始まったばかりだと思っていた映画祭もあっという間に幕を閉じた。この映画祭日記もこれで最後となるわけだが、その締めくくりとして、クレール・ドゥニ監督作品『レット・ザ・サンシャイン・イン』(Un beau soleil intérieur, 2017)を取り上げたいと思う。
さて、クレール・ドゥニといえば、ヴィム・ヴェンダース『パリ、テキサス』(Paris, Texas, 1984)やジム・ジャームッシュ『ダウン・バイ・ロー』(Down by Low, 1986)で助監督を務めたのち、1988年に『ショコラ』(Chocolat)で監督デビュー、その後は『パリ、18区、夜』(J’ai pas someil, 1994)や『ネネットとボニ』(Nenette et Boni, 1996)、『美しき仕事』(Beau Travail, 1999)といった数多くの作品を生み出してきたことで知られている。
そんな彼女の最新作が『レット・ザ・サンシャイン・イン』だ。画家のイザベル(ジュリエット・ビノシュ)は夫と離婚し娘と二人で暮らしている。この先ともに生きていけるようなパートナーを探しているものの、どうもうまくいきそうにない。この物語は、そんなイザベルのめまぐるしく変わりゆく恋愛模様をコメディタッチで描いている。
さて、ドゥニによるこのラブ・コメディだが、これまでとの作風の違いに驚かれた方もいらっしゃったのではないだろうか。ここからは、撮影を担当したアニエス・ゴダールへのインタビュー(*1)を引用し、この作品でとられた技法に注目しながらその意図に迫っていきたい。
まず、彼女は今作の特徴について以下のように述べている。
ドゥニの映画で言葉が存在感を示すのは珍しいことで、セリフがアクションを動かすことは初めてです。脚本にはクリスティーヌ・アンゴが加わっています。シーンは断片的で、映画はモザイク状。場面設定は、ベッドや窓、ドア、カフェの席といった二つ、三つの要素にまで絞られて、いくつかのシーンはかなり長いですね。この映画にはたった34個のシークェンスしかないんですよ。顔のクロースアップ、言葉、全てがストレートなものになっています。
このように、人物の顔を重要視したために、撮影機材も従来のものから変更されたようだ。
この映画はSony F65とPrimo70mm primesを使用して撮影しました。私たちはこれまでほとんどAaton製のカメラを使ってきました[……]しかし今回はその組み合わせを選んだのです。クレールと私は二人とも、”柔らかく滑らかで官能的”というイメージにこだわっていました[……]撮影はたった五週間の計画でした。撮影場所は信じられないほど小さかったのですが、変更は不可能でした。場所の制約があったのにもかかわらずSony F65を使ったのは、それがこの映画のビジョン、顔のうえに成り立つ視覚的な物語にとって必要不可欠だと思ったからです。ジュリエットは何よりも、光り輝く乳白色でなければいけなかったのです。
また、そのようなカメラとレンズを用いたことに対して、彼女は以下のようにも述べている。
[登場人物の顔というのは]この映画において、原材料、土台となる要素なのです。とりわけジュリエットの顔についてはそうです。私たちには望む通りの見た目を撮ることのできるカメラ/レンズが必要でした。それは荒いデジタルの見た目ではなく、優しいものです。彼女は美しく、真珠のような光沢や艶をもって輝いていなければなりませんでした。私はソフトでニュアンスのあるイメージがほしいと思っていました。それは登場人物と直接的に関係することであって、”写実主義”ということではありません。
カメラやレンズの選択と同時に、照明についても「主張しすぎることなくディティールを示すような、ソフトでニュアンスのある光」になるよう細やかな設定がなされた。そしてそれはこの作品の題名”Un beau soleil intérieur”[内なる美しき太陽]にも還元されることになる。また、そのような技法上の工夫は、このコメディ・タッチの物語をただ滑稽なものであるようにはさせない、ある種の気品さを映画全体にもたらすことにも一役買っていると言えるだろう。
さて、ラブ・コメディとして紹介されるこの作品だが、ドゥニはこれを”悲喜劇”と呼んでいる。彼女の言葉を引用して、この文章を終えよう。
私は、観客の方々が粗っぽいコメディを懸念しているのではないかと心配していました。しかしおそらく、コメディとは悲喜劇なのです。ここでは、愛を求め、ことごとく試みに失敗するのに、常に信じきって新たな方向へと進んでいく人のことで、クリスティーヌによって綿密に練り上げられた言葉、彼女のユーモア、そしてジュリエットのユーモアを伴っています[……]私は、今日理解されているようなものではない喜劇の形があると思っています。おそらくそれは、かつてイタリア笑劇と呼んでいたものに近いのです。ですから、喜劇というよりはむしろ、悲喜劇なのです(*2)。
告知になりますが、次回の新文芸坐シネマテークで上映を予定しているのはクレール・ドゥニによる以下の二作品です。
こちらもどうぞ、よろしくお願いいたします。
【新文芸坐シネマテーク vol. 19 クレール・ドゥニPART3】
12/8(金)『死んだってへっちゃらさ』(S’en fout la mort, 1990)
12/15(金)『35杯のラムショット』(35rhums, 2008)
詳しくは新文芸坐ホームページをご覧ください。
引用
(*2)http://www.allocine.fr/article/fichearticle_gen_carticle=18666863.html
参考
https://mubi.com/notebook/posts/discussing-let-the-sunshine-in-with-claire-denis
原田麻衣
WorldNews部門
京都大学大学院 人間・環境学研究科 修士課程在籍。フランソワ・トリュフォーについて研究中。
フットワークの軽さがウリ。時間を見つけては映画館へ、美術館へ、と外に出るタイプのインドア派。