2020年2月24日にミューザ川崎シンフォニーホールにて、FILM SCORE PHILHARMONIC ORCHESTRA(通称:フィルフィル)の第7回目の公演「SUPER HEROES」が行われた。このコンサートのプログラムの中心は、DCコミックスやマーベル・コミックを原作としたハリウッド映画の音楽であったが、それだけでなく日本のヒーローたちをテーマとした音楽も含まれていた。

フィルフィルの練習は、基本的に指揮者を務める奥村伸樹さんと、代表と音楽監督を務める戸田信子さんの指導のもとで行われる。奥村さんは、ところどころで歌うように指示をする。それは楽譜を正確に把握して演奏するためだ。また、コンサートマスターを務めるヴァイオリン奏者の金子昌憲さんが、実際に自分の演奏を聴かせてアドヴァイスをする。フィルフィルのオーケストラは、指摘されてた箇所をすぐさま演奏に反映させる。そして、演奏される一音一音は確かな変化を遂げていくのだ。戸田さんは、その上達の理由は「素直さ」にあると述べている。後の練習では合唱団が加わり、石塚幹信さんがその指導を担当した。ゲストプレイヤーには、ギター奏者として佐田慎介さん、パーカッション奏者としてよしうらけんじさんが招かれた。
フィルフィルにとってコンサートとは、「創作」していくものであると考えられるのではないだろうか。限りなくオリジナルの近づけるための創作だ。
まずそれは、オリジナルスコアを入手することから始まる。パンフレットで戸田さんは、映画音楽の演奏権をクリアして、オリジナルスコアを手に入れることは非常に困難なことであると書いている。そのような状況の中で、ハリウッドとウィーンでサウンドトラックに関わる人たちからのサポートによってそのスコアの入手が実現しているのだと。しかし、それだけではなく、それは何より戸田さんの尽力によるところが大きいといえる(この点の詳細については過去の拙文を参照)[#1]。
フィルフィルの楽団員たちはその事情を理解しているからこそ、オリジナルスコアを大切にし、オリジナルスコアに基づいて演奏をする。しかし、フィルフィルにとって、それはまだコンサートのために完成された楽譜ではないのだ。オリジナルスコアとオリジナルサウンドトラックの音が一致しないことがあるからだ。実際に、映画のために行われたレコーディングセッションにおいて、楽譜に変更が加えられることがある。フィルフィルのパートリーダーたちで構成されたグループは、何度もオリジナルサウンドトラックを聴きながら、その違いを確認の上で採譜をして正確な音の譜面を作成している[#2][#3]。練習においても、両者の音の違いが指摘されていた場面があった。そこでは、奥村さんから戸田さんへと、すぐさま確認が行われた。
また、演奏においては、クラシックだけではなく、ほかのジャンルの音楽理論に基づいている楽曲もあるため、柔軟な表現力が求められる[#4]。これは多くのジャンルが含まれる映画音楽ならではのことである。そして、指揮者もまた必ずオリジナルサウンドトラックの意図に沿って指揮を行っている[#5]。
音楽をさらにオリジナルへと近づけるために、サンプリングで制作した音をアコースティックの音と合わせる作業も行っている。今回のコンサートホールにおける事前の準備段階では、サンプリングした音とオーケストラの音を、それぞれの希望の位置にマイクを入れて集音し、そして観客席から1曲ごとにiPadミキサーを使って全体の音のバランスを確認しながら調整した。本番における指示は舞台裏から行われた[#6][#7]。
フィルフィルは、運営も自分たちの手で行っている。楽団の執行部をはじめとする各運営部門、ヒーローサポーターズ(今回のコンサートを実現するために有志によって結成されたグループ)は、本番までに事細かな話し合い、団員募集、スコアの手配と契約、当日のパンフレット作成、チケットのもぎり手配、司会内容に至るまですべての作業を行っている[#8]。また、本番のセッティングは外部スタッフの協力を得ながら全員の団員によって行われた[#9]。運営を自分たちで行うことによってもコンサートは創られていくのだ。

【プレコンサート】

開演は16:00からであったが、その前の15:15からはホールのステージ上でプレコンサートが行われた。合計で3つの演奏家たちのグループが登場。
1組目の演奏曲目は「ぼくたちのヒーローメドレー」と題して、「ルパン三世」、「ドラえもん(効果音)」、「ウィーアー(アニメ『ワンピース』主題歌)」、「鳥人戦隊ジェットマン」、「セーラームーン」、「暴れん坊将軍」。楽器編成は、ファゴット1名、コントラファゴット1名、チェロ8名、コントラバス1名の合計11名。
2組目の演奏曲目は、「科学特捜隊のテーマ」、「MATのテーマ」。楽器編成は、ヴィオラのみで合計10名。
3組目の演奏曲目は、『Mr.インクレディブル』より「The Incredits」。楽器編成は、ピアノ1名、チェロ1名、バイオリン1名(コンマス)の合計3名。
公演の導入として、スーパーヒーローをテーマとするアニメ、時代劇、特撮の音楽が並んだ。

【第一部「永く愛されるヒーローたち」】

第一部「永く愛されるヒーローたち」では、まずDCコミックス原作のハリウッド映画の音楽が演奏された。

1曲目は、映画『スーパーマン リターンズ』組曲(2006年 作曲:ジョン・オットマン&ジョン・ウィリアムズ)。ジョン・オットマンの楽曲から、ジョン・ウィリアムズによる『スーパーマン』(1978年)からの「スーパーマン・マーチ」へと移行する。司会の伊藤さとりさんは、これがプログラムの中で最初の楽曲であった理由を話してくれた。フィルフィルは、コンサートの最後に次回予告として1曲を演奏するが、前回の公演でそれは「スーパーマン・マーチ」であったからであると。フィルフィルが前回のコンサートから戻ってきたことの宣言なのだ。まさに、フィルフィルのリターンズ(帰還)である。
戸田さんは、パンフレットの中でリチャード・ドナー監督の「ジョン・ウィリアムズの音楽がなければスーパーマンは空を飛んでいなかったかもしれない」という言葉を引用している[#10]。譜面に書かれている音符や記号は映像と共にある。練習においても、正確に譜面を演奏することだけでなく、スーパーマンが駆け上がって飛行することを意識しながらの演奏が行われていた[#11]。そしてコンサートでのその演奏には確かな躍動感があった。

2曲目は、映画『ダークナイト』組曲(2008年 作曲:ジェームズ・ニュートン・ハワード&ハンス・ジマー)。映画音楽を演奏するということは、ある特定のジャンルを理解するだけでは不十分である。映画音楽には様々なジャンルが含まれるからだ。そして、最も大切なのは、作曲家ではなく、演奏家たちなのだとハンス・ジマーは話した[#12]。

「大切なことは、演奏家が演奏家であることです。『ダークナイト』は、間違いなくパンクスコアです。それはオーケストラの前面で響きます。『皆さん、これはパンクスコアです』と。クラシック音楽の演奏家たちはこのことを完全に受け入れて、このことによって解き放たれます。そして、把握するのです!別の姿勢で臨むのです。教育された肌を落とすのは簡単なことではありません。」[#13]

フィルフィルでは、オリジナルの演奏を目指す。オリジナルスコアを使用するだけでなく、オリジナルサウンドトラックの音源を参照する。そうであるならば、実際のスタジオミュージシャンたちの演奏を追いかけて再現することでもあるだろう。だから、フィルフィルの演奏家たちもまた本来のフィールドを超えて、多様なジャンルの音楽の表現を理解し、演奏に反映させているといえるのだ。

3曲目は、映画『ワンダーウーマン』組曲(2017年 作曲:ハンス・ジマー、ジャンキーXL、ルパート・グレッグソン=ウィリアムズ)。『ダークナイト』はパンクロックのスコアであったが、これはロックンロールの特徴を持ったスコアだ。ワンダーウーマンのテーマ曲がはじめて登場したのは、『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』(2016年)であるが、そのテーマ曲の作曲にも、ハンス・ジマーが携わっている(ジャンキーXLとの共作)。その後、ルパート・グレッグソン=ウィリアムズが担当した『ワンダーウーマン』の音楽においても、そのテーマ曲のヴァリエーションは映画の随所で存在感を放っている。
『ダークナイト』のスコアや、ワンダーウーマンのテーマ曲の中に、ジマーの初期の経歴を見出すことができるかもしれない。ニューウェイヴやパンクロックというジャンルの中でバグルズをはじめとするバンドに参加していたからだ。または、そこに近年の彼自身のライヴにおいてロックスターとしてエレクトリックギターやキーボードを演奏する姿を想像するかもしれない[#14]。彼の中には、パンクロックやロックンロールの影響がある。今回のコンサートではゲストプレイヤーとして、ギター奏者の佐田慎介さんが参加している。佐田さんは、オリジナルにおいてエレクトリックチェロのパートをエレクトリックギターによって演奏した。鋭く甲高い音色やパワーに満ち溢れた表現がそこにはあった。オリジナルから楽器を変更してはいるが、その響きがスコアでの親和性を十分に保っているのは、『ワンダーウーマン』の楽曲がロックンロールの性質を持っているからにほかならない。この楽器の代替は、論理的な理由に基づいているのだ。
また、このワンダーウーマンのテーマ曲の甲高いサウンドには理由がある。ジマーは、自分たちのスーパーヒーロー映画が男性的であり過ぎることを指摘し、女性的な音楽を目指した。だから、それまでのスーパーヒーロー映画にはなかった鋭く高い声を上げているかのような音楽となっているのだ[#15]。
さらにいえば、『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』におけるワンダーウーマンのテーマ曲は、ジェンダーを意識して作曲されているともいえるかもしれない。バットマンはスーパーマンに尋ねる。“Is she with you?”(これはサウンドトラックの中のタイトルにもなっている)と。それに返答するのは言葉ではない。その代わりとなるのは、「誰の連れでもなく、ひとりでここにいるのだ」とはっきりと答えているかのようなワンダーウーマンのテーマ曲だ。女性へのセクシズムとも受け取れる問いを跳ね除ける力強い音楽として聴くこともできるだろう[#16]。
コンサートのプログラムには、明らかにDCコミックスやマーベル・コミックの映画において数少ない女性のヒーローの映画音楽が意識的に組まれていた。『ワンダーウーマン』組曲はその最初だ。そこから現代におけるジェンダーの問題意識を聴き取ること、そして感じることができるのだ。

4曲目は、映画『ミッション:インポッシブル3』より「シフリン&ヴァリエーションズ」(2006年 作曲:マイケル・ジアッキーノ)。戸田さんは練習の際に、音楽から映画の台詞の有無を意識しながら演奏することをオーケストラに求めた。台詞のあるシーンであれば音楽は静かに奏でられ、逆に台詞のないシーンであれば音楽は大きく奏でられることが多いといえるからだ。それはフィリムスコアリングを理解することであろう。戸田さんは、『サウンドデザインバイブル』という著作の中で、「映画の世界観を表現する上で、台詞や効果音と共存させる音楽を作ることはフィルムスコアリングを行う上でとても重要な行程」であると記している[#17]。もともとフィルムスコアリングの考えに基づいて書かれた音楽であれば、たとえコンサートのために作曲や編曲された楽曲であってもそこに遡行することは楽譜の先の映像を表現する手掛かりとなるであろう。また、『ミッション: インポッシブル3』のJ・J・エイブラムス監督は次のように述べている。

「私の目的は、登場人物が現れるアクションのシークエンスを撮ることです。そのことを通して、登場人物の感情を撮影しています。序盤、中盤、終盤のシークエンスで、アクションではなく、常にキャラクターを描いています。マイケル(・ジアッキーノ)は、台詞がないところで観客にキャラクターの声を与えてくれます。彼は、常に大切なことを奏でてくれるのです。彼は、器用な方法でそのことを行っています。シークエンスが何を意味しているのかを理解する必要のあるところで、観客に情報や感情を知らせていると気づかれないようにしているのです。」[#18]

フィルフィルの目指す演奏とは、専門化されているともいえるだろう。それは、アメリカの大学でフィルムスコアリングを学び、実際にその手法で作曲を手掛ける戸田さんの指導があってのことだ。そして、オーケストラの演奏はそれに応えている。戸田さんは、著作の中で「フィルムスコアリングは、映像全体のイメージや方向性を示す大きな演出力を持ち合わせている」と書いているが、この大きな演出力のある演奏こそが間違いなくフィルフィルの魅力のひとつだ[#19]。

5曲目は、映画『トランスフォーマー』より「アライバル・トゥ・アース」(2007年 作曲:スティーヴ・ジャブロンスキー)。スティーヴ・ジャブロンスキーは、この映画のために大量のテーマ曲を書いて、選択肢として提示した。そこには、メインテーマ曲も含まれている。これは、オートボットのテーマ曲として知られている[#20]。そして、今回の「アライバル・トゥ・アース」の中でもそのヴァリエーションを聴くことができる。しかし、そのテーマ曲を書いたとき、ジャブロンスキーはほかの楽曲よりも優れているとは思わなかったと振り返る。あるとき、ジマーが部屋に入ってきて、「これはいいね」とその楽曲を称賛したという[#21]。また、ベイ監督は、音楽制作に深く関わり、その判断をしてくれるというが、ジャブロンスキーにとってそれが歓迎すべきことであるのは、ベイ監督が適切さへと後押ししてくれるからだと述べている[#22]。
ジャブロンスキーは、映画のサウンドはマイケル・ベイ監督が生み出すものの内の50%を占め、そこには効果音と音楽も含まれると述べている[#23]。戸田さんは、『サウンドデザインバイブル』の中で、効果音主体の映画として『トランスフォーマー』を一例にあげている。フィルムスコアリングを行う作曲家は、音楽と音響効果のバランスを考慮して、与えられたシーンで使用される効果音のアウトラインを事前に把握していると書き記している。さらに、作曲する際には、相対的に周波数マスキング効果の影響を受けないようにサウンド全体の出音を想像しながら音楽制作を進めていくと説明している[#24]。ジャブロンスキーが、自身の音楽だけでなく、効果音を同時に念頭に置いた上で発言している理由もここに見出せるだろう。音楽には効果音のようにほかの要素との関係性が考慮されているからこそ、コンサートで音楽だけが演奏されたとしても、その関係性から音楽以外の情報を補って映画全体を想像してしまうのではないだろうか。

【Part2】
【Part3】

参考文献:

[#1][#10]公式パンフレット『SUPER HEROES ORCHESTRA CONCERT』

[#17][#19][#24]戸田信子「第5章 Film Scoring」『サウンドデザインバイブル』(兼六館出版株式会社、2015)、119-144頁。

参考URL:

[#2]https://twitter.com/NobukoToda/status/1232626200578641920?s=20

[#3]https://twitter.com/NobukoToda/status/1232627755369418752?s=20

[#4]https://twitter.com/NobukoToda/status/1232241559782846466?s=20

[#5]https://twitter.com/NobukoToda/status/1232630223398531072?s=20

[#6]https://twitter.com/NobukoToda/status/1232242323292999680?s=20

[#7]https://twitter.com/NobukoToda/status/1232275625643139074?s=20

[#8]https://twitter.com/NobukoToda/status/1232637147208830981?s=20

[#9]https://twitter.com/NobukoToda/status/1232639791214153730?s=20

[#11]https://www.facebook.com/filmscorephil/posts/2952930284758626

[#12][#13]https://www.vox.com/2018/1/24/16924464/hans-zimmer-interview-dunkirk-blue-planet-ii

[#14]https://www.vox.com/culture/2017/7/26/15726872/hans-zimmer-live-tour-movie-music-rockstar

[#15]https://www.cinemablend.com/new/One-Change-Wonder-Woman-Should-Make-From-Batman-v-Superman-According-Hans-Zimmer-121617.html

[#16]https://theoutline.com/post/3732/tom-holkenborg-junkie-xl-composes-themes-for-wonder-woman-tomb-raider-heroines

[#18]https://www.nytimes.com/2006/05/07/movies/07burl.html?_r=0

[#20][#21]https://www.joblo.com/movie-news/we-interview-lone-survivor-transformers-enders-game-composer-steve-jablonsky

[#22][#23]https://www.mstarsnews.com/articles/34612/20140731/exclusive-interview-michael-bay-transformers-composer-steve-jablonsky-music-movies-tv-video-games.htm

宍戸明彦
World News部門担当。IndieKyoto暫定支部長。
同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士課程(前期課程)。現在、京都から映画を広げるべく、IndieKyoto暫定支部長として活動中。日々、映画音楽を聴きつつ、作品へ思いを寄せる。