1月8日より、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国で、セドリック・カーン監督、カトリーヌ・ドヌーヴ主演、『ハッピー・バースデー 家族のいる時間』が順次公開される。今回はオンライン試写で作品を鑑賞したほか、zoomを用いてセドリック・カーン監督にインタビューを行った。本記事ではオンライン試写で鑑賞した本作品の紹介を行う。

カトリーヌ・ドヌーヴ演じるアンドレアは、夫のジャン、孫娘のエマとフランス南西部の自然あふれる邸宅で優雅に暮らしている。夏のある日、アンドレアの70歳の誕生日。母の誕生日を祝うために家を出た子供たちが帰ってくる。長男ヴァンサンとその妻マリー、二人の息子。次男ロマンとその恋人ロジータ。孫娘エマの恋人もやってくる。久々に家族が揃い、楽しい宴が始まろうとしていた。

カトリーヌ・ドヌーヴ演じるアンドレア

しかしそのとき、3年前に姿を消したはずの長女クレールが帰ってくる。アンドレアはそんな長女をあたたかく迎え入れようとするものの、家族の間には動揺が広がっていく。クレールは孫娘エマの母親でもある。自分を見捨てた母親の突然の帰還を、エマはすぐに許すことができない。エマはクレールに向かって、クレールと同居するくらいならこの家を出ていく、とまで言い放つ。情緒不安定なクレールはパンドラの箱を開けるようにして、家族が抱えている問題を明け透けに告発していく。資産や親子関係などについて、家族の誰もが薄々と気づいていながらも明言してこなかった問題が引きずり出されて、ダイニングは次第に不穏な空気になっていく。

錯乱するクレールを抱きしめるアンドレア

堅実な暮らし向きで常識人然とした長男ヴァンサンに対して、映画監督志望の次男ロマンは破天荒でどこか根無し草のような風体さえ漂わせている。ロマンは家族のドキュメンタリー映画を撮る、と言って、この宴の一部始終を記録している。そんなロマンの態度も、ヴァンサンには気に食わない。家族の思いはすれ違っていき、互いに激しく感情をぶつけ合う。そんな中で、それぞれが抱えていた秘密や過去が明らかになっていく。

本作には、長男ヴァンサンの幼い息子、孫娘エマとその恋人、アンドレアの子供たちとその配偶者、そしてアンドレア夫妻という幼年、青年、壮年、中年、老年それぞれの年代の人物が登場する。家族という一つの多面的な事象に関して、歳を重ねるごとに視座が変わってゆくさまが見て取れる。ここで私が思い出したのは、小津安二郎『東京物語』である。物語の冒頭では、次男ロマンがドキュメンタリー映画を撮影するためにカメラを設置する際に、ローアングルで定位置の小津調はどうだろう、などと口走るシーンも見られる。何かイメージの上でのつながりはあるのだろうか、とzoomインタビューの際にカーン監督に訊ねてみると、家族を主題とした映画作品は他にも多くあり、特別に小津安二郎を意識したわけではない、との回答が得られた。前述したシーンは、次男ロマンが少しスノッブな映画監督であることを示すために入れた、洒落のようなものであるという。監督は他にも、この映画がごく個別的なことを語っていながらも多くの人が心を寄せるほど普遍的なものでありえるのが一番の理想形だ、とも語っていた。『東京物語』とのイメージの連関は私のエゴイスティックな思考に過ぎなかったわけだが、時代的にも地理的にも隔たった1953年の日本映画との繋がりを空想させるほど、本作は普遍的であったとも言えて、それはきっとこの映画の勝利でもあるのだろう。

幸福になると思われた1日に、思わぬ衝突が待ち受けている。秩序だっていて何不自由なく暮らしているように見える家族にも、混沌としていて割り切れない問題がある。物語冒頭、クレールが登場する前のシーン。家族は庭のテラスでなごやかに食卓を囲む。南フランスの強い日差しが燦燦と降り注ぐこの場面は、まさに家族の”光””外側”の部分を象徴しているように思われた。クレールが登場し次第に場の秩序が乱れていく、キャンドルが灯る薄暗い室内の場面と対照的である。家族間での激しい衝突も見られる室内の場面は、家族の“影”“内側”の部分を象徴していることになるのだが、抱えている問題の深刻さと裏腹にして、どこかで軽妙さが漂っている。家族は家の内部で、苛烈に言い争うこともあれば、軽快なステップのダンスを踊ることもある。これには、実人生も悲喜劇である、というカーン監督自身の考えが反映されている。監督は“イカれているけど、とても愉快で、皆が自分の空想や創造性を表現できる家族”を表現したかった、とも語っていた。監督の言葉を借りるならばそれは、“本能的で、自然体で、“”しつけられた“”家族や、精神分析を受けるような家族とは正反対“の家族像であるという。物事の姿は本来もっと多面的であっていいし、人間の感情ももっと自由であっていい。意見を異にするから憎み合っているわけではないし、反対に愛し合っているからといって価値観が同じわけでもない。悲しみに沈潜している人間もいつまでもその感情に沈み込んでいるわけではなくて、おどけて笑い出すこともある。

激しい諍いも多く見られる作中で印象的だったのが、長男ヴァンサンの幼い二人の息子の姿である。幼い子供たちはどんな状況でも天真爛漫に振る舞っていて、その明るさに大人たちの頬も思わず緩む。分かり合えない人たちもいつかは分かり合えるようになる、事態はいずれ良くなっていく。そう信じることができるのは幼さゆえなのか。しかしそんな幼さにこそ、希望が宿ることもある。

 

作品情報

監督:セドリック・カーン 

出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、エマニュエル・ベルコ、ヴァンサン・マケーニュ、セドリック・カーン

2019年|フランス|101分|5.1ch|ビスタ|カラー 

原題:Fête de famille 英題:HAPPY BIRTHDAY

提供:東京テアトル/東北新社 配給:彩プロ/東京テアトル/STAR CHANNEL MOVIES

©Les Films du Worso 

公式サイト:http://happy-birthday-movie.com

 

川窪亜都
2000年生まれ。都内の大学で哲学を勉強しています。散歩が好きです。