3月上旬の公開以降上映館を増やし続けているアルフォンソ・キュアロン監督の作品「ROMA/ローマ」。1970年代メキシコシティでのキュアロン監督の自身の体験を元に、家政婦として働くクレオ(ヤリッツア・アパリシオ)と、とある一家族の物語を、奥行きある非常に柔らかなコントラストの美しい映像で描いている。俳優に関して1年近くオーディションをしていたが、実際に教師になるために勉強していた主演のアパリシオは姉に連れられてオーディションに行った時に、アルフォンソ監督のことも映画のことも知らず、人身売買されるかと思ったと語っている。撮影はアパリシオ含め職業俳優でない人々が多く起用されているため、脚本の順番通りに撮影されて行った(1)。作品上映に際しては昨年のベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞するも、カンヌ国際映画祭コンペティション部門では上映中止、アカデミー賞ではスピルバーグ監督が、配信ベースの作品はエミー賞がふさわしいとコメントを出し議論となっているが、先に投稿されたIndieTokyoの記事でその経緯を詳しく紹介しているのでそちらも合わせて読んで頂ければと思う(2)(3)(4)。「ROMA/ローマ」の映像は基本的にワイドレンズで撮られているが、フレームの内外や、その手前と奥行きに別々の出来事が発生して、1ショットの中にいつくもの物語を内包しているように見える。今回はキュアロン監督が何を目指して演出と映像を掛け合わせていったのか、その撮影意図と技術に関してご紹介出来ればと思う。

 

経歴を簡単に振り返ると、アルフォンソ・キュアロンは1961年11月28日、メキシコシティに生まれた。幼い頃から映画を好きになり、将来の夢は映画監督か宇宙飛行士になることだった。キュアロンは友達と遊ぶからと母に外出許可を取っていたが、実は映画館に通っていたという。12歳の誕生日にカメラを買ってもらってからは、身の回りのものをなんでも撮影し皆に上映して見せていた。その後、映画製作を学ぶためにメキシコ国立自治大学・映画学科に入学。そこで長期にわたって後の右腕となる撮影監督エマニュエル・ルベツキ(5)(「ゼロ・グラビティ」「バードマン」「レヴェナント」など史上初の3年連続アカデミー撮影賞受賞等)と出会い、学生映画を共に作り始めることとなる。しかしこの監督・撮影コンビで撮影した映画「復讐するは我にあり」は舞台がメキシコでありながら英語のみで撮影されていたため、教授たちの怒りを買い最終的にアルフォンソは退学させられる事となった。もう2度と映画界に関われないと思った彼は家族を養うため博物館で働き始めたが、友人の紹介でTVドラマのケーブル配線係として雇われることとなった。その後助監督を経て数本のテレビドラマを撮影や監督し、初の長編映画「最も危険な愛し方」を撮影監督ルベツキと共に作り、トロント国際映画祭で数々の賞を受賞。それがシドニー・ポラックの監督の目に止まり、アメリカに呼ばれ「Fallen Angels」という連続ドラマの1本の監督を任される事となった。その後は20世紀フォックスと契約し「リトル・プリンセス」「大いなる遺産」を監督。「天国の口、終りの楽園。」トゥモロー・ワールド」「ゼロ・グラビティ」などを経て「ROMA/ローマ」を制作しベネチア国際映画祭金獅子賞、アカデミー外国語映画賞、監督賞、撮影賞等数々のタイトルを受賞する事となった。(6)

 

当初「ROMA/ローマ」は撮影監督エマニュエル・ルベツキと共に撮影する予定だったという。「学生時代から僕らは映画を作る上でもっと時間が欲しいと思っていた。ロケハンなどの撮影準備期間は6ヶ月で、撮影期間もポストプロダクションの時間も、よりもっと多く欲しいと思ったんだ(最終的に撮影は108日間で、映像の色調調整等で973時間{約6ヶ月間の作業}かかった)。その結果、ルベツキの事前に決まっていた次の映画撮影とスケジュールがぶつかってしまうことが分かり、彼は参加出来なくなってしまったんだ(5)。それが撮影開始の2週間半前だったんだけど、彼の勧めもあり自分で撮影も担当し、基本的には1台のカメラで撮影することにしたんだ。」カメラとして採用されたのはARRI社のALEXA65で、シネレンズPRIME65を付けて撮影された。ALEXA65は65mmフィルム(5パーフォレーション)に近いセンサーサイズを持ったカメラで非常に広い画角とダイナミックレンジを合わせ持っている(7)。「ハイコントラストの古典的なモノクロ映画ではなく、過去の眼差しを持った現代的なイメージにしたかった。なるたけ自然な光の階調を作ってワイドレンズで撮り、深い被写界深度を得るためにも、家の中の撮影では多くのライトを窓外離れた所に多く配置した。ワイドレンズだから家内にあまりライトを置けないからね。家外から照明を反射させたり、ディフューズさせたりして柔らかい光を家内奥まで入れ込んだ。海辺で主人公クレオが子供達を助ける長回しのカットも、演技を撮影した後、背景の太陽と空をレンズの絞りを暗くして俳優なしで空舞台を撮影しているんだ。俳優に明るさを合わせて撮影すると空は白飛びしてしまうからだ。その背景映像を後で画面分割し合成処理ではめ変えているのだけれど、映像が白飛びや黒く潰れてしまうような、ほんとに細かな画面上のディテールが失われることも避けた。カメラ手前で起きる出来事と背景の出来事の関係性を意識して作ったからなんだけど、登場人物達は社会の一部であって、社会は個人で構成されているように、お互いがお互いに影響しあっているからね」と語る。撮影はカメラの広いダイナミックレンジをより活かすためにカラーで撮影し、ポストプロダクションでモノクロへと変えた。カラー撮影することによりブルースクリーンなどを使った合成処理ができるようになったが、黒から白のグラデーションの中で全て表現しなくてはならない映像には注意したという。「ルベツキに”バードマン”や”レヴェナント”で使っていた映像の色調の基本となるデータ(LUT : Look Up Table)を借りたんだけど、それをモノクロに変換するにあたり少しコントラストをつけて柔らかく自然なトーンを目指した。ただ注意しなくてはいけなかったのは、見た目ではすごく美しい色に見えるけど、モノクロ映像上ではただの均一なトーンのグレーに見えたりする。本当は、僕が昔住んでいた家の床のタイルは黄色がかっていたんだけど、モノクロに変換すると明るすぎる白に写ってしまうから、タイルに緑色を塗って落ち着いたグレーになるようにしたんだ。濃い赤やオレンジ色もモノクロ上では黒になってしまうから、色を薄くしたりして人物や家の中の物、背景のグレーの濃度が画面上で差別化できるように衣装も美術セットの色も撮影上は注意して選んだ」(8)。

 

撮影後、完成された映画をみたエマニュエル・ルベツキ撮影監督は素晴らしかった、今まで見た中で最も好きな映画の1本になった、と称賛しているが撮影方法には驚いたという。「とても複雑な俳優たちの動きを、ダンサーを撮るように撮影している。でも必ずしも人物の動きに合わせているわけではなく、別のテンポでカメラを動かして、複雑なジャズの曲のように全体を構成してるね。カメラが物語を再検証しているような気がして、でもそれが何か感情を生み出していて力強さを感じる。何かを描くためにカメラが存在しているというよりも、映像それ自体が映画になっている気がしたよ。でも僕と映画を作る時と違い、俳優に対してほぼ平行にカメラを置くことが多かったのは何故なんだろう」とアルフォンソ・キュアロンに問うている。監督は「なるたけ客観的な視線を持った映画にしたかったんだ。幽霊になって過去を覗き込むように、何かを判断したりコメントを付け加えたりすることなく、見ていたかったんだ。過去の出来事それ自体が雄弁だからね。俳優の動きやカメラワーク、効果音までも事前に脚本の段階で書き込んでいたんだけど、それらの動きががとても複雑だったから、脚本を読んだ他の映画スタッフには初め冗談かと思われたけどね」と答えている(9)。

 

冒頭ファーストカットで、舞台となる家の車庫のタイルに水が巻かれ、その反射で空が映像上に現れ、数秒後その空の中を飛行機が通過していく映像や、映画中盤の学生デモ隊に対する虐殺を2階の窓越しに捉えた映像など、背景と手前、窓外窓内など異なる空間が1カットの同時間軸の中で突如出現しは消えていく。変容する異空間の出現と混在化自体が映画において物語となっていく、その複雑な演出含めスクリーンで「ROMA/ローマ」を見るとより興味深い発見があるかもしれない。(10)

 

(1)https://www.youtube.com/watch?v=zy-RE76XDgM&t=36s

(2)http://indietokyo.com/?p=9743

(3)http://indietokyo.com/?p=11007

(4)http://indietokyo.com/?p=11061

(5)https://www.imdb.com/name/nm0523881/

(6)https://www.imdb.com/name/nm0190859/bio?ref_=nm_ql_1

(7)http://arrirentalgroup.com/alexa65/

(8)https://ascmag.com/magazine-issues/january-2019

(9)https://www.indiewire.com/2018/12/roma-emmanuel-lubezki-alfonso-cuaron-cinematography-1202028167/

(10)https://www.youtube.com/watch?v=etaHLicW0p4

 

<p>戸田義久 

普段は撮影の仕事をしています。

https://vimeo.com/todacinema

新作は山戸結希監督 「21世紀の女の子ー離ればなれの花々へ」、吉田照幸監督「マリオ AIのゆくえ」、ヤング・ポール監督 映画「ゴースト・マスター」等。CM/ユニクロ/ 映画「かぞくのくに」「私のハワイの歩きかた」「玉城ティナは夢想する」/ ドラマ「弟の夫」「山田孝之のカンヌ映画祭」「東京女子図鑑」等


コメントを残す