”イラン映画”と聞いて巨匠アッバス・キアロスタミ監督や現在日本で新作『サイの季節』が上映されているバフマン・ゴバディ監督を思い浮かべる人が多いでしょう。その詩的で観る者を別世界へと誘うイラン映画特有の作風とは裏腹に、政治社会的なメッセージが込められている事にお気づきでしょうか? 例えば、1987年製作の『友だちのうちはどこ?』で友を探す少年は、1979年に勃発したイスラム革命や後8年間続いたイランイラク戦争(1980年ー1988年)でそもそも存在しない答えを必死に追い求めるイランそのものを表象しているようです。

 

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バフマン・ゴバディ監督の新作『サイの季節』はイスラム革命(1979年)後逮捕されたクルド系詩人の生涯を詩的に表現した作品ですが、これは実在のクルド系詩人サーデグ・キャマーンギャルをモデルにしています。サーデグは、1979年に政治犯として刑務所に入れられ、27年間孤独と拷問に耐えました。刑務所で苦しむ彼を支えたのは彼の自由そして詩を待っている支持者や家族の存在だったのでしょう。しかし釈放された彼が直面した現実は、政府によって彼の訃報が発表された事で家族そして支持者の記憶からとっくに消されてしまい「過去の人」となっていた自身の姿でした。サーデグは、刑務所の外での自身の不在そして耐えてきた苦しみの空しき結果を受け入れられず再び苦しみの渦に呑まれます。 サーデグのように、イスラム革命から36年後の現在、革命当時戦い苦しんだ活動家や表現者たちの記憶は徐々に薄れてしまっていますが、宗派や民族を取り巻く問題は未だ解決されていません。監督はサーデグの生涯を通して私たちにもう一度この問題に立ち向かうことを促します。「サーデグ・キャマーンギャルやその他政治犯として昔も現在も刑務所で苦しんでいる人々の事を考えたとき、『サイの季節』のストーリーが自然と沸き上がってきました」と監督は語ります。 さらに、『サイの季節』でクルド系詩人を演じるイラン人俳優ベヘルーズ・ヴォスギーは、イスラム革命前のイラン映画には欠かせない名俳優でしたが、革命直前にアメリカへ渡って以来イランへは帰国していません。彼もまた、サーデグのようにイスラム革命後のイランの歴史から消されてしまった伝説の俳優であり自身の置かれた状況をサーデグの人生と重ねて演じたのでしょう。

 

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そしてここ数日、イラン国内で話題となっているのが国際的名女優ファテメ・モタメダリアの新作『Yahya didn’t keep quiet』(ヤフヤーは沈黙を破った)のテレビ用予告編からファテメの姿、声、そして名前までもが消されているのです。ファテメは親日家で知られていますが、彼女は2009年に始まった不正大統領選挙に訴えるGreen Movementの支持者でありそのため長い間イラン国内での女優活動が禁じられていました。しかし近年、穏健派で知られるロハニ大統領政権下で文化活動の取り締まりが緩和されると共に、女優としてのファテメの活動がイラン国内でも認められつつあります。ファテメ・モタメダリアの久々の登場、そしてテレビでの彼女の不在は、ロハニ大統領政権下で核協議が最終合意に達したことで世界でのイランの立ち位置が変化しつつある状態を投影しているように思えます。

 

 

参考: 『サイの季節』:http://rhinoseason-espacesarou.com 『Yahya didn’t keep quiet』:https://youtu.be/tcqAlmo3RzA

Sevin
中東地域の現代アートに詳しい。東京フィルメックスにボランティア及び運営スタッフとして2011年から関わる。国際社会における映画および現代アートの影響力に関心がある。facebookページ「アートな中東」を運営。


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