追い求めたのは、ただ一つ、「あなたはなぜ創造的なのですか」という素朴な疑問に対する答え。創造に魅せられた男、ハーマン・ヴァスケ監督の三十余年にわたるインタビューの軌跡『天才たちの頭の中 世界を面白くする107のヒント』が10月12日(土)より公開される。アポなし突撃、ぶら下がり取材も含め、出会ったのは1,000人以上の天才、異才たち。その中から、デヴィッド・ボウイ、クエンティン・タランティーノ、北野武、ダライラマ、ネルソン・マンデラなど、選りすぐり総勢107人の生の言葉が紡ぐドキュメンタリー。このプロジェクト自体がすでに十分創造的ですらあるヴァスケ監督が、本作を通じて描きたかったことは何なのかを伺った。

 

「創造」はコミュニケーション、人間のベーシックな願望

Q:映画のあと、“Why Are You Creative?”展の写真やビデオをいくつか拝見しました。会場は大盛況で、来場者が熱心に作品を見入っているのが印象的でした。なぜ人々は創造的になりたいのでしょうか。また、なぜ創造的な人々に魅了されるのだと思いますか。

 

A:誰かとコミュニケーションをとりたいというのは、人間のべーシックな願望です。映画の中でデヴィッド・リンチも語っているように、創造的な人々は自己の中にわき起こるアイデアを抽象的な概念から、具体的な形を持ったものにしたいと思っています。それがある種のコミュニケーション手段になるからです。

“Why Are You Creative?” 展は、昨年はベルリンとフランクフルトで開催されました。この展覧会の魅力は、ジェフ・クーンズ(アメリカの彫刻・画家)だろうが、ショーン・ペン、マイケル・ダグラス、ティルダ・スウィントンだろうが、クリエイティブな人たちが実際に手で書いたオリジナルがフレームにおさめられ500個も飾られていることにあると思います。

今の時代、世の中は目まぐるしく移り変わっていきます。例えば、1年前のドイツでは、国政で「大連立」政権を構成するキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)およびドイツ社会民主党(SPD)のいわゆる二大政党が歴史的大敗を喫しました。メルケル首相は窮地に立たされ、誰もが「メルケル後」がやってくることを想定したわけですが、メルケル首相は今も首相であり続けています。誰もが歴史の中で経験してきたこのような出来事は、世界中できょうも明日もあさっても、ものすごいスピードで起こり続けるでしょう。

展覧会で、人々は壁に並ぶ小さな絵やメモを見て、彼らが何を言おうとしているのか、その哲学を理解しようとします。その瞬間、鑑賞者のまわりには瞑想のための空間ができるのです。外の世界から隔絶した聖域のようなものです。木製のフレームにおさめられた紙は、時間の経過とともに色あせてはいきますが、アイデア自体は残ります。ゲーテが『ファウスト』で登場人物に語らせる「技芸の道は長く、人生は短し」という言葉は非常に興味深いものです。なぜなら、クリエイティブな人たちは、自分のアイデアを絵や文で言語化することで私たちの惑星をより創造的なものにしたいと思っているからです。人々はそこに感銘を受けるのではないでしょうか。

 

Q:創造性の源泉を引き出す過程の中で、一定の人たちをグループ化して見せていますね。創造性をセックスや政治、あるいは人間としての本能と関連づけた部分です。そこには何か意図はあったのでしょうか。

 

A:明確な章立てはしていませんが、この映画には章があります。出てくる人物たちがある言葉の書かれた紙を掲げるところがあるでしょう? 例えば、タランティーノは彼の映画でこの手法を取り入れていますね。「次の章に進む」という合図です。それと同じことです。あるものから別のものへと移る過程を通じて、この物語の意図するところを伝えたかったのです。インタビューが場所や時代をあちこち移動し、完全に断片化されている理由もそこにあります。映画冒頭でデヴィッド・ボウイは、直線的なストーリーテリングには退屈している、断片化されたものを集めて語るのが好きだと話していますね。確かに、時間と章を飛び回ることは楽しかったですよ。

 

Q:これらの特性、セックス、政治、人間としての本能は、ある意味で人間の欲と深く関係していますね。では、欲のないところから創造性が生まれる可能性はあると思いますか?

 

A:創造性が完全にニュートラルな真空から生まれるかということですか。それは興味深い質問ですね。例えば、作家が空白の紙と向き合い、部屋に一人で座っているとき、握るペンに注がれるのは、作家自身の純粋さと直感です。その意味で、無から何かを生み出すということは可能だと思います。しかし、多くの場合、創造性には常に何らかの成果物にするという目標があります。それを無視することはできません。

 

デヴィッド・ボウイとは、背中合わせでインタビューをした

Q:あなたは世界中を30年以上も旅して、1,000人以上の創造性に出会いました。この30年に及ぶプロジェクトでの最も驚くべき瞬間と得た教訓は何ですか?

 

A:デヴィッド・ボウイとのインタビューは印象深いものでした。彼は常に、おのれのたぐいまれな創造性と協調して作品を生み出せる素晴らしいアーティストでした。彼がこの世を去ってしまったのは本当に大きな損失です。(スタッフがコーヒーのおかわりを運んでくる)コーーーヒーーーー!!(笑)。ジム・ジャームッシュのゾンビ映画を観ましたか? コーヒー!私はあの場面が大好きですよ。

ボウイとのインタビュー場面はシュールでしょう? 私は窓の外を見て彼に背を向け、彼は私に背を向けてカメラをのぞき込んでいます。このようにしてインタビューを行ったのは初めてのことでした。ゲオルグ・バゼリッツへと会ったときには、「頭で立って、足で話をしよう」と言われました。そうか、創造的なアイデアというのは、世界を違う角度で、あるいは逆さまに見ることで生まれるかもしれないという気づきを得たのが最も素晴らしい瞬間でした。驚きで吹き飛ばされそうでした。映画を観る皆さんも、同じ体験をするはずです。それも、連続で。

Q:あなたがこのプロジェクトを始めたときと今で社会構造は大きく異なります。人類は急速に進化するデジタル時代を生きています。AIが音楽を作曲し、絵を描く能力を持ち始めています。このような技術の進化が人間の創造性を破壊してしまう可能性はあると思いますか。

 

A:私自身、それを検証しようとしています。判断するには時期尚早だと思いますが、興味深い結果につながる可能性はあると思っています。1 + 1 = 3になるということです。アイデアが、他人や機関や政府によって殺されることはありません。アイデアは基本的に、より優れたほかのアイデアによって殺され、取って代わられるのです。だから、私はAIの背後にあるものが何かを突きとめたいと思っているのです。それがよりよいアイデアであるなら…今ではなくあした私に聞いてください(笑)。反対に、想像の及ぶ限り最もくだらない混乱である場合は、人間の創造性を完全に破壊する災厄になる可能性があります。

 

私は私であり、人と違うことを恐れない

Q:映画の後半では、「創造的リーダーシップ」に焦点を当てています。創造性は個性と強く結びついており、動機もゴールもあくまでも個人的なものです。そのような創造性がなぜ世界の問題を解決できると思われるのでしょうか。

 

A:映画のなかでジャンヌ・モローが話していることが全てです。世界が希望を持てるとしたら、この方法しかないでしょうね。私も完全に同意します。私は、政治家には創造性を備え持つ責任があると考えています。ネルソン・マンデラも言っていたように、政治と創造性の間には相関関係があるはずだからです。

デジタル時代の今、物事は劇的に変化したとよく言われますが、それでもまだ希望が残っていると私は考えています。それこそ創造性です。なぜか。今、世界の至るところで活動家たちがさまざまな運動を展開しています。例えば、ロシアのプッシー・ライオットは全体主義国家が抱える問題に立ち向かっています。彼女たちは教会やサッカー場に赴きゲリラ的にパフォーマンスを行うなど、創造性を手段とした活動をしています。

グレタ・トゥーンベリの行動があらわすのは、未来のための戦い、未来を笑顔で迎えるための戦いです。私はスイスのルツェルンで、トゥーンベリの活動に共感する350人と一緒に過ごしました。8月に大学で行われた4日間の会議では、気候変動に対するルツェルン宣言が行われました。宣言に付随して、これが人類の生存にかかわる重要な生態学的問題であることを、創造性にあふれたポスターやパフォーマンスによって人々に訴えかけていました。今、香港でも人々の事由を奪う全体主義に対抗するデモなどが行われています。中国政府はファイアウォールによって通信規制を行っていますが、創造性をデジタルの方面で駆使し、その裏をかいています。このように創造性を発揮して世界の注目を集めるというのは、良い方法だと思います。

数年前、「クリエイティブ・クラス」と呼ばれる概念が話題となりました。アメリカの経済学者・社会科学者であるリチャード・フロリダが提唱したもので、現場で働く人々を「ブルーカラー」、その上に立つ管理職を「ホワイトカラー」、両者に縛られない自由人として「クリエイティブ・クラス」があるという考え方です。しかし、この概念はもう過去のものだと思っています。今は「クリエイティブ・コミュニティ」という新しいありようが推進されています。人々がそれぞれの創造性を介して互いにつながり合い、何かを生み出していく。私がこのプロジェクトを始めたときにはなかった動きです。創造性に多様性をもたらす面白い広がりだと思います。

 

Q:優れた創造的リーダーに見られる特徴とは何でしょうか。

 

A:その問いに対する結論は、映画の最後に用意してあります。地球上に存在する個人の数と同じくらい無数の答えがありますが、一つ共通のつながりがあります。太古の昔から、人は「創造」を求めてきました。例えば、洞窟の壁に残る絵画。私は私であり、人と違うことを恐れない。そしてこれは強調したいことですが、創造にはいかなる承認も必要ありません。プッシー・ライオットも、教会やサッカー場でゲリラパフォーマンスを披露する前に承認など求めていませんよね。

 

「自分にだってできた症候群」は創造性にとって最悪の敵

Q:日本人は一般的に周囲から目立つことを恐れています。人から何を言われるかを気に掛ける傾向もあります。「出る杭は打たれる」という有名なことわざがあるのですが。

 

A:ええ、そのことわざは知っています。それは実際、日本人に限らずどこでもある程度は当てはまる真実なのだと思います。イギリスの現代美術作家ダミアン・ハーストの作品について有名なエピソードがあります。BBCのある記者がハーストの作品を「私にも作れるようなものだ」と評したところで、ハーストは「でしょうね。でも、あなたはしなかった」と返しました。なぜ人々は自己検閲を行うのでしょうか。自分の内側に渦巻く「プチブルジョワ」という内なる声が「そんなことはしないほうがいい。注意しろ。危険を冒すな。隣人たちは何と言うだろうか。マスコミの反応は?友だちはどう受けとめるかを考えろ。トラブルから逃れるんだ」とささやく。その声に抗えなかった「自分にだってできた症候群」は、創造性をつぶす最悪の敵です。私はこの映画で、できるだけ多くの人がその問題に気づくように最善を尽くしたつもりです。

 

Q:ちなみに、このことわざには続きがあることをご存じですか。

 

A:何でしょう?

 

Q:「出る杭は打たれるが、出すぎた杭は打たれない」です。

 

A:ほう!勉強になりました。それは面白い。いいですね。

 

Q:ただ、この後半部分を実行できる人は多くありません。創造性で世界に羽ばたきたいという日本の若い人たちに、何かアドバイスはありますか。

 

A:このことわざの続きが素晴らしいではないですか。私の言いたいことはまさにそれです。

Why Are You Creative?

Q:映画に関する質問はここまでにして、よろしければ個人的な質問をしたいのですが。私はあなたも大変クリエイティブな人だと思います。あなたの創造性の源を私の方法で探求してみたいのです。

 

A:いいですよ。

 

Q:では、あなたの子ども時代で最も強く残る記憶は何ですか?

 

A:私はポップアートの本を集めていましたが、そこから本当に大きな影響を受けました。アンディ・ウォーホル、ロイ・リヒテンシュタイン、クレス・オルデンバーグ、ロバート・ラウシェンバーグ。私は家の地下室全体をアートギャラリーに変えました。水槽にポンプを入れ、手に入れた液体と注射針をチューブにつないで、巨大な構造に向かって泡を撃ちました。先生に見てほしかったのですが、持ち運びできるような小さなものではなかったので、先生は私の家に来なければなりませんでした。こうしたものをつくり出すのはとても楽しかったです。私はアートが好きで、想像するのが大好きです。アインシュタインの言葉をかりるなら、「空想は知識より重要である。知識には限界がある。想像力は世界を包み込む」ということですね。

 

Q:最近、感銘を受けたものは何ですか?観た映画、読んだ本、アート作品など、何でもかまいません。

 

A:さっきもふれたジム・ジャームッシュの新しい映画“The Dead Don’t Die”ですね。ベルリン時代から知っているイギー・ポップ。そして、ヴェネツィアのアートビエンナーレにとても感銘を受けました。クリストフ・ビューシェルというスイス人アーティストによるボートの展示をご存じですか? 「バルカ・ノストラ」と呼ばれるこのボートは、難民を乗せたまま沈没し、800人以上の犠牲者を出したものです。ビューシェルは穴のあいたボロボロの避難船を展示しました。非常に物議を醸し、嫌悪感を示す人も多かった。私はとても良い作品だと思いました。

 

Q:最後に一つ、少々おかしな質問をご容赦ください。私たちは誰しもいつの日か死にます。あなたにとって最良の死に方は何でしょうか。

 

A:一番いい方法は? それは、バスケットボールコートで死ぬことです。プレーをしながら死にたい。とまらないために常に動き続けるという意味でもあります。ボールをとめてはいけませんよ!

『天才たちの頭の中 世界を面白くする107のヒント』

10月12日(土)新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー!

公式サイト:http://tensai-atama.com/

 

監督/製作:ハーマン・ヴァスケ

出演:デヴィッド・ボウイ、クエンティン・タランティーノ、ジム・ジャームッシュ、ペドロ・アルモドバル、ビョーク、イザベル・ユペール、スティーヴン・ホーキング、マリーナ・アブラモヴィッチ、ヤーセル・アラファト、ボノ、ジョージ・ブッシュ、ウィレム・デフォー、ウンベルト・エーコ、ミハイル・ゴルバチョフ、ミヒャエル・ハネケ、ヴェルナー・ヘルツォーク、サミュエル・L・ジャクソン、アンジェリーナ・ジョリー、北野武、ジェフ・クーンズ、ダイアン・クルーガー、スパイク・リー、ネルソン・マンデラ、オノ・ヨーコ、プッシー・ライオット、その他大勢。

 

2018年/ドイツ/英語・ドイツ語・フランス語・ロシア語・日本語/88分/ビスタ/5.1ch/原題:Why Are We Creative?/日本語字幕:杉山緑/R15+/提供:ニューセレクト/配給:アルバトロス・フィルム

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小島ともみ
80%ぐらいが映画で、10%はミステリ小説、あとの10%はUKロックでできています。ホラー・スプラッター・スラッシャー映画大好きですが、お化け屋敷は入れません。