それなりに楽しく生きてるー
そんな今を生きる若い少女達の生活に突然”世界”が入り込む瞬間をリアルに描く。『TOURISM』
―うちらならどこまでもいける―

神奈川県大和市でシェアハウスをして暮らすフリーターのニーナとスー、ケンジ。
ある日ペア旅行券のチケットを手にしたニーナは、初めての海外旅行をスーとシンガポールへ行くことに決める。

初めてのUberを使いカタコトの英語でホテルまで辿り着き、翌朝はSiriに従って観光地巡りをする。
全てが詰まったスマホを片手に、初めての海外にはしゃぐ小さな2人のギャング。
思ったよりもマーライオンは小さくて、訪れたショッピングモールや観光地化された街並みはなんだか日本と似ている。なんだ日本と変わらないじゃんねえ なんて話していた矢先に、ニーナはスマホを失くしてスーとはぐれてしまう。
言葉も通じない、地理感も全くない、頼れる人もいない土地でひとり彷徨うニーナだが、幸運にも彼女はそこでこれまでの観光地巡りとは違う、シンガポールならではの生活を垣間見る。

スマートフォンや格安航空機のお陰で、わたし達は以前よりもずっと気軽に海外に行けるようになった。時間とお金さえあればすぐにでも飛んでしまえる時代だ。しかしインターネットの情報だけで辿り着く世界には限界がある。その土地の人と触れ合ったり、その土地ならではの場所で過ごすことでしか得られない経験があり、その経験こそが新しい発見をもたらしてくれる。しかしグローバル化の名の下にそういった景色は段々と消えつつあるのが現状でもある。『TOURISM』に登場するシンガポールの風景の中には、撮影から数年経った今、消えてしまった景色もあるようだ。

そしてこの映画で最も特筆すべき点、それは彼らの存在がとても”リアル”で今の若者の姿を映している、ということだ。宮崎監督は前作『大和(カリフォルニア)』の製作時に地方の若者の取材をした経験を基に、今回のキャラクターを設定したとインタビューに答えている。(1)

そしてその彼らの姿から感じる日本の若者の危うさ。その描き方が秀逸である。

例えば冒頭のフムスを発端にした3人の何気無い会話。映画の中の3人は日常生活の中で食べているフムスのことを実はよく知らない。
わたし達は特に中東やアフリカなど、馴染みのない世界に対しての知識があまりにも少ないことにハッと気づかされる。また、当選した旅行券の行き先を決めるシーンでは、全く聞き覚えのない国の名前が次々と挙げられる。当たり前だが世界には知らないことの方が断然多い。しかし日常ではそれを感じる瞬間も少ない。

さらに決定的なのは、シンガポールを観光する2人が〈日本占領時期死難人民記念碑〉の前で無邪気に動画を撮っている姿である。そこに挿入される銃声のシーン。

実はこのメモリアルは、1942年2月から1945年8月の日本軍占領時期にシンガポールで起こった日本軍によるシンガポール華僑粛清事件の約68メートルの慰霊塔だ。反日主義者の一掃を目的として行われたこの作戦での死者は記録が不足しているため正式には不明だが、公式な数字は5000人、実際には25000人から50000人といも言われている。(2)シンガポールの若者の間ではその外観から「チョップスティックス(箸)」と呼ばれており、シンガポールの中でさえメモリアルの持つ歴史的意味を知らない若者は多いとの記載もある。(3)

日常の中で何気なく繰り返される会話、行動、しかしそこにはこれまで人々が経てきた文化や歴史があり、それを若い世代はどう捉えるべきなのか。捉える前にその事実をどこで知ればいいのか。自ら学んでいくしかないとしたら、そうしたことを知ろうとする姿勢は各人のどこから生まれてくるのだろうか。もしかしたら、彼ら(私たち)の無知を、単なる知識不足として扱えないのではないか?私たちの考えや生き方は育ってきた環境に大きく由来しているのは間違いないだろう。学ぶことが身近でない、もしくはその環境にいない人はどうしたらいいのだろう。
全てが手の中で収まってしまうように思える現在、しかし日本に限っていえば、世界の中で実は日本こそ特殊で、”閉じられた”部分が多いことが真実であると思う。(男女の平等、性の問題しかり、そして最近は報道においても当てはまるかも知れない。とても恐ろしい。)日本以外の世界を知らないことは大きなリスクになり得る時代だと感じる。

『TOURISM』はそういった問題提起的なシーンを入れながらも、ニーナとスーの旅を通して現在のツールを使って海外に飛び出す若者のポジティブな面を描いている。加えて話の大筋もそうだが、ダンスシーンや挿入される細かなシーンにも宮崎監督のセンスを感じさせる。2人のビビッドなファッションスタイルも目を引く。映画には興味のない若い人たちが気軽に観てみようかな、と足を運んでくれることを願っている。『TOURISM』見た若者がニーナやスーのようにちょっと日本の外に出てみるという経験をして、そこを窓口により大きな世界に足を踏み入れて欲しいと思う。

(1) http://www.newstof.com/news/articleView.html?idxno=1686&fbclid=IwAR24k7ew3wpjF4OYCvoC-OcKctmnWwB50DQIJmj1oCbiMHFHCtutFhCH02w

True or Fake 「小さな放浪、発見の繰り返しはこれからの時代の希望」 Long Interview(ハングル語) 

(2) http://eresources.nlb.gov.sg/infopedia/articles/SIP_40_2005-01-24.html
“Operation Sook Ching | Infopedia”. eresources.nlb.gov.sg. 2019年7月7日閲覧。

(3)https://www.visitsingapore.com/see-do-singapore/history/memorials/civilian-war-memorial/
The Civilian War Memorial. Singapore Tourism Board 2019年7月7日閲覧。

『TOURISM』
7月13日(土)ユーロスペースほか全国順次公開!

出演:遠藤新菜 SUMIRE 柳喬之

監督・脚本:宮崎大祐
撮影:渡邉寿岳 編集:宮崎大祐 録音:高田伸也
スタイリスト:遠藤新菜 へアメイク:宮村勇気
音楽:THE Are Lil’Yukichi
助監督:田中羊一 プロデューサー:Aishah Abu Bakar 宮崎大祐
コー・プロデューサー:Lindsay Jialin Donsaron Kovitvanitcha 遠藤新菜
製作:アートサイエンス・ミュージアム シンガポール国際映画祭 DEEP END PICTURES
©DEEP END PICTURES INC.
2018/シンガポール・日本/カラー・白黒/77分/16:9/5.1c

HP:http://tourism2019.net

予告編:https://www.youtube.com/watch?v=G_UklxDz9ME&feature=youtu.be

Twitter @tourismsg
Instagram @tourismsg

永山桃
早稲田大学4年生休学中。ロンドンにいます。『TOURISM』は予告編でも見れる2人のダンスシーンが可愛くて好きです。そしてそれが突然始まるのも! あとは猫が好きなのに、柴犬をかっています。ワンワン!