[283]追悼シャンタル・アケルマン


maxresdefault ジャン=リュック・ゴダールとの対話の中で、シャンタル・アケルマンは生まれて初めて撮った映像が自分の母親を写したものであり、彼女がアパートで郵便受けを開ける場面だったと話している。女性の日常的な反復的仕草に対する彼女の興味は、初期の代表作である『ジャンヌ・ディールマン』(75)などへと展開され、アウシュヴィッツ生存者である母親ナタリアへの執着は、彼女のフィルモグラフィ全てに影を落としていた。

 2014年に亡くなった母親を被写体としたビデオ・エッセイ『No Home Movie』(2015)をロカルノ国際映画祭に出品したばかりのシャンタル・アケルマンは、2015年10月5日、妹シルヴィアンによってその死亡が確認された。65歳だった。死因は明らかにされていないが、かねてから鬱に悩まされていた彼女は、『No Home Movie』のメディアにおける評判に落胆していたとのことであり、「ル・モンド」誌は自殺と報じている。

 1950年ベルギーに生まれパリを中心に活動したアケルマンは、ヨーロッパ前衛映画の旗手、ないしフェミニスト映画の代表的監督として知られている。ガス・ヴァン・サントやトッド・ヘインズ、ミヒャエル・ハネケらは、最も強く影響を受けた映画作家の一人としてアケルマンの名前を挙げていた。15歳の時、ブリュッセルでゴダールの『気狂いピエロ』を見た彼女は、その作品に衝撃を受け、映画作家を志し映画学校に入学。しかし数ヶ月でドロップアウトし、自力で最初の短編『街をぶっとばせ』(68)を監督する。監督・脚本の他に自ら出演もしたこの作品は、政治の季節であった68年の時代的背景を濃厚に漂わせつつ、倦怠感や破壊的衝動に貫かれた傑作として高く評価された。その後、71年に渡米した彼女は、スタン・ブラケイジやマイケル・スノウらアメリカの実験映画作家から影響を受けたと語っている。

6a00d8341c562c53ef0148c77591fb970c 再び自ら主演した長編処女作品『私、君、彼、彼女』(74)に続いて撮られた『ジャンヌ・ディールマン』は、デルフィーヌ・セイリグを主人公に、売春を行う以外には何の変哲もない普通の主婦の日常を、火曜日の夕方から木曜日の夕方にかけて48時間の中で描写した作品である。皿洗いをしたり、ジャガイモの皮をむいたりといった主婦の日常的動作の反復が全編フィックスショットの長回しによって198分の作品として描かれている。「リアリズムではなくハイパーリアリズム」とアケルマン自身が呼ぶこの作品は、フェミニスト映画としてばかりでなく、70年代を代表するアヴァンギャルド映画の一本としても映画史上名高い作品となった。

 1985年、それまでの作風と打って変わったミュージカル・コメディ『ゴールデン・エイティーズ』によって、アケルマンは商業映画監督へと転身。この作品は、日本でも公開され、同時にシャンタル・アケルマン映画祭が日本でもアテネ・フランセ文化センターで開催されている。彼女はさらに『アメリカン・ストーリーズ』(88)『カウチ・イン・ニューヨーク』(96)といった作品を発表。ジュリエット・ビノシュとウィリアム・ハートを主演にしたラブロマンスである後者は、一般的に最も知られるアケルマン作品となった。さらに、シルヴィ・テステュを主演にプルーストを映画化した『囚われの女』(2000)はその抑制的な美学とスタイリッシュな完成度が高く評価され、「カイエ・デュ・シネマ」誌で2000年の年間ベストテン2位にランクインするなどアケルマン復活を強く印象づける作品となった。(2002年のドキュメンタリー作品『De l’Autre Cote』もまたその年のカイエ年間ベストテン4位にランクインしている。)

JHzTfrn 最後の作品『No Home Movie』は、シャンタルの母親ナタリアがブリュッセルのアパートで過ごす日々の様子をとらえたドキュメンタリー作品である。アウシュヴィッツでの記憶や、その体験の後に日常へと回帰することの困難についても語られているという。ナタリア・アケルマンは、81年作品『一晩中』でもオロール・クレマンらと共に映画に登場していた。この作品は、名撮影監督カロリーヌ・シャンプティエがはじめてメインで撮影監督をつとめた長編映画であることでも知られている。

参考URL:
http://www.theguardian.com/film/2015/oct/06/chantal-akerman-pioneering-belgium-film-director-and-theorist-dies-aged-65
http://www.lemonde.fr/cinema/article/2015/10/06/la-cineaste-chantal-akerman-est-morte_4783566_3476.html
http://www.newyorker.com/culture/richard-brody/postscript-chantal-akerman
http://www.nytimes.com/2015/10/07/arts/chantal-akerman-belgian-filmmaker-dies-65.html?_r=0
http://www.huffingtonpost.com/2015/10/06/chantal-akerman-dead_n_8252848.html
http://www.bfi.org.uk/news-opinion/news-bfi/features/chantal-akerman-has-died-aged-65
http://blogs.indiewire.com/criticwire/chantal-akerman-pioneer-of-feminist-and-structuralist-film-is-dead-at-65-20151006
http://www.imdb.com/name/nm0001901/

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大寺眞輔
映画批評家、早稲田大学講師、アンスティチュ・フランセ横浜シネクラブ講師、新文芸坐シネマテーク講師、IndieTokyo主催。主著は「現代映画講義」(青土社)「黒沢清の映画術」(新潮社)。

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