エミー賞にもノミネートされた、中国から養子として米国へやって来た少女を追った “I Love You, Mommy” (2010年)、養子縁組制度に焦点を当てた”Tough Love”(2014年)などで知られ、移民やジェンダー、貧困をテーマとするドキュメンタリー映画を発表してきたステファニー・ワン・ブレアル氏の最新長編映画”Blowin’ Up”が、4月5日からニューヨークで劇場公開されている。人身取引、中でも売春が絡む事件を専門的に取り扱うニューヨーク市クイーンズ区の刑事裁判所Queens Human Trafficking Intervention Court(QHTIC)を追ったドキュメンタリー映画で、昨年4月にトライベッカ映画祭でプレミア上映された後、北米最大のドキュメンタリー映画祭Hot Docsを始め、数々の映画祭で上映されてきた話題作だ[#1]。

映画はQHTICのある一日を映し出すところから始まる。集められているのは、働いていた風俗店が警察の手入れで摘発され、売春容疑で逮捕された女性たち。多くがアジア系、アフリカ系、ラティーノといった非白人で、アジア系の女性の多くは中国などからの不法移民である。一人ひとり名前を呼ばれ、裁判長を務めるトウコ・セリタ氏がこれまでの経緯など状況を丁寧に聞いていく。そこに、刑事裁判所と聞いて想像するような冷徹な雰囲気は無い[#2][#3]。

売春で逮捕された場合、通常取り得る選択肢は、有罪を認めて処罰を受け入れるか、判決を不服として争うかの2つ。QHTICは、第3の選択肢を女性たちに提示する点において他の裁判所と異なる。ここでは、規定のカウンセリング講習を受講し、講習修了後6ヶ月以内に再度逮捕されることがなければ、刑罰を科されることはなく、前科の記録も残らない[#4][#5]。

性産業に従事する女性たちは往々にして差別や批判に晒されているが、借金を理由に人身取引の対象となり意に反して売春に関わっているケースなど、彼女たち自身が被害者であることも少なくない。QHTICに特徴的なのは、売春で逮捕された女性たちを犯罪者として断罪するのではなく、そもそも何故彼女たちが売春に関わるようになったのか背景を理解した上で必要な支援を提供し、社会復帰を手助けしようとする姿勢だ[#1]。

特に社会的な題材を扱うドキュメンタリー映画は、強い主張に基づき観る者を特定の方向へ誘導するものが少なくないが、”Blowin’ Up”は制作者側の主観を極力排除し、売春に関わる女性と、彼女たちの更生を支援し、彼女たちの扱われ方を変えようと奮闘する女性たち(トウコ・セリタ裁判長をはじめ、QHTICを運営するスタッフはほぼ全員が女性である)の様子を観る者に対して淡々と提示する[#1]。

このような語り方の手法に関して、ステファニー・ワン・ブレアル監督は次のように述べる。「QHTICのスタッフたちは売春で逮捕される女性たちを自分たちが救っていると考えているわけではない。あくまで司法制度の中で動くことしか出来ず、かつ既存制度には欠陥も多いが少なくとも何も制度が無いよりはましだという現実の中で、少しでも状況を改善しようとしているのが現状。作り手の視点が混ざることで、救う者/救われる者という誤った見られ方に陥いることなく、制度の中で働く一人ひとりがジレンマも抱えていることをありのまま見せたかった」[#6]。

題名にもなっている”Blowin’ Up”とは、スラングで売春から足を洗うことを指す。監督のステファニー・ワン・ブレアル氏とQHTIC裁判長のトウコ・セリタ氏は共に両親が移民のアジア系アメリカ人であり、非白人の視点からアジア系アメリカ人女性たちが(特に非白人の)女性と人身取引を巡る問題に関して果たす重要な役割について語られる映画が作られたことを、トウコ・セリタ氏は「とても良いアイディアだと思う」とインタビューにおいて語っている。また、ステファニー・ワン・ブレアル監督は、「性産業に関する従来とは異なる視点をこの作品から得ることが、この問題について考えるきっかけになれば」と映画への思いを語っている。セックスワーカーを巡る新たな司法の在り方に光を当てた”Blowin’ Up”は、観る者全てに示唆を与える作品と言えるだろう[#1][#6]。

引用URL:
[#1]https://static1.squarespace.com/static/5a9d810f266c070da35d6098/t/5c7d6a1af9619a98a552e9dd/1551723035024/2019+BLOWIN%27+UP+Press+Notes.pdf
[#2]https://www.indiewire.com/2018/04/blowin-up-review-sex-trafficking-documentary-1201956158/
[#3]https://www.nytimes.com/2019/04/04/movies/blowin-up-review.html
[#4]https://bust.com/movies/194443-in-blowin-up-women-work-to-change-the-way-we-prosecute-arrested-sex-workers.html
[#5]https://www.nytimes.com/2014/11/23/nyregion/in-a-queens-court-women-arrested-for-prostitution-are-seen-as-victims.html?module=inline
[#6]https://www.rollingstone.com/culture/culture-features/blowin-up-sex-workers-humans-not-criminals-817345/

濱口ゆり子
レディースデイの水曜日は全力で定時退社を目指す会社員。映画はメジャー作品からアート系、サイレント映画まで広く浅く。旅先でその土地の映画館に行くことが好きです。自分はどのような角度から映画と関わってゆきたいのか日々模索中。



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