チリにおける移民労働者をテーマとし、ドキュメンタリーの企画として開始された『Lina from Lima』は、ミュージカルとドキュメンタリーとをとりむすぶコメディー映画であり、マリア・パズ・ゴンザレスの長編フィクション映画デビュー作である。本作は、今年のトロント映画祭に出品されている。ドキュメンタリーからミュージカルへと移行していく演出は珍しいことのように感じられるが、Another Gazeによると、彼女の過去のドキュメンタリー作品においてもまた政治的および個人的な真実を強化するために音楽の人工性artificialityを用いているという。[1]

『Lina from Lima』 (2019)

映画あらすじ

 リナが母国ペルーを離れ、チリのサンティアゴで裕福な家族の家政婦として働くようになってから10年が経った。この仕事は、リナが質素な生活を送るのに十分な金銭的余裕と、息子ジュニアへと送金するのに十分な金銭的余裕をもたらした。ジュニアは彼女が不在のあいだに小さな子どもから青年へと成長した。クリスマスが間近に迫るころ、リナは遅ればせながらついにリマへと戻る準備をする。重要なことは、ジュニアがリナと再会するよりも、本物のサッカージャージを手に入れることの方が気がかりであるように見えることだろう。そのうえ、リナの銀行口座は、雇用者が新たに設置した蓄えが彼女の監視下において予期に反して被害を被った場合に流出する危険にさらされているのだった。

 機知に富んだヒロインが危険と失望に満ちたシナリオを導き、ストーリーテリングにおけるゴンザレスの観察的なアプローチは、われわれに外国人の独身女性による重労働の日常を垣間見させる。[2]

 

マリア・パズ・ゴンザレスとは

 マリア・パズ・ゴンザレスは1981年、チリのテムコに生まれる。チリ大学でドキュメンタリーライティングと映画制作を学んだあと、2004年からは様々なオーディオヴィジュアルプロダクションの分野で仕事をする。2005年、子どもたちのオーケストラをテーマに監督したドキュメンタリー『First of sll(Antes que todo)』で、1997年にパトリシオ・グスマンが設立したサンティアゴ国際ドキュメンタリー映画祭(FIDOCS)で審査員特別賞を受賞。母と娘が親戚を探すためにチリを縦断するドキュメンタリー『Daughter(Hija)』(2011)は、彼女の最初の長編ドキュメンタリー映画であり、2011年のサンティアゴ国際ドキュメンタリー映画祭でのベストドキュメンタリー賞をはじめ数々の賞を受賞。現在はアルシス大学映画学部の講師も務めている。

マリア・パズ・ゴンザレス

本作について

 ゴンザレス監督の長編デビュー作である『Lina from Lima』のユニークさは、上述のとおり、あいだに挿入されるミュージカルの要素であるだろう。監督は、ミュージカルを挿入した理由について、「ドラマの負荷をかけることなく内なる世界を探索する方法」[3]として用いたのだという。チリにおいて、それとは全く異なるペルー音楽のリズムを響かせること、それによってペルー人のアイデンティティを表現しようとしているのだという。またゴンザレス監督は、これまでの映画界並びに美術界が男性中心で女性の視点が欠けていることに対して批判的であり、フェミニストとしての映画づくりを模索している監督でもある。インタビューにを取り上げたい。

 

監督インタビュー

映画監督を目指したきっかけについて

 子供のころ、私は物語を聞くのが好きでした。しかし私は、その物語を誰かに話すとき、いつもその物語を変化させていることに気づきました。私は自分が嘘をついていたとは思いませんが、同じ物語に戻ることはありませんでした。それがとても楽しかったのです。そうしたことは、母からもたらされたものだと思うのです。母は毎晩私に同じ話を読み聞かせ、いつもエンディングとキャラクターを変えていました。

 私はいつも映画が好きでしたが、しかし自分がそれを作ることなど想像していませんでした。子どものころ、私はチリの南部に住んでいましたが、映画製作者として働いている人を一度も聞いたことがありませんでした。女性はなおさらのことそうでした。物語を語ることが好きでしたので、私はサンティアゴでジャーナリズムの勉強をしました。私はそこで、映画を作る人々を見つけ、その世界に熱中してしまいました。私はそこからドキュメンタリーの調査を開始し、驚くべき物語に満ちている世界を発見しました。[3]

 

『Lina from Lima』について

 『Lina from Lima』は、女性労働者、母、移民の世界のへと入り込みます。彼女たちは、他国では同じままにとどまっているあいだ、リマに残されたあらゆるものがどのように変化するかを見ています。この映画は、危機の最初の瞬間の証人です。そのとき、誰かが自分自身を再定義する方法を見つけようとしているのです。[4]

 女性であり、労働者であり、移民であり、母親であることは、私たちがすでにかなり明確に理解している一連の重荷があります。私にとって興味深いのは、それを超えたものを正確に見ることでした。リナの物語は、愛を求める女性の物語ではありません。故郷から遠く離れた自分自身を見つけたいという女性の物語です。彼女は自分が誰であるかを知りたいのです。そして、その闘いにおいて彼女は一人なのです。誰もそれについて本当に理解している人はいないのです。多くの移民たちもまた、彼/女たち自身の闘いにおいて一人です。彼/女たちは出会い、交差しますが、問題を解決するために恋に落ちる必要はありません。私は、他の何かを探している時に交差し、同行する二人の孤独なキャラクターの内なる世界を作りたいのです。[3]

 

美術史における女性について

 私は、美術史に女性の目線が存在しないことが、何世紀にもわたって人間の条件human conditionを表象してきた方法に欠如を作り出してきたと思っています。この事態が変わることは重要であり、それは別のパラダイムから映画を書き、監督することを意味します。マッチョな文化によって構築された固定観念を否定する複雑な女性キャラクターを思い切って探る必要があるのです。しかし、私たちにとってそうした固定観念から抜け出すことは簡単なことではありません。なぜなら文化は私たちが世界を思考する方法を条件づけているからです。[3]

 私はしばしば、性差別的ではない映画をつくろうと試み、また勇敢であるような女性キャラクターを構築しようと試みる男性たちによって書かれ監督された映画を見ていますが、しかし少し詳しく見てみると、そのプロットが男性キャラクターの行動や指針に直接的に依存していることがわかるのです。男性監督たちは、彼らの欲望を中心に展開するのです。こうした物語に疑義を呈し、そのほかの未開拓の物語世界全体を開くことが重要なのです。それは私たちの文化をより多くの階層へと与え、人間存在としての私たち自身を見る方法を豊かにするでしょう。[3]

 

[1]https://www.anothergaze.com/fantasy-without-catharsis-maria-paz-gonzalezs-lina-lima-tiff/

[2] https://www.tiff.net/events/lina-from-lima

[3]https://medium.com/the-muff-society/tiff-2019-interview-mar%C3%ADa-paz-gonzalez-986b214bc123

[4]https://womenandhollywood.com/tiff-2019-women-directors-meet-maria-paz-gonzalez-lina-from-lima/

板井 仁 大学院で映画を研究しています。辛いものが好きですが、胃腸が弱いです。


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