「僕は多くの人が全人生でやることより多くのことを10分間でやっているんだ」。これは7月25日に米CBSで放送されたトーク番組「ザ・レイト・ショー・ウィズ・スティーヴン・コルベア」における俳優ジェフ・ゴールドブラムの発言です[*1]。もちろんこれはジョークで、司会者のコルベアが「ジェットコースター」のように喋り続けるゴールドブラムについて行けず「話がどこに進むのか予測がつかない。もしかして君に心肺蘇生を施す必要があるかい?」と突っ込んだことに対する返答でした。しかし、ジェフ・ゴールドブラムのここ一か月ほどの活動、露出を目にしていると、この発言があながちジョークでもないように思えてきます。
ジャズピアニストとしても活動する彼は6月末にジェフ・ゴールドブラム&ザ・ミルドレッド・スニッツァー・オーケストラとしてあのグラストンベリーでライヴを行い(そのステージ上で2枚目のアルバムを名門デッカレコードからリリースすることも発表)、7月後半は26日に全米公開された主演映画『The Mountain』(リック・アルヴァーソン監督)のプロモーションのためにテレビや雑誌・WEB媒体などさまざまなメディアに登場。前述のトーク番組だけではなく、ジェームズ・コーデン(日本ではSK-ⅡのCMでおなじみ)の番組で自分の出演映画をネタに盛り込んだラップバトルまで繰り広げています。さらに11月から開始されるディズニーの動画配信サービス「ディズニー+」でホストを務める番組「The World According to Jeff Goldblum」(ナショナルジオグラフィック制作のドキュメンタリー番組)の制作も進んでいるようですし、家に帰れば4歳と2歳の子供の育児にも取り組んでいるというのだから、まさに何人分の人生を生きているんだという多忙ぶりです。今回はそんなエネルギーに満ちた現在66歳の俳優ジェフ・ゴールドブラムの最新のインタヴューから、『The Mountain』やこれまでのキャリア、一緒に仕事をした映画監督などについて語った発言をご紹介します。

ジェフ・ゴールドブラムと言えば、誰もがすぐに思い浮かべるのは『ジュラシック・パーク』や『インデペンデンス・デイ』といった90年代のハリウッド大作での数学者/エンジニア役であったり、『SF/ボディ・スナッチャー』や『ザ・フライ』といったSFホラー作品での宇宙人やハエに変体してしまう姿だと思いますが、もともとは舞台出身で、リー・ストラスバーグ主宰のグループシアター出身で著名な演技教師サンフォード(サンディ)・マイズナーに師事するところから俳優への道を歩き始めたといいます。
「僕は10歳のころから役者になろうと心に決めていて、高校生のときにカーネギーメロン大学の夏期講座に参加したことでさらにその思いを強くした。その夏期講座に講師として来ていたのが俳優のモルデカイ・ローナーで、彼がサンディとともに勉強したことを教えてくれて、そして自分の周りでは一番良い先生だと言うので、サンディのもとを訪ねたんだ。僕が17歳の時だ」[*2]。
「サンディが僕に教えてくれたのはこういうことだった。“誰かをまねるのではだめだ。君自身のユニークなやり方を見つけなければ”。そして彼が僕に与えてくれた唯一のアドバイスはあらゆることをやれということだった。とにかく演じ続けろ、いろいろなことをやれ。うまくいくこともうまくいかないこともあるだろうが、できることは何でもやれ、と言われたよ」[*3]。
その後、ニューヨークで様々な舞台のオーディションを受け、出演していたゴールドブラムが映画の世界に飛び込むことになったきっかけは、彼が出演した舞台を観たロバート・アルトマンからのスカウトでした。
「『El Grande de Coca-Cola』という面白いショーに出演していたときのことだった。プラザホテルの地下にあるプラザ9でそのショーを上演していたんだけど、それを観たアルトマンが電話をかけてきてくれた。そして彼に招かれて初めてカリフォルニアに行ったんだ。到着した日に彼はこう言った。“僕にはある映画のアイデアもあってね。君は舞台で素晴らしかったから、もし嫌じゃなかったらこの夏に一緒にその映画を作らないか。『ナッシュビル』という作品なんだ。君には物静かなバイクライダーのような役をやってほしいと思っている”。それで僕らは一緒にその映画を作ったんだ。あの頃はアルトマンの絶頂期で、彼はエネルギーに溢れていた。勇敢でファンタスティックな芸術家だった。僕らはいつだって良い映画をつくることができる人を心から探しているわけだけど、彼はまさに良い映画を作ることができる人だった。そして彼の仕事のやり方はすごく自由で自然主義的だったね」[*2]。
アルトマンとの出会いをきっかけに本格的に映画界に進出し、様々な映画作家たちと仕事をしていったゴールドブラムですが、彼にとってターニングポイントとなったのがフィリップ・カウフマンの『SF/ボディ・スナッチャー』だったと言います。
「フィルは素晴らしい映画監督だし、何より僕のことを完全に理解してくれた。彼は僕の中にある何かを見つけてくれたと思うし、そのおかげで僕自身もより多くのことを学べた」[*3]。
「サンフランシスコで『SF/ボディ・スナッチャー』を撮影していたときのことだ。僕は特に即興で演技をしたりはしていなかったんだが、ある日ひとつの台詞にちょっとした微調整を加えた。僕が演じる役の妻を演じていたヴェロニカ・カートライトが“どうしてみんな彼ら(宇宙人)がメタルシップで地球にやってくると思ってるのかしら?”と言う場面だ。僕は彼女に“僕は彼らがメタルシップでやってくると考えたことは一度もないぜ”と言ったんだ。するとフィルが“OK。素晴らしい。良いね、このままで行こう”と言ってくれた。彼のその僕への評価、僕がやったことを楽しんでくれたことで、自分が成長できているように思えたし、少しだけ自分自身を信頼できるようになったんだ」[*2]。

『SF/ボディ・スナッチャー』

サンディ・マイズナーのアドバイスに従い、作品を選ばず、いろんな役柄に挑戦してきたゴールドブラムの出演作は映画とテレビドラマだけでも120作品以上にのぼります。そして当然その中には酷評されたり、自分で納得のいかなかった作品もあるでしょう。たとえば『インデペンス・デイ』の続編にあたる2016年公開の『インデペンデンス・デイ: リサージェンス』は、撮影中に脚本が大幅に書き直されるなど制作時から暗雲が立ち込めていたようで、彼自身も「前作は環境活動家だった自分の役柄がどうして国の防衛・軍事作戦の一部を担うようになっているのか腑に落ちなかった」と言います。しかしジェフ・ゴールドブラムという俳優はそれでも「とにかくそれを論理的に納得させられるよう努めたし」、今なお「もっとうまくやれたはずだと思う」[*3]と言ってのける人なのです。
この発言を引き出したインタヴュアー、IndieWireのエリック・コーン氏は、『インデペンデンス・デイ』のようなハリウッド大作への出演が彼の存在を世に知らしめた一方で、「いまなお彼の存在をありふれた風景の中に潜ませたままにする」ことにもなったのではないかと、ポール・シュレイダーのコメントを紹介することで指摘しています。2006年の『囚われのサーカス』で、ホロコーストの生存者が集められた施設で皆を笑わせる道化役でありながら自身も深い闇を抱えた主人公にゴールドブラムを起用したシュレイダーは「ジェフは多才なカメレオン俳優だが、時にそれが損失にもなってきた。彼があまりに簡単に自身のイメージを変えたり、ゆがめたり、逆光で照らしたりしてしまうものだから、観客が彼の存在を真剣にとらえないまま見過ごしてしまうということが起きる。『囚われのサーカス』を観たスピルバーグがメールをくれたんだが、彼はジェフがあれほど深遠なものを表現できることを知らなかったと言っていた。あのスピルバーグさえそうなんだ。つまりジェフは当然与えられるべき評価をいまだ十分には得ていないということだよ」[*3]。

さて、最近の多忙ぶりを見るにつけいまだサンディ・マイズナーの「あらゆることをやれ」という教えに忠実であるようなゴールドブラムですが、ここに来てある変化があったようです。それは「選択」をすること、そしてその選択するという行為自体を楽しむというものです。
「今は僕にとって選択の時代で、それを楽しんでいるところだ。選択を可能にする識別能力を生かすことを楽しんでいるとも言えるのかな。僕は今自分を興奮させてくれることだけをやりたいと思っている。それ以外の時間は家で子供たちと過ごしたいんだ」[*3]。
つまり選択をするようになったらより忙しそうに見えるようになったというわけですが、こうした変化を促すきっかけのひとつが2016年のアメリカ大統領選挙とそれに伴うトランプ大統領の就任にあったそうです。2016年の選挙戦でゴールドブラムは民主党のヒラリー・クリントンを支持し、妻と一緒に彼女のオハイオでの演説集会にも参加しました。結果としてクリントンは敗北しトランプが大統領になったわけですが、選挙が終わった後、彼は妻にこう言ったといいます。「ねえ、僕らが招待されたあの集会に目を向けようよ。あそこで起きていたことは驚きに満ちていた。世界はあの夜にあらゆる面で変わったんだ」[*3]。当時、彼はテレビでも同様の発言をしていました。冒頭で触れたスティーヴン・コルベアの番組が選挙特番をやった時(トランプ大統領の就任が決まった時)にもゲストとして招かれていたのです。その際に彼はこのように発言した後、映画『ノーマ・レイ』の主題歌を口ずさんだといいます。「僕はこの後うんざりしたままでいたくない。“負けたんだから全て時間の無駄だった”なんて言いたくない。僕に言わせればそんなのは愚かなふるまいだ」[*4]。

選択の時代に入ったゴールドブラムが選ぶのは「厳密かつ純粋に冒険心溢れることをやる人たちと仕事をすること」[*3]です。例えば近年度々その作品に出演しているウェス・アンダーソンも彼にとってそういう人物のひとりではないかと思いますが、彼が最近新たに出会った人物&選んだ作品のひとつがリック・アルヴァーソンであり、現在アメリカで公開されている彼の長編第5作にあたる『The Mountain』[*5]です。
『The Mountain』でゴールドブラムが演じるのは、ウォレス・ファインズという医師で、そのキャラクターはウォルター・フリーマンという実在した精神科医をモデルに構築されています。フリーマンは眼窩の骨の間からアイスピックの様な器具を大脳前頭葉部分に到達させ、神経繊維を無造作に切断する経眼窩術式のロボトミー(精神外科手術)を考案した人物で、50~60年代に2000件以上もの経眼窩術式ロボトミーを行ったとされています。しかしその手術は残虐的であるだけでなく死亡率も高く、有名な事例ではこの手術を受けたジョン・F・ケネディの妹のローズマリーは術後に重度の障害を負うことになりました。この映画はそのフリーマンがロボトミーを普及させるために自分の車で全米の精神病院を訪ねて回った旅に着想を得て、ゴールドブラム演じるファインズ医師の姿がその旅に同行した若き助手の視点を借りて描かれています。ゴールドブラム以外のキャストも、その助手を演じるタイ・シェリダンをはじめ、ドニ・ラヴァン、ウド・キアー、ハンナ・グロスなど興味深い顔ぶれです。
ゴールドブラムは自身が演じたファインズ医師というキャラクター、そのモデルとなったウォルター・フリーマンについて以下のように語っています。
「彼は外科手術の資格を持っておらず、その訓練も受けていなかったにも関わらず、ロボトミーを行うために外科医に転向した。彼はロボトミーを外来で行えるようにしたいと言っていた。ファストフードスタイルだね。(中略)当時は良くも悪くも今のようにメディアも発達していなかったから、逃げ去ることもできた。彼は一種の興行師で、スネイクオイルのセールスマンのようなものだったんだ」[*6]。
「フリーマンに関する本や、彼が書き残したもの、彼についてのドキュメンタリーもあるし、彼が実際にロボトミーを行っている様子を映した映像も残っているんだよ。僕らはそれを見て、それを再現しようとした。正確に、確実に彼のようにやろうとしたんだ。実際にフリーマンからロボトミー手術を受けた女性の娘さんとも電話で話して、いろんな話を聞いたりもした。でも結局そうした作業はただの踏切板でしかなかった。リックはこの作品を従来の伝記映画のようにはしなかった。たぶん僕が考えつくようなやり方だと、満足のいかない退屈な映画になっていただろう。でも彼はこの映画を僕が大好きな作品にしてくれた」[*6]。
彼はアルヴァーソン監督のことを「すごく具体的で芸術的なアイデアを持った」人物だと評しています。その一例として挙げているのが映画で身に着ける衣装をめぐるやりとりについてです。
「衣装については早い段階からリックと話していて、ミーティングや本読みの時に自分のクローゼットからこのキャラクターにふさわしいと思える服を着て行ってたんだ。その服のほとんどがただ整理するだけになったし、わずかな服もリックに言わせれば“うーん、それはOKかな”っていう程度の評価だった。一足の靴を犠牲にして、靴屋に持って行って色を塗り替えてもらってわざと古びて見えるようにしてもらったりもしたんだけどね、その靴に関してもリックには “そうだね、そういう感じったかもね”って流されちゃったよ。結局は衣装デザイナーのエリザベス・ウォーンが素晴らしい仕事でリックのアイデアを実現させていった。彼女は1950年代に作られた古着に関するコネクションを持っていて、1954年までの10年間着続けたような1945年製の服を見つけてきたりした。僕らはこの映画の中でずっと同じ靴下を身に着けているんだけど、その靴下は黄ばんで色あせていて、丈が長いのにまったく伸縮性がないからずり落ちてしまう。その靴下が人物像を形成する小さな一部になっているんだ。そういう良いものをたくさん身に着けたよ。シャツは映画のなかで10着ほど着替えたけど、どれも似たシャツなのに色の褪せ方がそれぞれ異なっていた。パレットの上で色が少しずつ変わっていくのを見るような感じでね。すごく気に入ったよ」[*6]。
リック・アルヴァーソンは本作でゴールドブラムという存在を使って「アメリカンドリームの幻想的な側面」を描くことができたと語っています。「ジェフは見事でした。彼は本当にうまくやってくれた。私たちは世界が抱える問題や僕たちを破滅させつつある現代的な幻想に対する興味や好奇心を共有しています」[*3]。「私はかなり戦略的にゴールドブラムという人物を映画から取り除こうとしました。彼の性格によってもたらされるカリスマ中毒、くっきり描かれるキャラクターの輪郭を遮断したかった。そうした戦略がこの映画におけるロボトミーと調和するように思ったのです」[*6]。

『The Mountain』

『The Mountain』でのリック・アルヴァーソンとの出会いによって、ゴールドブラムは共に働きたいと思う人がさらに増えたそうです。「リックは僕を教育して、僕の関心をいろんな人に向けさせている」[*3]。
IndieWireのエリック・コーン氏によれば、彼はアルヴァーソンから俳優として会うべき映画作家として教えられた人物をリストにして、iPhoneに保存しているとのこと。そのリストには、リン・ラムジー、ブリュノ・デュモン、ミヒャエル・ハネケらの名前があり、特にクレール・ドゥニには彼女の『ガーゴイル』と『ホワイト・マテリアル』を観て、会わなければならないと心に決めたそう。またガイ・マディンの『The Forbidden Room』と『The Green Fog』に首ったけになり、彼とは実際に会うことができて新しいスクリプトについて話し合っているところだといいます。
「今はこれまでより多様な選択ができるようになった。僕はこれから自分の最良の仕事ができるような気がしてるんだ。理解力の面だけでなく、それを実践する能力の面でもね」[*2]。
「僕は遅咲きの人間なんだ。もちろん時間を無駄にしてきたわけじゃない。でも見えていない部分がたくさんあったんだ。いまさら何を失う必要があるっていうんだい?」[*3]。

*1
https://time.com/5635095/jeff-goldblum-on-colbert/
*2
https://www.latimes.com/entertainment-arts/story/2019-07-24/classic-hollywood-jeff-goldblums-long-strange-hollywood-journey
*3
https://www.indiewire.com/2019/07/jeff-goldblum-interview-the-mountain-1202161772/
*4
https://www.independent.co.uk/arts-entertainment/tv/news/jeff-goldblum-stephen-colbert-donald-trump-us-election-a7407791.html
*5
https://www.imdb.com/title/tt7950334/
*6
https://www.vice.com/en_us/article/d3na8w/jeff-goldblum-interview-the-mountain-jazz-mildred-snitzer-orchestra
*7
https://www.indiewire.com/2019/07/the-mountain-interview-rick-alverson-jeff-goldblum-1202161333/

黒岩幹子
「boidマガジン」(https://magazine.boid-s.com/ )や「東京中日スポーツ」モータースポーツ面の編集に携わりつつ、雑誌「nobody」「映画芸術」などに寄稿させてもらってます。


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