東京フィルメックスのレポートをお届けいたします。

 第4回目は、11月21日(水)に上映された、チャーラ・ゼンジルジ&ギヨーム・ジョヴァネッティ『シベル』、広瀬奈々子『夜明け』の2作品を紹介します。

・チャーラ・ゼンジルジ&ギヨーム・ジョヴァネッティ『シベル』Sibel

フランス、ドイツ、トルコ、ルクセンブルク/2018/95分

 トルコ出身のチャーラ・ゼンジルジとフランス出身のギヨーム・ジョヴァネッティとの共同監督第3作『シベル』は、トルコの北東部、黒海に面した山岳地帯の村が舞台となっている。言葉を発することができない少女シベルは、村の中で蔑まれる存在であった。村の人々と口笛言語によって会話を行なっている彼女は、森にいると伝えられ恐れられているオオカミを殺すことで、自分の存在意義を見出そうとしている。しかし、オオカミは一向に現れることがない。ある日、ライフルを携えたシベルがいつものように森の中でオオカミを探していると、一人の負傷した男が現れる…

 両監督は、映画のテーマに関して、いつもローカルな場所を起点として考え始めるというが、しかしそれを普遍的なテーマへと昇華させることを大切にしているという。現在も口笛言語によって会話を行う文化が残っているトルコのクシュコイという村を舞台にしたこの作品は、障害への差別や女性の社会的抑圧、そしてそれに抵抗する女性の力強い姿が描かれる。

またQ&Aで興味深かったのは、映画を共同監督の二人だけではなく、撮影に関わったものたちが同じレベルで作品に関わりあいながら行うようにつとめた、というお話である。こうした心遣いが、音楽を用いずトルコの自然の環境音を生かすこと、俳優の身体を生かすことにつながったのではないだろうか。とくに、言葉を発しない役を演じきった主役のダルニア・センメズはすばらしかった。

・広瀬奈々子『夜明け』His Lost Name

日本 / 2018 / 113分

『夜明け』は、是枝裕和や西川美和の監督助手をつとめた広瀬奈々子監督のデビュー作である。地方のに住む初老の男・哲郎(小林薫)はある朝、川で倒れていた見知らぬ青年(柳楽優弥)を発見し、自宅で介抱をする。自分のことをシンイチと名乗るその青年は、そのまま哲郎の家に住み、彼が経営する木工所で働くことになる。徐々に心を開いていくシンイチと、シンイチに今は亡き息子の姿を重ねる哲郎だったが、やがてシンイチの過去が明らかになっていく。

 監督が東日本大震災が一つのきっかけでもあったことを語っていたように、疑似家族や自己の不確かさなどの要素が描かれるこの作品は、最も重要なテーマとして、もやもやとした加害性ということが挙げられるだろう。感情をうまく表現できない存在としてのシンイチの姿はまさしく、震災後に誰もが感じたであろうあのもやもやとした加害生と、無力感のような気持ちをあらわしているだろう。シンイチを過剰に保護し、支配しようとする哲郎もまた、この過去の深い傷をなんとか埋め合わせ取り戻そうと躍起になる存在として描かれている。とくに柳楽くんの演技は素晴らしかった。またこの作品は、2019年に劇場公開が予定されているとのこと。

 

板井 仁
大学院で映画を研究しています。辛いものが好きですが、胃腸が弱いです。