時代を越えて、人々を惹きつけて止まない歌手、ニーナ・シモン。1933年にアメリカ南部の貧しい黒人家庭のもとに生まれ、ジャンルを越えたその天才的な音楽センスと類稀なる歌声で世界を席巻。60年代に公民権運動に積極的に参加、様々なメッセージを込めたシニカルで大胆な素晴らしい楽曲を数多く残し、乳ガンで2003年に息を引き取るまで、精神の病を抱えながらも力強く生き抜いた。そんな彼女の歌手という側面だけではない、真の姿に迫ったドキュメンタリー映画、“What Happened, Miss Simone?”が6月26日に米国のNetfilxにて配信が開始された。(*1)

 

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 “What Happened, Miss Simone?”という題名は、アメリカの活動家・詩人のマヤ・アンジェロウによる詩を引用したもの。監督は、これまでにも数々のドキュメンタリー映画を手がけた、リズ・ガルバス。ルイジアナ州刑務所の暴走的な日々の様子を囚人の視点から描いた“The Farm: Angola USA”(1988)や、伝説的チェス・プレイヤー、ボビー・フィッシャーのドキュメンタリー“Bobby Fischer Against the World”(2011)などで高い評価を受けるベテラン監督で、マリリン・モンローの実像に迫った『マリリン・モンロー 瞳の中の秘密』が一昨年、日本で公開された。

 ほとんどの伝記的なドキュメンタリーは、対象に起きた良い出来事と悪い出来事を年代順に並べ、誰かが対象について褒めたり業績を讃えたりする映像を入れ込んだ、四角四面の表現で作られていることが多い。しかし、本作は、ニーナ・シモンという複雑な人物を、実に手の込んだ方法で描いた力作だ。Netfilxによる初のオリジナルドキュメンタリー映画であるこの作品は、インタビュー映像と同じくらい、生前のアーカイブ映像を数多く用いながら、シモンの音楽のキャリア、激しい家庭環境、人権活動家としての役割などを捉えている。(*2)

 

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 先日、IndieWire誌に掲載された監督へのインタビューを簡単に要約したい。

 

伝記的なドキュメンタリー作品を、このように時間軸を無視して作り上げるのは容易なことではなかったと思います。シモンは、激動の人生を送りました。彼女のような人物を一つの作品に落とし込めるのに不安や抵抗はありませんでしたか?

 

−−− このような企画に着手するときは、信念と、ある種の思い切りが必要だと思います。しかし、確かにニーナ・シモンのような影響力のある偉大なアーティストを描くときには、正しく理解しなくてはならないという強い責任感を感じます。私は、誰かの全ての伝記的詳細を取り込んできちんと理路整然としたものを作ることよりも、真実から導き出される、その人物の物語の核心を描くことに関心があるのです。

 

ええ、もちろんそうですよね。だからこそこの作品が素晴らしいものになっていると思います。この作品は、‘これがあって、そのあとこれが起こって、そのあとこれが起こる’などという風に作られていませんから。

 

−−− そうですね、それととてもアーカイブ的な視点からアプローチしていったというのも良かったと思います。何十時間にも及ぶ、自分自身の物語を語る彼女の声を聞き、その声を頼ることができたのです。彼女の言葉に導かれながら作品を作りあげました。

 

作品を作り始めたときに、アーカイブ的な素材や資料に依存することになると知っていましたか?

 

−−− それがゴールであり、私が求めていたものであると十分に分かっていました。作り始めたとき、私はYoutubeで探せる限り全てのニーナの映像を見ました。彼女はとてもパワフルで、これらの映像に無理に手を加えたりしない方がいいのではないかと感じたのです。もちろん、作品を作り上げる際に何かしらのストーリーやメッセージや視点を主張することになるのは間違いないのですが、映像そのものが語る力が強いので、できるだけそうした方が良いと思いました。以前監督したボビー・フィッシャーの作品では、彼が引きこもりがちな人物であったこともありこうしたアーカイブが少なかったので、こんなに沢山のニーナの姿があってとても幸運でした。「ああ、全部を見つけ出して、使わなくちゃ!」と思いましたね。

 

アーカイブ映像を集めるときに大変だったことはなんですか?資料は家族からの提供だけだったのですか?そういった作業はどのように進んでいったのでしょうか?

 

−−− 実は、ほとんどのアーカイブ映像は家族から提供されたものではありません。彼らは沢山の素敵な手紙や写真を提供してくれましたが、ほどんどの素晴らしい発見は、第三者からの提供によるものでした。作品のなかで使われている、ニーナが自分のことを語っている音声インタビューは、ニーナと同じ時間を過ごしたジャーナリストやライターからの提供ですし、ネブラスカ大学の学生や、80年代に彼女と親しくしていたサウス・カロライナの女性などからも素晴らしい映像素材を提供していただきました。そしてもちろん、初期の頃のラジオインタビューの音源もありました。

 

だれかアーカイブ的なエキスパートや研究者を雇ったりしたのでしょうか?

 

−−− プロデューサーのエイミー・ホビーはとても優れた人物です。少数のスタッフを雇ってはいましたが、主に彼女と私が映像集めを行いました。研究者を雇うこともできましたが、正直に言えば、未だ見つかっていない映像がカギだったのです。例えば、私のお気に入りの映像の一つに、1968年にニューヨーク大学の学生が撮った映画の中に登場するニーナのコンサート映像があります。エイミーは飛行機に飛び乗り、フロリダに住むこの映画をプロデュースした男性のもとに向かいました。何時間も話し込んで、協力してもらうことに成功しました。熱心さが一番大切なのです。同じように、スイスに住む女性が沢山の写真を所有しているという情報が入ると、現地へ向かい彼女に会いに行き、資料を提供してもらいました。Netfilxの経済的な助けもあり、これらの作業を続けることが出来ました。

 

Netfilxはどんな時点で製作への参加が決定したのですか?あなた方がアプローチしてのですか?それとも、彼らがプロジェクトの存在を知ってアプローチしてきたのですか?

 

 

−−− まず、Radical Mediaがこの作品の製作会社でした。そして、早い時期に私たちは多くの見込みのある投資家に話をしていたのですが、最初からNetfilxはとても乗り気で参加に積極的でした。だから、そうですね、Netfilxが非常に支援に熱心であったことに間違いはないと思います。

 

Netfilxのドキュメンタリー映画界への参加は、ドキュメンタリー映画監督にとってどのような変化をもたらしたと思いますか?

 

−−− 別の市場や、販売経路を持つのは良いことだと思います。彼らは実に戦略的にドキュメンタリーを製作しています。そして、業界で働く現役の映画製作者にとっても、とても素晴らしいことだと思います。もちろん、競争は良いことです。

 

その通りですね。ニーナの話に戻りますが、初めに彼女の物語に心を奪われたのは特に何だったのでしょうか?

 

−−− この作品に取り掛かろうとした最初の頃は、私はただの彼女のファンでした。Radical Mediaがこのアイデアを持ちかけてきて、興味を持ちましたか?と聞かれたので、彼女のファンとして、もちろんやりたい、と思いました。しかし、物語はどうしたらいいか分かりかねていました。何故なら、私は彼女の音楽は知っていたけれど、彼女の物語は知らなかったからです。けれど、彼女について調べ始めると、この物語にはパワーとドラマと政治的関係性があることに気がつきました。そして、どんどんとのめり込んでいったのです。

 

この映画はあなたの過去の作品とどのような繋がりがあるのでしょうか?

 

−−− 過去の作品で扱った問題を、ニーナは全て経験していたと言えるかもしれません。彼女の人生には、アメリカの奴隷制度の遺産、女性アーティストとしての存在、天才のみにしかわからない苦悩など、様々な要素があります。改革的思想と力を持って、境界や差別を破壊するかのごとくひた走った彼女の姿には、今まで私が興味を持って描いてきたものの全てが詰まっています。

 

この作品を作る上で、一番困難だった部分はどこですか?

 

−−− ニーナは、様々な人々にとって大切な存在です。そして、沢山の人が彼らなりの確固たる彼女についてのビジョンを持っています。なので、私たちは、まず先入観を捨てて、彼女についての全ての情報をフラットに学び、聞きました。彼女の娘や、夫や、音楽業界の求めるような形ではなく、誠実に物語を語っていくことが大事であると思ったのです。

 

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最後に、野心的な伝記的ドキュメンタリーを作ろうとしている映画監督にアドバイスなどはありますか?

 

−−− 自分に正直になることが大切だと思います。そして、その正直さを一緒に作る仲間と共有すること。先入観を持たずにその人物について調べていくと、様々な事実が浮き上がってきます。だから、そういったグレイなエリアに光をあてる意欲を持つことが、本当に重要です。自分の表現したいことに正直に、その人物について知る人々の声にしっかり耳を傾けることが、いい作品につながっていくと思いますよ。

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  今まで、長編のドキュメンタリー作品で語られることのなかった、ニーナ・シモン。彼女の波乱に満ちた人生を描き、本国では賛否両論のこの作品。(*3)日本での公開、または秋に日本に上陸するNetfilxでの配信を期待したい。Netfilxの参入により益々活発になりそうなドキュメンタリー映画界が、楽しみである。

 

 

*1) http://www.billboard.com/articles/review/6605767/nina-simone-documentary-what-happened-miss-simone-review

*2)http://www.indiewire.com/article/heres-how-oscar-nominated-filmmaker-liz-garbus-brought-nina-simone-to-life-20150626

*3)http://blogs.indiewire.com/shadowandact/the-irresponsibility-of-what-happened-miss-simone-20150629

松崎舞華 日本大学芸術学部映画学科3年 。猫も好きだけど犬派、肉も好きだけど魚派、海も好きだけど山派。普通自動車免許(AT限定)所持。得意料理: たらこスパゲッティ。趣味: 住宅情報サイト巡り


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