[254]フランスのシネフィル・アイコン、シネマテークを去る


[254]フランスのシネフィル・アイコン、シネマテークを去る 
– 第七芸術に仕えたセルジュ・トゥビアナの偉大な実績とは –

最近フランスで反響を呼んでいる映画界のニュースの一つは、セルジュ・トゥビアナのある発表だろう。7月6日、氏はシネマテーク・フランセーズを2015年の12月31日で辞任する意向を自身のブログにて発表した。

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セルジュ・トゥビアナは日本で耳にすることはあまりないかもしれないが、フランスでは言わずと知れた存在だ。その理由の一つは、彼がパリジャン・シネフィルの集うシネマテークの館長であるからだろう。シネマテーク・フランセーズとはフランス政府から援助を受けている文化施設で、映画作品の保存、修復、配給を目的とし、4万本以上の映画作品、資料や物品を所有し、それらを公開している。2005年に新しくパリ12区ベルシー地区に開館されたシネマテークには上映室、博物館、展示室、本屋、図書館があり、2年ほど前から1階の改装を終え、「大人は判ってくれない」レストラン(le restaurant Les 400 coups)も開設された。“アンリ・ラングロワ”、“ジョルジュ・フランジュ”、“ジャン・エプスタイン”と名付けられた三つの上映室で毎日綿密に組まれたプログラムを上映し、一人の映画作家を取り上げた展示会を開いたり、プロの批評家や映画作家、俳優などを迎えてシネ・クラブを行ったりするなどして、精力的な施設となっている。

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そんなシネマテークも創設者のアンリ・ラングロワが1948年に運営を始めて以来、多くの変容や移転を経験してきたが、2003年に大きく体制が変わってからこの場所を率いていたのはトゥビアナだった。トゥビアナは1949年チュニジアのスースに生まれ、1971年からパリ第三大学ヌーヴェル・ソルボンヌにて映画を学ぶ。1973年から1981年にかけてセルジュ・ダネーと共に「カイエ・デュ・シネマ(フランスの映画批評誌)」の編集長を勤め、以降ダネーが新聞社リベラシオンに移ってから2000年まで同誌をまとめてきた。この雑誌は50年代に後のヌーヴェル・ヴァーグを代表する映画作家や批評家たちによって創刊され、「作家主義」を掲げることで画期的だったが、70年代になると左翼的政治色が濃く、姿勢も先鋭化し、発行部数が停滞した。この低迷期に、内容をもっとシネマに軸を沿えたものに革新して、雑誌を存続させた功績の一部を担っているのはトゥビアナだ。2003年シネマテークのディレクターに就任してからも、その傍らジャーナリストや映画批評家としてフランス映画界で長く活躍してきている。

シネマテーク事業に着手してから13年間、トゥビアナがその徹底的な改善のために精を費やすのをやめたことはなかった。彼が常に抱いていたヴィジョンは、もっと多くの観客に対して開かれた空間をつくるということだった。現在のシネマテークの姿について本人は以下のように述べている。

「シネマテークを一新させ、その機能を現代化し、2005年に新しくベルシーに腰を据える、それから観客の枠を広げる。これらすべての任務全体に意味と一貫性を与えるには、時間が必要でした。とりわけシネフィリックな要求に応えることを放棄しなかったことで、この施設、コレクション、プログラムや展示会、そして若い層に向けた活動について幾人もの外国の訪問者たちから感謝と敬服の念を受け取ったでしょうか。来年80周年記念を迎えるシネマテークにとって感動的なことです。」

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さらに自身が築き上げてきたシネマテークへの眼差しを語る。

「こうして振り返ると、私の務めは成し遂げられたと感じています。しかしそれを務めや義務のように感じたことは一度もありません。むしろ喜びであり共有するという感覚でした。シネマ、そしてシネマへの愛とは、共有され伝染されうる情熱です。シネマテークはこの価値を体現するのに理想的な場となっています。たくさんの若者や子ども、ティーンエージャー、素質のあるシネフィルが、シネマテークのガラスのドアを通り、教育的なアトリエへ行ったり、または“ラングロワ”上映室でバスター・キートンの映画を発見したりすることよりも、嬉しいことはありません。」

今までの10数年で彼が達成してきたことを踏まえると、今回の決断は自然なものだったようだ。

「これは長いあいだ熟考し、多くのことを考慮に入れて出した私の穏やかな結論なのです。何か他のものへ挑戦したいという欲望です。それは私にとって、シネマのために書くということでした。その欲求はずっと感じていましたが、時が過ぎていきました。こうして私は13年近くシネマテークのディレクターを務めることになりました。「[40年君臨していた]アンリ・ラングロワと比べる気はもちろんありませんが、もう少しで新記録でしたね!」

今年66歳を迎えるトゥビアナは先月2015 – 2016年のプログラムを発表し、そこにはマーティン・スコセッシとガス・ヴァン・サントの展示会も控えているようだ。シネマテークに通い、映画を観て育っていく今の若い世代のフランス人にとって、トゥビアナは親とでも呼べる存在であるかもしれない。海外の映画監督や国内で知名度の高くない作家の紹介を行いながら、暗い映画館のなかだけに収まらない、シネマを通じたコミュニケーションを可能にした文化外交官としてのトゥビアナは、それまで一部のシネフィルにしか縁のなかったシネマへの扉をもっと多くの一般の人へも開いた。そんな彼が今後どのような進展を見せるのか非常に期待が募る。シネマテーク後は執筆活動に専念したいと述べている氏であるが、日本でも彼の著作や仕事が評価される日を待ちたい。

1) http://www.cinematheque.fr/
2) http://blog.cinematheque.fr/
3) http://www.lemonde.fr/…/serge-toubiana-quitte-la…
4)http://www.gala.fr/…/serge_toubiana_la_fin_d_un_regne…
5) http://www.lesinrocks.com/…/serge-toubiana-le…/

 

保坂瞳
上智大学外国語学部フランス語学科所属。都内のとある映画館スタッフ。ときに宗教学。『ドリーマーズ』のような生活を夢見てパリに行くが、どこまで成就したのかは分からない。好きなものは抽象名詞。

 

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