私がロケーションに行くとき、そのロケーションは私の原稿のイメージに合っていなければなりません。編集したり修正することはできますが、基本的に原稿のままです。

 それは独特のスタイルだし、自由を反映しているようですね。しかしあなたはあなたの仕事を台湾の商業映画界で始めました。どのようにあなたの技術の進化を語りますか?

 私は今日の映画監督としての進行は決め手ではないと考えています。私は脚本家として始めたのでもっと自然な流れであったと思います。私はコメデイをたくさん書き、成功し、この世界を理解しました。しかしそれからフランスが新しい映画の流れになった時、若い監督の集団は私たちがどのようにして同じような映画を作れるかについて議論しました。私たちはリアリズムとドキュメンタリーの境界線を描きたいと思いました。だから私は映画の作り方を変え始めたのです。

 その歴史は、今日のあなたにどのような影響を与えていますか?

 私はすでに私が感じることを方法として映画を作っているので、もう商業映画界に戻ることはできません。「黒衣の刺客」のような武侠映画であっても、その時代の人々のリアリティに基づいています。私たちがほとんど知らない時代のことであっても、私はその時代の人々の見方をできるだけ現実的に伝えようとしています。

 商業映画界の外のことについていえば、あなたはここ数年、台北映画祭と金馬奨映画祭にかかわっています。このような映画祭のあなたの中の価値について知りたいです。そして最近、台湾映画祭は台頭しているように思います。

 映画祭の中の私の仕事は論理的だと思います。はじめは、一人の人間によってすべての映画が選ばれていました。私はそれを変えたかったので審査員によって違った人々が映画を選ぶようにしました。私はWen Tien-Hsiangと一緒に働きました。

 このとき、武侠映画「黒衣の刺客」のアイデアが浮かびました。これは大学時代の小説によってインスパイアされました。この二つの映画祭のために働く間に、少しずつ調べ始めました。「私はこの映画を撮るのに良い年齢である。いま撮らずに何時とるんだ」と、決意しました。

 台北映画祭についていうと、それがただひとつの道なので、たくさんの若い映画監督が商業映画界をめざしています。そして彼らは芸術的な映画監督になることに興味がありません。商業映画界で成功しなければ次の映画が作れないので、彼らには成功しなければいけないという圧力がかかります。彼らのほとんどはまた、中国に進出したいと考えます。しかし問題は中国よりも台湾のほうがおそらく長く近代化されているので、現代の話が少し違うことです。

だから、彼らが中国市場のための映画を作るとき、その映画はひどいものです。仕事になっていません。さらに中国はあのような大国なので台湾人と考えていることが違うのです。だから成功するためには、若い監督はそれらに対処しなくてはいけないという圧力もかかってしまうのです。

http://www.indiewire.com/article/hou-hsiao-hsien-explains-why-he-left-the-commercial-film-industry-20151015

 

 

永山桃
早稲田大学一年生。二階堂ふみさんと、池脇千鶴さんと、田中絹代さんが好きです。役者を志していますが、映画に一生関わって生きていきたいです。あとは、猫が好きなのに、柴犬をかっています。ワンワン!

 


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