映画産業は2010年代を通じて今までになく変化した。変化の波は未だ収まらず、2020年代の終わり頃には映画がまだ健在でいるのか、またどんな形になっているのかを予言するのも難しい。ただ、次の十年のことはその時に考えるとして、今回は2010年代と映画産業を簡単に振り返ってみたい。以下はBBCが10年代を振り返るにあたって挙げた10のポイント(1)を中心に、他のメディアの考察等を付記したものになる。

1.ストリーミングが主流になった

Netflixがストリーミングを始めたのは2007年、対象デバイスをiPhoneなどに拡大したのが2010年だった(2)。また、2015年までは自ら作品を制作することもなかった。しかしその後、NetflixとAmazonは質よりも量を重視しするような姿勢でいながら、10年代を代表する優れた作品の公開に関わった。Amazonは『マンチェスター・バイ・ザ・シー』、『ビューティフル・デイ』、『Cold War 二つの心』に関わり、Netflixは『ROMA/ローマ』、『マリッジ・ストーリー』、『アイリッシュマン』に関与している。もっとも、誰もがストリーミングを受け入れたわけではない。カンヌ国際映画祭は、映画館で上映されていない作品を選考対象にしようとしなかった。また、DVDやBlu-rayディスクの購入にこだわる人々も存在する。

2.(仮想)現実の脅威

コンピューターによって生成されるイメージは今や何も新しいものではないが、その使われ方は新しいと言っていいだろう。昨年だけでも、我々は映画の中で若返ったサミュエル・L・ジャクソンや、アーノルド・シュワルツェネッガー、ウィル・スミス、ロバート・デ・ニーロを目撃した。それ以前にも、デジタルで再現されたキャリー・フィッシャーが映画に登場したりした。

他の技術進歩で言えば、『ホビットの冒険』に見られたフレームレートの増加や、VR技術の発展などがある。VRについては、ベネチア映画祭でVR部門が設けられるに至った。

映画の技術面に関しては、The Guardianが2009年に公開され、興行収入のトップに立った『アバター』をきっかけに、しばらくの間、大作映画が3Dで作られるようになったことを指摘している。他にも、CGの多用など、テクノロジーを全面的に映画に活かす流れを作ったのも『アバター』であり、歴代興行収入リストを上位から見ていくと、30番の『ジョーカー』まで、CGを駆使した作品が並んでいるという。(3)

3.多様性ある社会へ

2014年、リドリー・スコットが古代エジプトを描くにあたってクリスチャン・ベイルなどの白人を配役し、ハリウッドの「伝統」に倣っていたのに対して、時代は確実に変化していた。2015年のオスカー候補作品が多様性に欠けていたことが、#OscarsSoWhite(白すぎるオスカー)運動につながり、日本人役にスカーレット・ヨハンソンを配役した『ゴースト・イン・ザ・シェル』に非難が集まったり、ディズニーが『モアナと伝説の海』の声優を選ぶ際にポリネシアのルーツを持つ人を迎えるなどの慎重さを見せた。

また、『クリード』、『ブラックパンサー』、『スパイダーマン:スパイダーバース』のヒットが、プロデューサー達に白人のスターでなくても観客を惹きつけられるのだということを思い出させた。『ムーンライト』がアカデミー賞に輝き、メキシコ人の映画監督はオスカーの常連になった。人種差別を題材にした映画も多数作られた。今やはオスカーは「白すぎ」ではない。

4.未来は女性にあり

ワインシュタインの事件と同時期にMe TooやTime’s Up運動が起きた。これらの運動は単に映画界における性的虐待を止めようとするに留まらず、賃金の不平等や、表舞台に立つ機会の不平等、その他の構造的な性差別に取り組んだ。また、ワインシュタインの事件以前から、アクション映画の主人公を女性に据える動きなども出ていた。『LUCY/ルーシー』、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』、『ハンガー・ゲーム』などがその例だ。その後も、映画祭やスタジオが男性監督作品と女性監督作品のバランスを取ることを約束した。事態はゆっくりとだが、着実に変わってきている。

5.ディズニーの10年

映画史は、2010年代をディズニーの10年として記憶するだろう。古い作品群の活用は畏怖の念を覚えるほどだ。毎月に渡ってライブアクションが使われ、『マレフィセント』や『アラジン』など古いアニメーションがリメイクされた。しかし、ディズニーの最大の手腕は、他社の知的財産を貪るように手に入れたことだった。特に重要だったのが、『スター・ウォーズ』と『マーベル』の権利獲得だった。その結果、10年代の興行収入上位10作品のうち、8つの作品がディズニーのものとなった。マーベル作品4作品に、スター・ウォーズ2作、ピクサーが1作、そして自社による『アナと雪の女王』の8作品である。また、ディズニーは20世紀フォックスを買収し、独自のストリーミングサービスも開始した。2020年代もディズニーの覇権は続くだろう。

6.スーパーヒーローが世界を制した

今や、フォックスのX-MEN、ソニーのスパイダーマン、ワーナーのDCコミック関係作品の公開なくしては、月日は過ぎないように思える。しかし、これらの作品群も、マーベルスタジオの作品群には及ばなかった。マーティン・スコセッシやイーサン・ホークのようにマーベル作品を認めないというならば、SNS上に結集する「アベンジャーズ」に備える必要すらある。

一方、『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』や『ドクター・スリープ』なども、実際は別のジャンルの皮を被ったヒーロー映画だ。また、あらゆるスタジオがマーベルに倣って、異なる作品を同一の世界線上に展開する「シェアード・ユニバース方式」を採用し始めている。

Filmの指摘によれば、これは2012年に公開された『アベンジャーズ』の影響が大きく、DCコミックスなどヒーロー映画のみならず、『ワイルドスピード』などにも波及したとのことだ。そうした結果、大作映画が今まで以上に支配的な状況になったという。(4)

なお、最近では『ドン・キホーテを殺した男』の公開を控えるテリー・ギリアムがマーベル作品に苦言呈したことが話題になった。発言の主なポイントは、ヒーロー映画が、人々にヒーローとなり価値のあることを成し遂げろというメッセージを発しているように感じ、そこに違和感を覚えていることと、マーベル作品のような大作が莫大な予算を使ってしまうため、中・小規模の作品の予算確保等が難しくなり、映画の多様性が損なわれていることへの懸念などだった。(5)

7.ホラー映画の復活

2000年代はホラー映画にとって不遇の年月だった。『ソウ』とその続編の成功が、恐怖よりも残酷描写を見世物にする作品の量産を招いたのだ。また、『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』はファウンド・フッテージ型ホラーのフォロワーを大量に産んだ。更には、『フレディvsジェイソン』など、ホラー映画の古いキャラクター達を、新たな観客に売り込もうとする安っぽい企画が無数に現れた。

一方、2010年代では、ホラー映画は比較的安価な予算で制作できる上、挑発的な物語によるオリジナルのドラマを展開できる唯一のジャンルとして、批評家や観客に歓迎された。例えば、『ウィッチ』、『イット・フォローズ』、『クワイエット・プレイス』、『Raw~少女のめざめ~』などが挙げられる。

オリジナルの物語といえば、2010年代の興行収入トップ10は全てが続編や、過去作のリメイク・リブートなどで占められていることがわかる。スター・ウォーズ3作品に、マーベルが4作品、あとの3作も『ライオン・キング』、『ジュラシック・ワールド』、『インクレディブル・ファミリー』だった。(6)

8.ロマンティック・コメディの不幸な結末

ロマンティック・コメディは1990年代まで繁栄し、2000年代に上手くいかなくなり、2010年代には消えてしまった。束の間、男性同士の恋愛を描いた「bromantic comedy」や、女性同士の恋愛を描いたものに取って代わられたが、これらも徐々に消えていってしまった。

ハリウッドの優先リストからコメディそのものが除外されてしまったのである。例えば、2004年を振り返ると『ショーン・オブ・ザ・デッド』、『チーム★アメリカ/ワールドポリス』など、映画業界が面白がらせることに真剣に取り組んでいたことが伺える。しかし、2010年代はベン・スティラーなどのコメディ俳優がヒューマンドラマに移り、コメディ監督はTVや政治的なドキュメンタリー、ヒーロー映画に移っていった。2006年には『トラブル・マリッジ カレと私とデュプリーの場合』というコメディを撮っていたルッソ兄弟

は2016年に『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』を監督した。

ハリウッドのコメディが今後作られなくなるわけではない。しかし、特筆に値するコメディはよりダークでかつ奇妙になり、アメリカ以外の国でしばしば撮られるようになった。『ロブスター』、『アノマリサ』などは、あなたを笑わせはするだろうが、それは今ひとつ落ち着かないもので、引きつったものだろう。

9.事実は映画よりも奇なり

2010年代は『アクト・オブ・キリング』や『シュガーマン 奇跡に愛された男』など、ヒットを飛ばすノンフィクション作品があった。しかし、2000年代の『ボウリング・フォー・コロンバイン』や『スーパーサイズ・ミー』に比べたら、これら作品のヒットは取るに足らないものだった。ドキュメンタリーの新たな居所は、殺人事件が何百とあるエピソードの中で語られるポッドキャストになった。ハリウッドが実話を語ろうとするときは、統計を加えたり、第四の壁を破ったりと、派手でポストモダンなドキュメンタリー・ドラマの形を選択する。こうした映画は、従来表記されてきたテロップ「実話に着想を得た作品です」という言葉で形容するにより相応しいことを意味するのだろうか?『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』や『アメリカン・アニマルズ』などの作品を例に判断すると、答えは否だ。ただ、それらはもっと楽しいものといえる。

10.お馴染み「世界の終わり」

2000年代は荒廃した世界を舞台にした終末映画で幕を閉じた。『ザ・ロード』や『アイ・アム・レジェンド』、『ゾンビランド』などだ。『マッドマックス 怒りのデス・ロード』を代表に、2010年代もこうした映画が多くあることに変わりはない。多くのSF映画監督も未来に対して暗い見通しを持っていたようだ。『オブリビオン』、『エリジウム』、『インターステラー』などがその例で、いずれも私たちに故郷の星を捨てて、別の太陽系に移住するか、豪奢な宇宙施設で暮らすようなことを提案してくる。私たちの世界は、映画に描かれたものほど酷くはないと思うのだが、どうだろうか。

参考

(1)http://www.bbc.com/culture/story/20191205-film-in-the-2010s-the-decade-that-changed-cinema-forever

(2)https://interestingengineering.com/the-fascinating-history-of-netflix

(3)https://www.theguardian.com/culture/2019/dec/26/from-avatar-to-joker-how-much-has-culture-changed-since-the-start-of-the-decade

(4)https://www.slashfilm.com/movies-that-defined-the-decade/

(5)https://www.indiewire.com/2019/12/terry-gilliam-marvel-movies-don-quixote-interview-1202197447/

(6)https://screenrant.com/most-earning-films-decade/

 

貳方勝太 (にのかたしょうた)迷える社会人。大学在学時は映画の制作に耽るなどして徒らに過ごし、現在は重度のヘヴィ・メタル好きが高じて作曲に手を出す。好きな監督はハル・ハートリーやマルコ・ベロッキオなどなど。文化に触れる時間を確保するのが日々の課題。


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