父親がすすめる結婚を、娘は他に思いを馳せる人がいるのだと拒む。衝突を乗り越えながら、段々と家族は娘を受け入れてゆく―。今年2月にインドで封切られた新作映画 “Ek Ladki Ko Dekha Toh Aisa Laga(訳: 彼女を目にした時に感じたこと)”は、禁じられた恋という古典的な題材がお決まりの歌や踊りと共に描かれる、ボリウッド映画の王道と言うべき作品である。主人公の娘が恋に落ちた相手が、男性ではなく女性であるという点を除いて[#1]。

これまでも、LGBTQの人々が登場する作品が無かった訳ではない。しかし、“Ek Ladki Ko Dekha Toh Aisa Laga”は、レズビアンの恋を描く初のボリウッドメジャー作品であり、ボリウッドのスター俳優を起用しているという点において、画期的な作品として捉えられている。主人公の娘は日本でも昨年公開された「パッドマン5億人の女性を救った男」で記憶に新しいソーナム・カプール[#2]が、父親は「スラムドッグ$ミリオネア」でクイズ番組の司会者役を務め世界的に知られるようになり、ソーナム・カプールの実の父親でもあるアニル・カプール[#3]が演じており、スター親子の初共演作品としても注目を集めている[#1]。

インドではつい最近、LGBTQの人々を巡る司法の大きな動きがあった。英国植民地時代から存続する刑法に基づき、インドでは150年以上の長きに渡って同性同士の性行為が法律で禁じられていたが、成人間の合意に基づく性行為は違法ではないとする判決を昨年9月に最高裁が下したのである。それまでも成人間の合意に基づく性行為であれば同性同士でも実際に罰せられることは稀であったものの、法律上は量刑の上限が終身刑の違法行為とされていた。これに対しLGBTQコミュニティが正当な権利を獲得すべく長年闘い続けた結果、ようやく勝ち取った判決だった[#4]。

しかし、これで全て解決したわけではない。法律が変わったのは大きな一歩だが、社会を本当の意味で変革するための道のりはまだ始まったばかりだ。“Ek Ladki Ko Dekha Toh Aisa Laga”がデビュー作となる監督のシェリー・チョプラ・ダールは、「次は人々の意識を変えていく必要がある」と語る。この映画の役割を彼女は次のように説明する。「映画は第一にエンターテインメントでなければならない。誰も説教じみた映画を観たいとは思わない。だから、この作品をまずエンターテインメントとして成立させた上で、観客に善悪を伝えるのではなく、映画の登場人物を通して描かれているものを体験してほしい」。ちなみに本作品の脚本を監督と共同執筆したガザル・ダリワルはトランス女性であり、映画で描かれる感情のリアリティは彼女自身の経験によるところが大きいという[#1][#5]。

人々の意識を変えるためにこの映画で工夫されていることは他にもある。そのうちの一つ、映画の舞台設定について監督はこう話す。「同性愛は西洋的な思想であり、現代的な暮らしをする人々の話であるという固定観念を壊すため、あえて物語の舞台をデリーやムンバイといった大都市ではない場所に設定した。小さな町を舞台にすることで、登場人物がごく平均的なインド人であるように見せたかった」。また、同性愛の描写を見慣れていない観客に急に多くを見せ過ぎると本来伝えようとしているテーマから観客の関心が逸れる懸念があると考え、物理的な描写は排した上で表現することを選択したという[#5]。

先に登場した「パッドマン5億人の女性を救った男」は生理というインドではタブー視されてきた題材を正面から扱うなど、ボリウッドでは近年、これまでタブー視されてきた題材を取り上げる映画の制作が相次いでおり、“Ek Ladki Ko Dekha Toh Aisa Laga”もそのうちの1本と位置付けられる。しかし、映画が自由に上映出来る時代になったのかというと必ずしもそうではない。国内外の作品を問わずいまだに検閲は厳しく行われており、最近の例を挙げると、ゲイの男子高校生が主人公のアメリカの学園ラブコメ「Love,サイモン17歳の告白」が上映禁止になった[#6]。また、こうした作品は俳優の確保も容易ではなく、2016年に公開された「カプール家の家族写真」(日本では2016年のインディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパンにて上映[#7])では、俳優としてのイメージが傷つくことを恐れゲイの役を引き受ける俳優が見つからず、最終的にパキスタン人俳優ファワード・カーンがキャスティングされることとなった[#1]。

とはいえ、ボリウッド界にタブーに切り込もうとする潮流が生まれてきていることは確かであり、“Ek Ladki Ko Dekha Toh Aisa Laga”のような作品が生み出されたことは喜ぶべきことだろう。ボリウッドが今後より多様化し、これまでの常識に縛られない映画がさらに多く制作されることを期待したい。


“Ek Ladki Ko Dekha Toh Aisa Laga”の予告編はこちらから(英語字幕のみ)[#8] 。

引用URL:
[#1] https://www.theguardian.com/world/2019/feb/01/pioneering-bollywood-lesbian-romance-opens-in-india

[#2] https://www.imdb.com/name/nm2128238/?ref_=nv_sr_1

[#3] https://www.imdb.com/name/nm0438463/?ref_=fn_al_nm_1

[#4] https://edition.cnn.com/2018/09/06/asia/india-gay-sex-ruling-intl/index.html

[#5] https://indianexpress.com/article/entertainment/bollywood/ek-ladki-ko-dekha-toh-aisa-laga-shelly-chopra-dhar-5569868/

[#6] https://www.theguardian.com/film/2018/jun/22/from-vibrators-to-gay-kisses-how-bollywood-embraced-the-taboo

[#7] http://iffj.jp/assets/img/data/files/IFFJ2016flyer.pdf

[#8] https://www.youtube.com/watch?v=pKcamCgBvMo


濱口ゆり子
レディースデイの水曜日は全力で定時退社を目指す会社員。映画はメジャー作品からアート系、サイレント映画まで広く浅く。旅先でその土地の映画館に行くことが好きです。自分はどのような角度から映画と関わってゆきたいのか日々模索中。


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