[215]東西ドイツ懐古映画の変容


[215]東西ドイツ懐古映画の変容

ゆっくりと国際化するベルリンの街で、「壁のあった都市」への回顧意識が強まっている。ドイツ映画界のメインストリームで、分割時代のドイツへの回顧志向が再熱し、『素粒子』などで知られるオスカー・レーラーの最新作、『ヒッピーは終わり パンクはサイコー』(原題„Tod den Hippies. Es lebe der Punk“)は1980年代西ベルリンを舞台にした映画と、『デッサウ・ダンサーズ』(原題”Dessau Dancers”)は同時代の旧東ドイツの都市であるデッサウを舞台に、ブレイクダンスカルチャーを描く映画が相次いで公開される。

統一後、『グッバイ、レーニン!』など、旧東ドイツをある種神格化して回顧する傾向は「オスタルギー」(ドイツ語で東を表すオストとノスタルジーを足した造語)と呼ばれ、ドイツ映画界ではある種ジャンル化している。そこに対抗して2000年代から、旧西ドイツを回顧する「ヴェスタルギー」の時流が台頭した。
しかしながら、この二者の関係に現在少しずつ変化が訪れているようだ。
今年公開の二作を比較して比べてみたい。

・東ドイツ 『デッサウ・ダンサーズ』
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ヤン=マルティン・シャーフはデッサウを舞台に東ドイツにおけるヒップホップカルチャーの軌跡を描く。
東西ドイツ時代、音楽やダンス、服装など西のポップカルチャーは東に入りにくかったが、80年代半ば、ヒップホップとブレイクダンスは東ドイツに輸入されていた。アメリカ映画、『ビート・ストリート』の影響だ。この映画が東で上映が許された背景には、プロデューサーが「DDRのおともだち」市民権活動家のハリー・ベラフォンテだということがある。
ニューヨークの黒人青年が資本主義社会の中で自分たちのクリエイティビティを発揮し戦うというこの作品が、どうしてこんなに共産主義国家の若者たちに響いたのかは謎である。
老人は自分の若かりし頃の文化をなつかしむものだ。当時はインターネットもなかったので、若者にとって学校がすべての情報源で、そこでカルチャーが生まれたのだ。
東ベルリンの文化の中心はアレクサンダー広場だった。そこのテレビ塔から流れてくる西側の音楽番組を見て、若者たちはヒップホップカルチャーへの理解を深めていった。当時、少年たちはもののなさからクリエイティブだった。自分でアディダスのマークを靴に書いて、パンツにゴムを入れて工業ロボットの観察をしてその動きをダンスに取り入れていた。踊る場といえば国営ディスコや青年クラブだったが、それでも大人気だった。
こういったストリートでの文化の発展というのは、自由という概念に対する若者の興味を深めていった。特に「自由にダンスをしたい」という気持ちはどんどん大きくなっていった。『デッサウ・ダンサーズ』のなかでも、そういった欲望はアクチュアルな問題として描かれている。道端で踊っていると、警察に補導されてしまうことだってあるのだ。
デッサウ・ダンサーズは単なる「オスタルギー」映画ではなく、DDR社会を批評的に描いているのだ。(*1)

・西ドイツ(西ベルリン) 『ヒッピーは終わり パンクはサイコー』

Blixa-Bargeld-(Alexander-Scheer)-Nick-Cave-(Matc-Hosemann)-und-Robert-(Tom-Schilling)

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レーラーは『いやなやつとしての私の人生』(原題“Mein Leben als Aggenarsch“)という彼の新作小説のなかでも、80年代初めの西ベルリンにおける神格化された場所(シューネベルク地区のヨーク橋にあったバーといったような)を描いている。
レーラーの新作映画、『ヒッピーは終わり』も、同時代の物語だ。アインシュトゥルツェンデ・ノイバウテンのリーダー、ブリクサ・バーゲルドやニック・ケイヴらの青春を描く。彼らは作中、時間を示すものである時計を壊して回る。「おれはベルリン中の時計を壊すぜ、時、つまり死の概念を壊すんだ。」と言いながら。
オスカー・レーラーもジョン・ウォーターズの『ピンク・フラミンゴ』のように悪趣味演出を使うが、そういった演出はピープ・ショー的な興味を惹くことを目的としているわけではなく、現代ドイツ文学の古典である『ベルリン、アレクサンダー広場』のなかで、デーブリーンが引用した黙示録の『娼婦バビロン』のパロディーなのだ。そういったばかばかしい雰囲気が当時のベルリンのリアルだったのだ。
売春婦、移民、ドラッグ、などの西ベルリンのサブカルチャーと、作家であった彼の両親の影響を受けた当時のハイカルチャーも、レーラー自身の自伝的な登場人物の関係の中で描かれる。1968年の西ドイツのギムナジウム(ドイツの高校、知識層が行く)を舞台に、国家への政治批評意識の目覚めや、「パンク」精神の興隆を語るこれらの小説、また映像作品は、西ベルリンを「空虚な都市」として象徴している。(*2)

壁のあった時代をなつかしがる人は多いが、そういった感覚は今日の傲慢でしかなく、ドイツ映画界は過去の自省傾向に向かいつつあるのかもしれない。

*1)https://www.freitag.de/autoren/jochen-schmidt/trimm-dich
*2)https://www.freitag.de/autoren/michael-angele/ich-mach-euch-den-tod-kaputt

藤原理子
World News 部門担当。上智大学外国語学部ドイツ語学科4年、研究分野はクリストフ・シュリンゲンズィーフのインスタレーションなどドイツのメディア・アート。上智大学ヨーロッパ研究所「映像ゼミナール2014」企画運営。ファスビンダーの『マルタ』のような結婚生活をおくることを日々夢見ております。


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