[289]ロンドン映画祭を魅了したギリシャの“奇妙な波”


 10月18日まで開かれていたロンドン映画祭でアティナ・ツァンガリ監督の作品『勇敢な男』(原題:Chevalier)が最高賞を受賞した。同作は6人の男たちが船上に集まり男らしさを競うさまを描いたコメディ作品。船上に集められた俳優たちは無表情のまま誰が勇敢かを競い、そのさまがこの作品を厳格にすると同時にシュールレアリスティックな笑いを誘うものになっている。(※1)

Chevalier

 ツァンガリ監督は1966年アテネ生まれ。ニューヨークで演劇を学んだ後、テキサス州オースティンにて映画専攻に進んだ。そこで知己を得たのが『6才のボクが、大人になるまで。』の監督リチャード・リンクレイター。1990年の作品『スラッカー』(原題:Slacker)(※2)へは出演も果たしている。また、2004年のギリシャオリンピックの際には演出やデザインも手がけた。

 彼女を一躍有名にしたのが監督第2作の『アッテンバーグ』(原題:Attenberg)だ。病床の父と一緒に暮らすマリーナは人間との接触に対し忌避感を抱いている。そんな彼女は敬愛するデイヴィッド・アッテンボロー(タイトルの由来になっている)のドキュメンタリーや友人との性的な接触を通じて、愛や死とは何なのか学んでいく。この映画で最も印象に残るのが女友達とキスをする場面。彼女は女友達のベラとエロティックにキスをし、実地でそのやり方を習う。

『アッテンバーグ』はヴェネツィア国際映画祭に出品され注目を浴びた。同年には彼女も製作スタッフに名を連ねるヨルゴス・ランティモス監督の作品『籠の中の乙女』がカンヌ国際映画祭「ある視点部門」グランプリをとり、ギリシャ映画に新たな波がきていることを世界に印象づけている。

Attenberg, Photograph: Match Factory/Everett /Rex c.Match Factory/Everett / Rex Fe/c.Match Factory/Everett / Rex Fe

 ギリシャを襲った経済的な不況は映画界にも影響を及ぼしている。国や公的な機関からの支援が得られなくなった今、ギリシャの監督たちはインディペンデントな映画のネットワークを広げている。ランティモスとツァンガリが互いの作品の製作を務めていることをはじめ、ギリシャの監督たちは互いに映画製作を助け合うネットワークを構築し、いくつかの作品は国際的な評価を得るまでに成長している。この動きを「ギリシャの奇妙な波」と呼ぶ評論家もいるほどだ。彼らの作品は経済的な危機や無力感、家族の機能不全、ギリシャ人の外国人嫌悪、暴力を描くという共通点を持つ。(※3、4)

 この動きに関して、ランティモスは「これが、僕たちがギリシャで映画を作るための唯一の方法だ。ギリシャにはもはや公的な資金も本物のプロデューサーもいない。どうやればいいのかほとんど分からない。まるで悪夢のようだよ。でも、最低限できることがある。映画は愛から生まれるんだ」と評している。

 ツァンガリもランティモスも国際的な評価を得て、多くの資金を獲得できるようになった。これまでの作品と異なり、ランティモスの新作『ロブスター』では、コリン・ファレルやレイチェル・ワイズといった有名俳優たちも出演している。また、ツァンガリもリンカーン・センター映画協会のアーティスト・イン・レジデンスに携わるなどギリシャを離れての活躍も目立つ。しかし、ツァンガリは『勇敢な男』をギリシャで製作するなど、ギリシャの置かれた状況をどうにかしたいと考えている。「この大変な状況をどうにかするのに映画はとても有効な手段だと思っています」。彼女は2011年のインタビューでこう語っている。(※5)

 ギリシャ・フィルムセンターもこの状況をどうにかしようと財政支援プログラムを見直し、『ロブスター』や『勇敢な男』の支援にも乗り出している。国家の財政が危機に瀕する一方、ギリシャ映画は新たな未来の可能性に向かって歩み始めている。

参照・引用元、注:
1) Greek comedy wins top prize at BFI’s London Film Festival Awards

2)
slackerとは、「1990年代の無関心・無気力・無目的・高学歴な若者」のこと(ジーニアス英和辞典より)

3) Attenberg, Dogtooth and the weird wave of Greek cinema

4)New Greek Cinema

5) ‘The Lobster,’ ‘Chevalier,’ and the Importance of New Greek Cinema

坂雄史
World News部門担当。慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程。学部時代はロバート・ロッセン監督の作品を研究。留学経験はないけれど、ネイティブレベルを目指して日々英語と格闘中。カラオケの十八番はCHAGE and ASKA。


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