アメリカ・ジョージア州で施行される可能性のある中絶規制法案に対して、ハリウッドが反発姿勢を強めている。今年5月7日に共和党のブライアン・ケンプ州知事が署名した法案は、胎児の心音が確認出来るとされる妊娠6週目以降の中絶を違法とする内容で(現在連邦法では妊娠24週目までの中絶の権利が認められている)、連邦裁判所により差し止められなければ2020年1月から発効する。当法案は女性が自分たちの身体について決定する権利を侵害するものであるとして国内外で批判の声が上がる中、複数の大手スタジオがジョージア州から事業を撤退させる方針を表明している[#1][#2] 。

最初にコメントを発表したネットフリックスのテッド・サランドス最高コンテンツ責任者は、「法案がまだ発効していない現段階ではジョージア州での撮影を継続するが、撮影を中止する選択をしたパートナーやアーティストも引き続き支援する。中絶規制が現実のものとなった場合は、同州における投資について抜本的に見直す」と同社の方針を説明した[#3]。その後、NBCユニバーサル、ワーナーメディア、CBS放送、ディズニーなどの大手スタジオがネットフリックスを追従する形で同様の方針を表明し、今後この動きが中絶規制法案及びジョージア州にどのような影響をもたらすのか注目されている[#4]。

そもそも、アラバマ州、ルイジアナ州、サウスカロライナ州など保守派が強い他の州でも類似の中絶規制法案が成立している中[#5]、何故とりわけジョージア州が人々の関心を集めているのだろうか。エンターテインメントと聞いてジョージア州の名前を連想する人は少ないかもしれないが、実は、ジョージア州は全米で最も映画やテレビ番組の制作が盛んな州なのだ[#1]。2008年に導入された、最大30%の税額控除を可能とするエンターテインメント産業に対する優遇措置が功を奏し、コンテンツ制作者誘致に成功。2018年度は455の映画とテレビ番組が制作され、90億ドルを超える経済効果がもたらされた。9万2千人以上の雇用創出にも寄与しているエンターテインメント産業は、ジョージア州にとってまさに一大産業である[#5]。

中絶規制法案を押し通すことで州の経済を支える映画・テレビ番組制作が危機に晒されるとなれば、法案についてジョージア州も考え直すのではないかというのが同州での制作ボイコットの狙いだ。しかし、果たしてボイコットは中絶規制法案の発効を阻む上で有効な手段なのだろうか。

昨年のジョージア州知事選に民主党候補として出馬し、ブライアン・ケンプに僅差で敗れたステイシー・エイブラムスは、ボイコットという手段に訴えることは理解出来るが、中絶規制の実現を阻止する上で最も効果的な方法だとは思わないとツイッターを通して意見を述べている[#6]。「映画・テレビ番組制作が撤退しても、中絶規制を進めようとしている者たちへの打撃にはならず、撤退により失業者が増えるだけである(長年共和党が強い影響力を持ってきたジョージア州だが、最近の世論調査によれば市民の60%は中絶を支持している)。ジョージア州に留まり、エンターテインメント産業の持つエネルギーを使って中絶規制反対運動を支援すべきではないか」と彼女は訴える[#7]。

一方、「ハンドメイズ・テイル/侍女の物語」でエミー賞を受賞したリード・モラーノが、ナオミ・オルダーマンの小説「パワー」の実写映画のジョージア州での撮影を中止するなど、中絶規制法案が施行される前の時点で既に同州からの撤退を決めた者もいる。この選択についてリード・モラーノは、ジョージア州の映画産業従事者に対する打撃となり得ることも分かっており苦渋の決断だったことを認めた上で、「女性の基本的人権を守ることが今は何よりも大切だと考えた」とコメントしている[#5]。

ジョージア州議会に対し州で影響力を持つハリウッドが物申す、という事態は今回が初めてではない。2016年3月に同性愛者への差別を許容する内容の法案が成立しそうになった際には、ディズニーとマーベルが撤退をちらつかせ、最終的に当時の州知事ネイサン・ディールが拒否権を発動し、成立が阻まれた。2018年にゲイカップルによる養子受け入れを制限する法案が議会にかけられた際も、大手スタジオがジョージア州での制作をボイコットすると警告したこともあり、法案成立には至らなかった[#3]。今回の中絶規制法案も同様の帰結を迎えることになるのか、あるいは新たな展開が待っているのか、今後もこの問題を注視していきたい。

引用UR
[#1]https://www.bloomberg.com/news/articles/2019-06-08/trouble-in-y-allywood-no-1-film-state-rattled-by-abortion-law
[#2]https://www.nytimes.com/2019/05/07/us/heartbeat-bill-georgia.html
[#3]https://variety.com/2019/film/features/abortion-laws-hollywood-studios-netflix-1203225843/
[#4]https://www.theatlantic.com/health/archive/2019/06/georgia-abortion-hollywood-boycotts/591106/
[#5]http://time.com/5592768/georgia-abortion-law-film-tv-industry/
[#6]https://www.theguardian.com/film/2019/jun/04/georgia-state-hollywood-film-abortion-bill
[#7]https://www.indiewire.com/2019/06/hollywoods-georgia-heartbeat-bill-dilemma-netflix-disney-abortion-boycott-1202148121/


濱口ゆり子
レディースデイの水曜日は全力で定時退社を目指す会社員。映画はメジャー作品からアート系、サイレント映画まで広く浅く。旅先でその土地の映画館に行くことが好きです。自分はどのような角度から映画と関わってゆきたいのか日々模索中。




コメントを残す