2003年、マイケル・ムーア監督の『ボーリング・フォー・コロンバイン』はアカデミー賞長編ドキュメンタリー部門の作品賞を受賞する。ラジオのようなナレーションによって構成された、動く風刺画のような『コロンバイン』によって、執拗かつ強硬な取材でアメリカの暗部を暴露するというこの後も一貫した監督のスタイルは、広く世に知られることになった。授賞式で仲間たちとともに登壇したムーア監督は、当時のブッシュ政権への(とりわけイラク戦争開戦についての)罵りの言葉を放ち、監督らは即座に式の開催者側に退場させられることとなった(1)。
 この時の映像を見たのはずいぶんあとになってからだが、スピーチの最初の言葉はとても印象的なものだった。「私たちはノンフィクションを愛している」。ここでいう「フィクション」は物語という意味のそれではなく、「隠された真実」つまり「嘘」に対して「ノンフィクション」を強調したということなのだろう。そうした態度は、この語の作品に絶えず受け継がれ続けた。
 その後も10年間近く、コンスタントに発表されたムーア監督の作品群は国内外で議論を呼び続けた。とりわけ、軍需産業を対象とした『華氏911』は、いまではすっかり「失敗」とみなされるようになったアメリカのイラク戦争を徹底的に批判する内容で、非常にスキャンダルにメディアで取り上げられた。医療保険制度(『シッコ』)や、リーマンブラザーズ以降の世界経済をあつかった作品(『キャピタリズム』)などは、当時一般にはあまり知られていなかったアメリカ社会の意外な姿を日本に伝えた。
 そのムーア監督が先日、6年ぶりの新作の片鱗を明かした。タイトルは”Where to Invade Next”(次はどこを侵略する?)。いかにもストレートなタイトルだが、本作は『華氏911』と同様、合衆国の軍事産業や現在の海外派兵——「テロとの戦い」——をテーマとするという。英Guardianなどが報じた(2)。 
 ムーアによれば、この作品は2009年から「秘密裡に」、非常にすくないスタッフで製作された。「常に我々を監視する人間がいた」とムーアは話す。2009年からということなので、当然、民主党政権の対外政策が映画の骨格となると予想される。少なくとも表面的には次々に軍縮と和平政策を実現させてきたかにみえるオバマ政権だが、それでもなおムーアに撮ることを決断させるような何かがあるということだろうか。あるいは、ことによれば、彼はいわゆる「ネタ切れ」の状態なのだろうか。 おそらくそうではないだろう。インターネット上で「人を笑わせることとメッセージを伝えること、どちらが大事だと考えるか」と問われたムーアは「両方だ」と答えた(3)。「ユーモアは」とムーアは語る。「現在、進行中の物事について批評するのに最も適した手段だ」。これは彼がいままで一貫して失わなかった、そしておそらく、死ぬまで変えない態度のひとつだ。
 新作は9月に開催されるトロント国際映画祭で初公開される予定。すでにウェブサイトも公開されている(4)。「デモクラシー・ナウ」の日本語版サイトでは、自作について語るムーアの映像が日本語字幕付きで見ることができるので、この機会に見てみてはいかがだろうか。

1)https://www.youtube.com/watch?v=M7Is43K6lrg
2)Guardian 8月6日付http://www.theguardian.com/film/2015/jul/29/michael-…
3)https://twitter.com/mmflint
4)2015年 トロント国際映画祭 http://tiff.net/…/specialpresentat…/where-to-invade-next
5)「デモクラシー・ナウ」日本語版サイトhttp://democracynow.jp/video/20100705-9

井上二郎
上智大学英文科卒業。「映画批評MIRAGE」という雑誌をやっています(休止中)。文化と政治の関わりについて(おもに自宅で)考察しています。趣味は焚き火。

 

 


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