近年、アジア映画への注目がこれまでになく高まっている。そんな中、台湾文化省(文化部)は、北米市場を意識した映画製作活動を推進している。そのひとつが、ロサンゼルスの台湾アカデミーとアメリカのFilm Independent(非営利のインディペンデント映画振興団体)が共同でおこなっている”台湾アカデミーフェローシップ”というプロジェクトだ。『アメリカン・ガール』は、このプロジェクトの”ファスト・トラック”プログラム*1 に選ばれて製作された期待の映画だ。

『アメリカン・ガール』は、SARSの流行する2003年、アメリカから台湾に帰国した少女とその家族の物語。幼い頃に渡米した主人公のファンイーは中国語も不自由で、台北の暮らしに馴染めず親友のいるアメリカに戻ることばかり考えてしまう。実は、母親は癌を患っており、治療のために帰国したのだった。辛い治療に穏やかでいられない母。台湾に残ったため、数年ぶりに再会した父親とも上手くいかない。幼い妹は呑気だが、ファンイーは自分のことに精一杯で面倒を見てやれない。しかも、SARSの蔓延で日常生活もままならない状態に。久しぶりに家族が集まったのに、お互いの不満をぶつけ合い、傷つけあってしまう。

映画はこのようにストレスの高い状況に置かれた人々を描いているが、ところどころに家族の心が通じ合う明るいシーンを入れており、決してシリアスになりすぎず、観客は家族の行く末を希望をもって見守ることができる。マンションの隣人や学校の先生など、セリフは少ないが個性の強い脇役がユーモアをもたらし、終始小気味いいテンポで物語が進んでいく。こうしたシリアスさとユーモアのバランスは、北米のマーケットを意識している要素のひとつかもしれない。同じくアジア系の家族を描いた『ミナリ』や『フェアウェル』に近いものがあり、いわゆるハリウッド映画をよく観るような観客にも親しみやすいつくりになっているように思う。アメリカで映画製作を学んだロアン・フォンイー監督とクリフォード・ミュウプロデューサーの手腕によるところであろう。

ただでさえ多感な年齢である主人公・ファンイーは、母親の病、新しい学校での学業不振、家族の不和などの現実を受け止めらず反抗的な態度をとっていた。アメリカに戻ることばかりを考える彼女に父親はこう伝える。
「本当にアメリカで暮らしたいなら何とか方法を考える。でも、逃げているだけなら、どこに行っても変わらないよ」

ある日、彼女はアメリカで大好きだった乗馬をやるために半ば家出のようなかたちで乗馬クラブを訪れる。アメリカでの愛馬を思わせる馬に出会い、ファンイーは束の間の安らぎを得るが、馬は彼女の意に反して手綱をつけるのを嫌がる。馬はまるで、「目的地もないまま、今この場所から逃げるためだけに君を乗せることはできないよ」と言うかのように彼女を見つめる。ファンイーは、乗馬が好きな理由を、「馬に乗ると時が止まった感じ。全てを忘れられる」と言っていた。台湾に戻り、懐かしむうちにアメリカでの生活が美化されてしまったのだろうが、向こうでの生活も決して楽ではなく、だからこそファンイーは馬に乗ることに安らぎを見出していたのではないだろうか。この出来事により、ファンイーはひとつずつ現実を受け止め、家族と向き合えるようになっていく。父親のセリフとあいまって印象的なシーンだ。

この、主人公が乗馬をしているという設定も、北米の観客が親しみをもって感情移入できる要素だろう。また、学校の制服、校則、体罰など、アメリカの価値観からすると違和感のある台湾の文化についても、主人公の視点を通して触れている。一方で、台湾の観客にとっても2000年代はじめの人々の生活や、身近にいる人々を重ねられる要素が多くある作品であるように思えた。アジア映画の最前線を垣間見ることができる一本だ。

*1 “ファスト・トラック プログラム”とは、エージェント、金融関係者、制作会社、配給会社などが一堂に会し、映画業界に自身の作品を効率的に売り込むことができるFilm Independentのイベント。これまでに数々のインディペンデントのフィルムメイカーが大手スタジオや配給会社と契約し、アカデミー賞ノミネート作などの製作実績がある。

≪作品情報≫
『アメリカン・ガール』
2021年/カラー/101分/北京語 英語/台湾
監督:ロアン・フォンイー
キャスト:カリーナ・ラム
     カイザー・チュアン
     ケイトリン・ファン

北島さつき

World News担当。イギリスで映画学の修士過程修了(表象文化論、ジャンル研究)。映画チャンネルに勤務しながら、映画・ドラマの表現と社会の関わりについて考察。世界のロケ地・スタジオ巡りが趣味。