映画『老人ファーム』

老人ホームの壁に「夢」「希望」という文字が書かれた紙が並べて貼られている。ちょうどトイレを出た向かい側の壁だった。少しヨタヨタしたもの、力強く書かれたもの、と様々である。あの文字の羅列を見て、小学校の時の習字の時間を私は思い出した。決められたものを、同じように進めて行く、そういう空間。作中の老人ホームで流れる、大げさに明るい気持ち悪い空気。周囲はそれを許容しているけど、明らかに違和感がある。

アイコさんは口癖みたいに「あたなには関係ないでしょう」っていうけど、あれは強がりでもなんでもなくて、彼女の意思であるのだと気づく。老人ホームってちょっと変わった場所で、入居者は何もできないものとして扱われて、だから彼・彼女の意思は全然置いてきぼりにされてしまいがちなのだ。

上司の後藤は主人公・和彦に「(入居者に)余計なことはしなくていい」「情は入れるな」と繰り返す。「動物みたいなものだから。」と。
入居者たちが書いた短冊には恋がしたい、だとか、酒が飲みたい、菓子が食べたい、とかが書かれていた。その願いを読んだ時、なぜかとてもハッとした。そう言う些細な、個人的な、大事な何かが、ここにはない、見失われているような気がした。和彦の、彼なりの抵抗が、(あるいは疑問が)徐々に静かに、何かの歯車を狂わせて行く。

和彦の母からは、せっかく地元に帰って、就職もしたし、あとは結婚だね、とフヘン的な幸せの圧力みたいなものが彼にのしかかっていたように思う。
地上に釣り上げられた魚がピクピク動いているのとか、銭湯で死んだように浮かぶ和彦の背中を見て、何かがどんどん足りなくなって行く、そんな印象を受けた。

この作品が訴えていることは、和彦のこと、と言うよりは、すごく身近なところで、自分をもなり得る何かだったと思った。

 

<あらすじ>


母親の病気をきっかけに、仕事をやめ、実家に帰って来ることになった和彦。新しく「老 人ホーム」で介護職員として働き始める。毎日、仕事場では高齢者を介護し、家では、母、 理恵子の面倒を見る日が続く。唯一の息抜きは、彼女と会うひとときであった。 和彦は施設管理者の後藤のやり方に疑問を持ちながらも、自分なりに考え、入居者の笑 顔あふれる楽しい生活を思い描きながら、なんとか仕事をこなしていた。その後藤にひと り反抗していたのは、入居者のアイコであった。彼はそんなアイコの姿に次第に感化され ていく。

<上映情報>

映画『老人ファーム』4/13(土) 21 時〜
渋谷ユーロスペースにて 2 週間のレイトショー公開

監督 :三野龍一
原作 MINO Bros.
脚本: 三野和比古

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渡辺花 / 大学で映像について学んでいます。「光の墓」がすきです!