今年で第20回目を迎えた東京フィルメックス。

 本記事では、25日(月)に上映された、レイムンド・リバイ・グティエレス『評決』、アンソニー・チェン『熱帯雨』について紹介します。

 

レイムンド・リバイ・グティエレス『評決』Verdict

Philippine/2019/126min.

コンペティション部門

 『評決』は、これまでブリランテ・メンドーサの助監督を務めてきたグティエテス監督の初作品であり、ドメスティック・バイオレンスやフィリピンの司法制度の問題が描かれた作品である。

 ジョイが娘のエンジェルと一緒にケーキを食べていると、酔っ払った夫ダンテが帰ってくる。ダンテはふとしたことでジョイにあたり、激昂すると、ジョイに馬乗りになって暴行を加え始める。エンジェルは泣き叫びながら止めに入るものの、ダンテに突き飛ばされ、顔に大きな怪我をしてしまう。それを見たジョイは錯乱し、側にあったナイフでダンテを牽制しながら、娘を連れて家を飛び出し、警察へと向かう。物語は、二人の裁判の過程を追いかけるかたちで進展していく。

 手持ちカメラで臨場感のある映像で展開される本作は、メンドーサ監督のプロデュース作品である。メンドーサ監督もしばし警察と市民を描いた作品を制作しているが、本作もまたこのようなテーマが描かれている。グティエレス監督は、この映画の経緯について、自身が同じくドメスティック・バイオレンスの近隣トラブルに巻き込まれたことがきっかけとなったと語っている。被害者女性に話を聞いたところ、当初は裁判に持ち込みたいと訴えていたにもかかわらず、数日後には元の鞘に戻ったのだという。そこには、訴訟に至る複雑なプロセスの問題があったのである。メンドーサ監督に企画を持ち込んださい、このような題材はありふれているのでは、という反応が返ってきたという。しかし、あまりに身近であるからこそ、フィリピンの社会に生きる人々の重要な問題となっているのだろう。

 

アンソニー・チェン『熱帯雨』Wet Season

Singapore, Taiwan/2019/103min.

コンペティション部門

 本作『熱帯雨』はシンガポール出身アンソニー・チェン監督の長編第二作である。

 マレーシア出身の教師、阿玲は、シンガポールの中学校で中国語を教えている。彼女は義理の父の介護をしがら長年のあいだ不妊治療を行なっているが、一向に妊娠する気配はない。夫は以前と比べて協力的ではなく、夫婦関係はすでに冷え切っている。そんなとき、中国語の補習を受ける生徒の一人ウェイルンと親密になる。彼は、阿玲に対して特別な感情を抱いているのだった。

 熱帯であるシンガポールは、毎日必ず雨が降るのだという。作中、心情を表現するかのように強烈な雨が降りつづき、終始、陰鬱とした雰囲気が漂いつづける。現代社会において女性であることによって直面する問題や、それによって被るマイクロアグレッションが丁寧に、そして細やかに描かれている。ナレーションは排され、最低限の台詞によって淡々と進行する抑制された映像は非常に美しいと感じた。また表情によって心のうちを十全に表現する、阿玲役のヤオ・ヤンヤンが素晴らしい。

 ちなみに本作『熱帯雨』は、27日(水)18時40分から、もう一度上映されるとのこと。ぜひチェックしていただきたい。

 

板井 仁
大学院で映画を研究しています。辛いものが好きですが、胃腸が弱いです。