人間を2通りに分けるとします。
まず1つ目は時間を守れる人間、そして2つ目は時間を守れない人間。
寝坊した、していないにかかわらず、なぜか時間を守れない人間は、一定数いるかと思います。
私自身は比較的2つ目の時間を守れないほうに分類され、映画館に向かう時も、どうしてか毎度走っています。
横浜黄金町にある映画館ジャック&ベティにて、23日から一週間限定で上映されている『日曜日の人々』を観に行ってきました。
渋谷から横浜行きの特急に乗ったつもりが、各停の電車だと乗ってから気づき、てんやわんや。
目的地である黄金町のひとつ前の駅で降りてしまい、てんやわんや。
そんなわけで、非常に慌ただしい精神状態でジャック&ベティに乗り込みました。
開始4~5分といったところでしょうか。スクリーンの白い光を頼りに、空席を見つけて腰をおろします。
ピアノの音と、白と黒のあわい光のかげんが、せっかちな呼吸を整えていきます。
さっきまで、あんなに慌てていたはずなのに、気がつけば優しいまなざしを持って、映画とピアノの音色から漂ってくる空気を味わっていました。
80年ほど前の水しぶきが、木漏れ日が、高揚感が、そこかしこにこぼれ落ちます。
日曜日をめぐる人々の一瞬一瞬のきらめきが、終始あたりを包んでいました。
映画を観終わった後の余韻は、何ものにも代え難い情緒があります。
それが良いものか悪いものであるかは置いておいて、確実に観る前と観た後で「何か私の視界は変化している」と直感します。
映画館から自分の家へ帰るいつもの道が「なんだか、とても愛おしい」、情緒は日常を一変させます。
『日曜日の人々』が映し出すものは、まるで1つの映画を観終わった後のような、そんな情緒そのものであるような気がしました。
“なんてことはない、ささやかな、日常の幸福感、かけがえのない日々の眩しさ”
この映画を例えるならば、こういった言葉が思いつきます。
しかし、詩的な言葉を並べたところで、言葉には限りがあり、言葉でとらえようとした途端、対象は変質してしまいます。
それでも、何か言葉にしたいのは、目の前に立ち上がる美しさを、より鮮明に心の中にとどめておきたいからです。
『日曜日の人々』を観終わった後も、まわりをとりまく日常はそのままです。
しかし、「何か私の視界は変化している」「なんだか、とても愛おしい」そんな感触を抱いた私は、ただぼんやりと電車に揺られて、帰りは1度も間違うことなく家へたどり着きました。
行きの騒がしさはどこへやら、帰りのゆったりとした、瑞々しい気持ちが心の中に優しく吹き抜けます。
日常を一変させる映画の魔法は、空気のように映画館に漂っており、ピアノの音は空気を振るわせるとともに、白黒映画に色彩のニュアンスを、動きのある息づかいを記していきます。
ジャック&ベティを出て、外の空気を吸って始めて「ああ、そうか」と何か決定的に変わった自分を自覚しました。
『日曜日の人々』を観て、「ああ、そうか」と、あたたかく腑に落ちる瞬間をぜひ皆さんにも味わっていただきたいです。
私は時間を守れないほうの人間に分類されますが、映画を観る人間と観ない人間の2つに分けたとき、私は映画を観るほうの人間にギリギリ分類されます。
遅刻したとは言え、『日曜日の人々』を観れた喜びを噛みしめつつ、次回は「もう絶対に遅刻しまい」とかたく心に誓いました。
これから観に行かれる皆さんが、どうかどうか開始時刻に間に合いますようにと祈っています。
そして、映画館からの帰り道が、『日曜日の人々』の中の彼ら彼女らのように、ささやかで、だけど眩しくきらめくものでありますように。
『日曜日の人々』5月23日(土)~5月29日(金) 上映時間 16:00~17:20 ピアノ生伴奏付き一週間限定ロードショー (25日のみゲストとしてフルート奏者菊池かなえさんの生演奏付き)
http://www.jackandbetty.net/cinema/detail/681/
伊地知夏生
無為自然担当。お金はないが、夢はある。バイト名人として日々営んでいます。