これまでにピノチェト独裁政権の是非を問う国民投票の反対派を描いた『No』(2012)や、ノーベル文学賞を受賞したチリの作家パブロ・ネルーダの生涯を描いた『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』(2016)などを監督したチリの映画監督パブロ・ララインの新作『エマ(原題:Ema)』が、現在開催されている第76回ヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門において8月31日に初上映された。本記事では、最新作である『エマ』について、監督のインタビューを交えて紹介したい。

 ヴェネツィア映画祭の公式Webサイトによると、本作品はエマ(マリアーナ・ディ・ジローラモ)という20代後半のレゲトンダンサーの物語であるという。あらすじは以下の通りである。エマは振付師である恋人のガストン(ガエル・ガルシア・ベルナル)とのあいだに、7歳の少年ポロを養子として迎え入れる。しかし、ポロがエマの妹の顔にやけどを負わせてしまったことをきっかけとして、エマはポロを再び手放してしまう。しかしやがて、エマはポロとの再会を望むようになり、ポロを取り戻す策略を練る。ポロは現在、弁護士のラケルと、彼女の夫アニバルと一緒に暮らしているという。そこでエマは、二人のそれぞれを誘惑する計画を立てるのだった。

 『エマ』で描かれる主人公エマは、自由で生き生きとした、これまでにはない新たな女性像であるというが、たとえばThe Guardianはヨルゴス・ランティモスを、IndieWireは「『アメリ』と『オールドボーイ』とギャスパー・ノエ」を引き合いに出して説明している。ヴェネツィア映画祭のディレクターであるアルベルト・バルベーラはこの作品を含めた今年の選出作品にみられる女性像について、「男性監督が描くものであるにもかかわらず、女性の世界へと向かう新たな感覚を示し」ており、それが過去には描かれなかったような新たな女性像であることを語った。(しかしこの発言は、男性であるバルベーラによってなされたものであり、彼がコンペティション部門における女性枠の導入を反対したことによって、選出作21本のうち女性監督作がたった2本にとどまってしまったことに対する自己弁護や正当化の言葉として機能しうるものであることは注意すべきだろう)。

Pablo Larraín, by Daniel Bergeron.

スイスのWebサイトであるJ:MAGによると、ララインはこの作品について、簡潔に「人間の身体、ダンス、母性に関する瞑想」であると語ったという。以下、ラライン監督のインタビューをいくつか紹介したい。

『エマ』によって描きたかったこと

「私は、今日における家族とは何であるかという概念を動揺させたかったのです。この家族という概念は、ユニークで驚くべき方法で変化したと考えています。現代の社会に対処しうる、家族の新たな認識が存在するのです。」

スタイルの異なる前作『ジャッキー』(2016)と本作に共通してあらわれる「女性主人公の力」について

「どちらの映画にも、観客が証人になるポイントがあります。そして映画は、観客がその登場人物の証人になるプロセスを証明するものになるのです。どちらのケースにおいても、それはまさに女優に基づいています。映画を肩に担げる人が必要で、彼女(マリアーナ・ディ・ジローラモ)は無限の力を持っていました。彼女の感性、神秘さ、知性、強さは、私にとって絶対的に無限なのです。」

事前に俳優たちに脚本を渡さずに撮影を行なったことについて

「私はマリアーナにこう言いました。「脚本がないので、脚本を見せるつもりはありません。私が脚本を持っていても、あなたには持って欲しくないのです。私を信用してください。」」

「私たちは構成を用意しており、撮影中にさまざまなことを書きましたが、しかしそれは撮影チームに多くの複雑さをもたらしました。撮影が始まってからずっとそうでしたので、私たちは脚本よりも図を用いて撮影に臨み、俳優たちには脚本を秘密にしていました。」

「私たちは撮影日前日になってから俳優たちに撮影シーンを渡しました。そのため、非常に特徴的な役作りがなされました。俳優たちはまさに自分の役柄をコントロールするのではなく、彼らがコントロールするのは、いくつかの人間性の感覚でした」

昨今議論されている「男性の眼差し」と「女性の眼差し」について

「『ジャッキー』のプレスツアーで、「パブロさん、初めて女性に関する映画を製作することについてはどう思いますか?」などの質問を受けました。私はナタリー(・ポートマン)が「なぜこの質問なのですか?」と〔記者へ〕応答したのを覚えています。世界はこの2年間で大きく変化しました。私はまさに特徴的な感性を目撃しており、これらの時代の証人であると感じています。私たちには素晴らしい感性と素晴らしい力があり、それを撮影して映画に収めることができるのです。」

『エマ』以外の作品でも一緒に仕事をしているガエル・ガルシア・ベルナルについて

「ガエルは多くのことを吸収することができ、また素朴で上品な存在であることもできる男性です。彼は複雑な役を演じました。なぜなら彼は、彼を愛する人に恋をするが、しかしその彼女は他の人も愛しているからです。そして彼は、非常に厳格で威厳のある方法でこの家族の一員になるのです。今まで一緒に仕事をした人の中で、ガエルは最も素晴らしい俳優の一人だと思います。彼はとても政治的な男であり、彼の意図や、彼が描き見ている世界は非常に明確です。彼もまたいくらかは私の世代であると思います。ですから、私たちはどちらもエマの証人であり、エマが何をし、エマが何であるかの証人なのです。」

参考URL

https://www.labiennale.org/en/cinema/2019/venezia-76-competition/ema
https://www.screendaily.com/reviews/ema-venice-review/5142411.article
https://j-mag.ch/mostra-2019-ema-de-pablo-larrain-ou-la-crise-dun-quadragenaire/
https://www.indiewire.com/2019/08/ema-review-pablo-larrain-venice-1202170246/
https://www.indiewire.com/2019/07/venice-film-festival-2019-female-directors-1202160990/

板井 仁 大学院で映画を研究しています。辛いものが好きですが、胃腸が弱いです。


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