今回のワールドニュースはバルト三国エストニアから、国内では独立以来の大ヒットを記録、国際的にも注目が集まるタネル・トゥーム監督の新作『Truth and Justice』を紹介したい。

今作はエストニア国内で26万7千人以上の動員を記録し、『アバター』の19万4千人の記録を破った。国内人口が130万人であることを考慮すればかなりのヒットである。(2)

そんな歴史的ヒットを生んだ今作の監督を務めたのは現在37歳のタネル・トゥームだ。トゥームは2010年の『The Confession 』で学生アカデミー賞外国語映画賞をとり、その後アカデミー賞短編映画賞にノミネートされたことで国際的な関心を集めた人物だ。彼の最新作『Truth And Justice』 は12月19日、アカデミー賞の前哨戦とも言われるサテライト賞で、ポン・ジュノの『パラサイト 半地下の家族』、アルモドバルの『Pain And Glory』、セリーヌ・シアマの『Portrait Of A Lady On Fire』等を抑えて外国語映画賞を受賞した。アカデミー賞ノミネート作品の最終候補リストにも残っている。

今作のプロデューサーを務めたエストニアの映画製作会社Allfilmのイヴォ・フェルトは「『Truth and Justice』 の国内の反応は非常によく、普遍的なストーリーは世界を渡り歩く力を十分持っている。現在は国際市場に目を向けている」と話す。フェルトは2014年にアカデミー賞にノミネートされたザザ・ウルシャゼの『みかんの丘』(2013)にもプロデューサーとして関わっている人物だ。(1.3)

 

 

国内ヒットのカギは原作に

1870年のエストニア。若く活力に満ちた青年アンドレスと妻のクルートは、新しい生活を始めようと、ローンで購入した農場Robber’s Riseに到着する。その地は家族が安心して暮らせる場所になるはずだった。しかし、待ち受けていたのは厳しい自然と運命、意地の悪い隣人ペアル。一家には様々な仕事と堅実さが要求されるのだった。この生活が、夢見ていた成功よりもむしろ苦難に満ちたものだとわかった時、アンドレスは、法廷、居酒屋、聖書の中に、真実と正義(truth and justice)を必死で探し求める。自分の家族や友達、最終的には自分自身をも犠牲にし、Robber’s Riseの繁栄という彼の夢は、現実の影に深く沈んでいく。(4:Allfiim公式サイト)

この物語は、エストニアの作家アントン・ハンセン・タマサーレの1926年の同名の小説をベースに、法と聖書に従って人生を歩もうとするまっすぐな性格のアンドレスと、自分なりの善悪の基準でアンドレスの人生に試練を与える意地の悪い策略家ペアルの、24年間にわたるライバル関係を描いている。(2.3)

 

映画の国内でのヒットは原作の知名度を反映しているという見方もあるだろう。原作は学校教育でも扱われているほどで、エストニアでは誰もが知っている小説だ。しかしトゥームによれば、実際550頁にも及ぶ手に取りにくい小説でもあり、この本を避けて通る生徒もいると言う。「学校ではこの本をうまく避けてきたが、気後れがあったので、しまいには10年間にわたってその本を携帯することになって、エストニアを発つ時になってようやく読みはじめ、ロンドンの国立映画テレビ学校にいる時に学びました。」「鮮明に覚えているんです、この本を読み終わった時、脚本を書いてこれを映画にしたいと思いました。」 

彼はプロデューサーのフェルトに連絡してこのプロジェクトについて話を進めたが、二人とも金銭的な負担が非常に大きいことに気が付いた。しかし、それから1年ほどたった2012年、エストニア独立100年を記念したコンペティションで、長編7本に金銭的な援助が与えられることになった。 エストニア文学の金字塔を映画化しようというこの企画は、その中でも最もふさわしい候補となり、国から250万ユーロの助成金を受け取ったのだ。 今作はエストニア史上、最も高額な製作費をかけた映画の一つとなった。(2)

製作においては原作の知名度ゆえの苦労もあった。この小説を避けてきたエストニアの人々でも物語に登場するキャラクターのことは知っているため、このような象徴的な役柄のキャスティングが難しいものになるということは、監督のトゥームも理解していた。様々な方法で相性を鑑みた結果、アンドレス役に抜擢されたのは無名の俳優プリート・ルーグ(Priit Loog)だった。「観客が彼に対して先入観を抱かないように、あまり名の知れていない人物がよかった。」トゥームは言う。一方、より屈強でずるがしこいペアル役にはプリート・ヴイゲマスト(Priit Võigemast)が選ばれた。「この役には他にも適任の候補者がいて、プリート(ヴイゲマスト)には危うさがあったが、かえってアンドレスと対等に、対称的に配置できるキャラクターになった。」(2)

主役の二人の農夫は虚構の村に住んでいる設定だが、実際には全国24か所で撮影され、それらが一つの場所であるかのように繋ぎ合わされている。また、この物語において決定的な要素である時の移り変わりを表現するために、撮影は2017年の4月から2018年の8月にかけて、75日間にも及んだという。ある晩の撮影では気温が—25℃にまで落ち込み、機材が凍り付いたため、泥の中、トタラクターでカメラを引っ張らなければならなかったという。 (2)

 

 

エストニアから世界へ

海の真ん中、軍の拠点に置かれたセットは、映画内の広大な牧草地とは対称的だ。トゥームはアメリカの映画を観て育ったが、「タルコフスキーとベルイマンの作品がもう自分の体中に染みついていて、それらが混ざり合っている。」と話す。(2)

今作の制作に関わったドイツの映画製作会社Films Boutiqueのジャン=クリストフ・シモンは、インタビューの中でこの映画について次のように述べている。

印象深くとても感動的なドラマだが、この映画はアメリカにおける開拓者の精神、アメリカに限らず、家族の生き残りをかけて土地の「支配」をめぐる闘争を余儀なくされた人々の姿を捉えている。そしてまた、現代に生きる我々がどのように土地との繋がりを失ったのかを示しているという点で、とても現代的な映画でもある (5)

また、Hollywood Reporterでは次のように評価されている。

2時間以上、たっぷりと時間を使った今作には、時おりテンポの遅さや繰り返しの表現が見られるだけでなく、ストックキャラクターや目の覚めるようなメロドラマに大きく頼っており、サブプロットやちょっとした役の描写がとても薄い。特に国内で公開されたものよりも16分短い国際的なバージョンでは、原作がほのめかしている教条的なピューリタニズムへの批判は少し迷走している。 だがそれでも、くすんで古びた世界に生き生きとした命を吹き込むことには大方成功している。キャストは皆一様に力強く、特に(主演の) ルーグやヴイゲマストは両者とも、健康的で若々しい開拓者から、年老いた偏屈な男まで、説得力のある変化を成し遂げた。とりわけ、視覚的にも贅沢なこの北欧の大河作品の、蝋燭に照らされた魅惑的なセットや壮大な景色、地上空高くからのショットや心が躍るようなファンファーレの鮮やかさには、昔ながらのワイドスクリーン映画にあったような、目や耳に直接訴えかけてくる楽しみがある。『Truth and Justice 』は大掴みな作品だが、その背景は美しく丁寧に描かれる。(6)

 

今作は、10月の釜山国際映画祭にて行われたワールドプレミアの後、 タリンブラックナイト映画祭にて再びエストニアで上映された。2020年に向けて各国の映画祭での上映が予定されており、今後の国際的な配給に関心が集まっている。さらにトゥームは現在、英語でのSF長編映画『Gateway 6』の撮影を控えている。ドイツ、イギリス、エストニアといった様々な国が製作に携わっているだけでなく、オルガ・キュリレンコやレオ・ズーター等、国際的なキャストにも注目だ。(2.7)

 

 

(1)https://www.screendaily.com/news/films-boutique-to-sell-estonias-oscar-shortlisted-drama-truth-and-justice/5145841.article

(2)https://www.screendaily.com/features/estonian-director-of-truth-and-justice-on-his-record-breaking-film-and-oscar-submission/5145213.article

(3)https://www.cineuropa.org/en/newsdetail/369821/

(4) http://allfilm.ee/work/truth-and-justice/

(5)https://deadline.com/2019/12/oscar-shortlisted-estonian-epic-truth-and-justice-sales-deal-films-boutique-1202812531/

(6)https://www.hollywoodreporter.com/review/truth-justice-1264670

(7)https://www.imdb.com/title/tt5153956/?ref_=nm_knf_t4

 

小野花菜
現在文学部に在籍している大学2年生です。趣味は映画と海外ドラマ、知らない街を歩くこと。


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